第13話 魔王に洗脳されました(2)
「洗脳!‥‥洗脳?したの、どうして?」
私はふわーっと宙に浮き上がって、キョトンとした顔で尋ねます。
まおーちゃんは少し面食らった様子です。
「う、うむ‥普通なら怖がるところだがな‥貴様、今日領主のところに行っただろう?」
「うん、行ったよ」
「そこで貴様は洗脳されそうになっていたのだ」
「えっ?」
「貴様は領主から渡された茶を飲んだだろう?あの中に、妾が用意したものよりも強力な、魔法防御力を下げる薬‥‥毒が入っていたのだ」
「えっ!?」
あの優しい領主様が。ちょっと信じられません。
「それから、あの部屋で強い魔力を感じなかったか?」
「そういえば‥‥指先がびりっとしびれたような気がする」
さっきまおーちゃんから渡された薬を飲んだ時も同じ感覚がしたので、私はそれを思い出しました。
「それが洗脳の魔法だ。貴様は魔力が高すぎて効かなかったがな‥‥あの部屋に一般人が何の用意もせず入れば、あっという間に洗脳され、領主の命令に何でも素直に従う状態になっていたのだ」
「ええっ、そんな‥!?でも、何のために?」
「妾と貴様を引き離したがっていたのだろう」
そう言って、まおーちゃんは腕を組みます。
「そういえば領主様は、まおーちゃんと2人になりたいって言ってたよね。あれが、私とまおーちゃんを引き離すってこと?‥でも、どーして?」
「領主が妾に攻撃すると、貴様が守るのが目に見えているからだ」
「えっ?」
「貴様は妾を使い魔として召喚した。つまり貴様の魔力は、妾と同程度ということ。敵にとっては、妾が2人いるようなものだ。片方を引き剥がして各個撃破するのが賢い方法だろう」
「ええっ、まおーちゃん倒されちゃうの!?どうして?」
「貴様、その様子だとまだ理解してないな‥‥妾はこの国から命を狙われている。妾を生け捕りにするか殺して、功績をあげたかったのだろう」
「ひっどーい!」
私は思わず、まおーちゃんに抱きつきます。
「まおーちゃんの言いたいこと分かった!あの洗脳の魔法にかかったら、私、領主様の言いなりになって、まおーちゃんを危機に晒していたんだね‥‥?領主様がそんなひどいことをするってまだ信じられないけど‥‥何があっても私がまおーちゃんを守るよ!」
「う、うむ‥人は簡単に信じるなと言いたかったのだが‥それより、貴様、妾が怖くないのか?」
「えっ、何で?」
しーんと、しばしの間の静寂が部屋を包みます。
「妾は貴様を洗脳したのだぞ!その気になれば、貴様に自殺させることも、周囲に危害を加えさせることも可能だったのだぞ!永遠に貴様の精神を乗っ取って、我が部下にすることも可能だったのだぞ!どうした、妾が怖くないのか?ほら、怖がれ!」
「怖くないよ?だってまおーちゃん、理由もなくそんなことをしてくる人じゃないよ。私に教えたいことがあったから、ちゃんと教えてくれたんだよね?ほら怖くないよー!」
そう言って、私はもう一回、ぎゅっとまおーちゃんを抱きます。
「おい、貴様、離れろ!」
まおーちゃんは電気の魔法で私を引き離します。それから、「はぁ‥」と、ため息をつきました。
(‥‥妾に恐怖心を抱かせれば国に帰らせてくれると思っていたが、この作戦は失敗か‥‥だがこいつには恩がある。洗脳して操るのも心が痛むし、どうしたものか‥‥)
そう思って舌をかむまおーちゃんでした。
「ん?あれ、そういえばニナちゃんいたよね?」
ふと思い出してドアの方を見ると、ニナはまだ座り込んだままでした。
「そろそろ約束の時間だよね?ごはん食べに行こー!」
「あ、う、うん、そうだね‥‥」
ニナは呼びかけても立とうとしません。冷や汗をかいていますし、足も震えています。
「どうしたの、ニナちゃん、何かに怯えてるみたいだけど?」
「あ‥‥うん、だ、大丈夫、アリサこそ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ほら、ニナちゃん立てる?」
そう言って私は手を差し出しますが、ニナはそれを触ろうとしません。
「大丈夫?手も動かせないの?」
そう言って私がニナの腕をつかもうとすると‥
「わ、私に、触らないで‥」
ニナが首を横に振ります。
「本当にどーしたの、ニナちゃん」
「やれやれ‥貴様、洗脳されていた時の記憶は残ってるだろ?」
横からまおーちゃんが顔を出します。申し訳無さそうな感じです。
「妾もちょっといじわるしすぎたがな‥‥その‥」
「あっ、私、ニナちゃんに攻撃しようとしてたんだっけ‥ごめん、ごめんね、ニナちゃん!今は大丈夫だから!ほら!」
「うううっ‥」
ニナは涙を流して泣き出します。
ふと、私はニナのまわりの地面が濡れているのに気付きました。
ニナのスカートの中から、ちょろろろっと黄色い液体が流れ出ます。それを見て、まおーちゃんがため息。
「やれやれ‥面倒なことになったな‥」
結局、ニナを立たせるだけで1時間くらいかかりました。
食堂と浴場の閉鎖は同時です。片方に行く時間しか残されていなかったので、食事は後で弁当を買いに行くとして、入浴だけすることにしました。ニナも汗びっしょりだったしね。
私とまおーちゃんとニナ以外誰もいない浴場の湯船にて。
「はぁ、もう一回まおーちゃんに洗脳されたいな」
「アリサ、いきなり何を言い出すの!?も、もしかして、まだ洗脳が残ってて‥」
ニナが私から距離を取ります。
「あっ、ううん大丈夫だよ、好きな人から魔法をかけられたことが嬉しくて‥さっき洗脳された時も、私の中にまおーちゃんがたくさん入ってくるような気がして‥それだけで嬉しいの。その‥またかけてほしいな」
ちらちらとまおーちゃんを見ます。まおーちゃんは「うーん」とうなりました。
「妾もこれまで300年ほど様々な人と接してきたが、貴様みたいな変わり者は初めてだ」
「えへ。でも、まおーちゃん、洗脳された私に何もしなかったんでしょ?まおーちゃんは悪い人じゃないよ。私を大切に思ってくれてるんだよ。私は信じてる」
まおーちゃんは、私の反応があまりにも想定外すぎたらしく、頭を抱えだしました。
「貴様‥さっきも言ったが、もう少し、人を疑うことを覚えたほうがいいぞ」