第142話 ウィスタリア王国に攻め込まれました
ウィスタリア王国、旧クロウ国王都に駐屯しているハラスは、その旧王城の大広間で、伝令からの報告を聞いて愕然としていました。
「ダガールとペヌだけでなく、その周囲の都市もあわせ25万人の兵士が反乱を起こしたというのか!?」
「はい」
「その反乱の原因も、王様の失策だというか?」
「はい。少なくとも反乱軍は、それを大義名分にすると主張していました」
「何たることだ‥‥」
人間の老人の姿をしていったん玉座を立ち上がったハラスは、再びそれにもたれます。
「‥‥こんなところを魔族に知られでもしたら、紛争を理由にこれに便乗して王都へ攻めかねない。それこそ我が国、一巻の終わりではないか!」
各地に残るクロウ国の残党はあらかた鎮圧し、残る残党が亡命政府を樹立した大イノ=ビ帝国を睨むのみです。これ以上クロウ国に残る理由はないのですが、ハラス自ら王都へ戻って王様を諌めようにも、その王様が王都へ戻らずクロウ国に留まれという命令を何度も出してくるため、戻ることができません。これはシズカの策略です。
ハラスはクァッチ3世による暴政を激しく懸念していました。何度もいさめる手紙を持たせた使者をやっていますが、いずれも副宰相のところで止められていました(宰相はこの手紙をクァッチ3世のもとへ持っていったため処刑されました)。暴政は改善の動きがまったくないところか悪化しています。
それでもハラスはこの国には先代の王からの恩があり、まともだった頃のクァッチ3世は民のことを考え仁政をしく心優しいお方だったことをよく知っており、何とかせねばならぬと息巻いていました。悩ましく考えていたところに、この伝令です。
ハラスの家臣が言います。
「お気持ちはお察しします。反乱は国の一大事、粛々と対応すべきです」
「分かっておる。援軍として40万の兵をやろう」
ハラスがそこまで言いかけたところに、次の伝令が大広間に入ります。
「ハラス様、申し上げます。王都からの使者が参っています」
「使者だと?ここへ通せ」
かくして大広間に通された使者は、持ってきた書簡を広げ、ハラスに言います。
「申し上げます。ハールメント連邦王国が、王様の派遣した和平の使者を殺しました。王様はこれをハールメント連邦王国による宣戦布告とみなし、ハラスに侵攻の命令を下されました」
「な、なに!?殺されただと!?」
ハラスは思わず玉座から立ち上がります。
「今の魔王は仁政をはたらき、民から慕われていると聞く。とても使者を殺すとは思えないが‥」
慌てるハラスを前に、使者は書簡を閉じて、補足の説明をします。
「王様はすでに王都からも軍勢を出し、国境近くの兵力を増強し、ハラス様の軍勢の到着を待つ手はずとなっています」
「ううむ‥魔王が使者を殺したとは考えづらいが、国境近くの動きは魔王の耳にも届くだろう。あまつさえ、このクロウ国の近くで反乱が置きているのだ。便乗して侵攻してくる可能性もある。だがこっちには反乱軍と残党警戒とハールメント王国全部に対応する兵力はない、どうしたものか‥‥」
そうやってハラスが玉座の前を回っていると、家臣の1人が言います。
「ハールメント連邦王国は強大なれと多数の小国で構成されており、各国から兵を集めるには時間がかかるはずです。今はウィスタリア王国が戦争を始めたばかりであり、まだ守りは薄いでしょう。今のうちにかの国の王都ウェンギスを直接叩き、魔王を降伏させるのです」
「なるほど、となると速攻しかないな。誰か行ってくれる人はいないか?」
「はい、私めが」
別の家臣が手を挙げます。
「おお、ベリアか。行ってくれるか」
「はい」
「ハールメント王国の王都ウェンギスは30万の兵力を擁するという。20万を与える。王都から派遣された軍勢と足すと、30万をゆうに越えるはずだ」
「ははっ」
ベリアは頭を下げます。
◆ ◆ ◆
一方、ウィスタリア王国の王都カ・バサでは、20万の軍勢を編成していました。ハラスの軍勢とあわせると40万になり、ハールメント王国王都ウェンギスの兵力30万を上回ります。
しかし、兵隊たちが集まって訓練しているところを王城の塔から眺めていたシズカは、同じ部屋にいるクァッチ3世に言います。
「あれほどの兵がここを離れて、ここの守りは大丈夫なのでしょうか?」
「ん?いや、大丈夫だろう。この王都には100万の兵がおる、そのうちのたかが20万が減ったところで守りの質が落ちることはなかろう」
「王様が直接率いていなくて、反乱の可能性はないのですか?」
「えっ?」
「ダガール、ペヌという都市にいる10万人の兵士が反乱を起こしたと聞きました。ここにいる兵士たちも、王都を離れたら一気に反乱してくるのではないでしょうか?」
「ううむ、言われてみれば可能性はある‥‥」
クァッチ3世はしばらく考えてから、そばにいる家臣を呼び出します。
「おい、お前。わしの命令だ。あの20万の兵士の出征はとりやめ、将軍を処刑せよ」
「は、ははっ、出征の取りやめは分かりますが、将軍は処刑ですか?」
将軍がまだ何かしたわけではありません。ただ3世から出征を命令されただけです。家臣は目を点にして聞き返しますが、3世はまくし立てます。
「そうだ。20万の兵を連れてこの王都に対し反乱を起こす可能性がある。ただちに処刑せよ」
「は、ははっ」
家臣は、逆らうと自分も殺されかねないことから、頭を下げてそこを逃げるように出ていきます。
かくして20万の兵士の出征は中止となり、無実の将軍は処刑されました。
◆ ◆ ◆
クロウ国から20万の兵を引き連れて出発したベリアがそれを知ったのは、ハノヒス国の領土に入ってからのことでした。王都から直接派遣された使者によって知ったのです。
ウィスタリア王国とハールメント王国は隣接こそしていますが、旧クロウ国からハールメント王国へ向かう場合、途中でハノヒス国を通ったほうが近いのです。ハノヒス国もウィスタリア王国と仲がいいので、軍勢を無条件で通してくれるのです。
「な、なに、20万の援軍は来ないだと!?」
「はい。足りない分の兵力はハノヒス国で借りよ、尻拭いは後でなんとかするからどんな手を使ってでも徴兵せよとの王命でございます」
「むむむ‥それならば仕方あるまい」
使者が去った後、ベリアは軍を止めて、周りの家臣たちを幕舎|(この世界では、大きな五角錐の形をしたテントのようなものをさす)に集めて今後の対応を協議しました。
「どうする、このままかの国へ攻め込んでもすぐに敗退するだろう。ここはハノヒス国の兵力を借りるべきだろうか」
「いいえ、ここからハノヒス国の王都までかなり離れています。それに、ハノヒス国は細長い形をしており、多くの魔族の国と隣接しており、我々のために割ける兵力はないものと考えます。かの国が軍備を終わらせないうちに攻めるためには、民たちから徴兵するしかないでしょう」
「しかし、外国の民を勝手に徴兵することは人の道に外れている。ハラス様もお怒りになるだろう」
「ですが、ここで徴兵せよというのは、ハラス様が第一に従えと教えている王様からの命令でございます」
「うむむ‥」
ベリアは頭を抱えて、木材を支柱にして布を敷いたアウトドア用の簡単な椅子に腰掛けます。
その後も家臣たちはいろいろ議論します。進軍を中止してハラスのもとへ戻るべきだという意見も拮抗していましたが、最終的には、人の道に外れていてもハラスより偉い王様の命令を聞くべきだ、ハノヒス国の政府への説明は後から王様がしてくれるだろう、今は進軍を最優先すべきだという結論に達しました。
「‥‥かの国に勝つためにはやむを得ない。お前らの気の済むようにやってくれ」
ベリアは椅子に座ってうつむき気味のまま、家臣たちに命令します。
「ははっ」
家臣たちは命令を受け、幕舎から出ていきます。
20万人の軍勢で足りない分の10万人は、進軍中、道中の民家などから徴兵しました。平和な町を見つけては次々と襲い、働けそうな男の人を奪っていきました。
ある時、ハノヒス国政府の役人がベリアのもとへ訪れ、この行為を叱責します。
「あなたは本当にウィスタリア王国の正規軍ですか?これでは賊軍と変わりないのではないでしょうか?」
「こちらもやむを得ない。仕方がないのだ。分かってくれ」
ベリアは役人に何度も頭を下げ、手厚く送り返します。
こうしてベリア軍は追加で10万の兵を手に入れ、30万の軍勢を従えて、ハールメント王国への侵攻を開始しました。




