第139話 魔王に謝りました(2)
その日の夕食のころには私は上半身を背中以外仕えるようになりましたが、まだ器用に動き回れる状態ではないので、夕食は部屋でラジカと一緒に食べました。
一方で食事室では、昨日の夕食、今日の朝食、夕食と3回連続で空席を見たまおーちゃん。昨日の夕食では平然と食べていましたが、今日の夕食ではさすがにしんどそうです。ぱくっ‥ぱくっ‥と、さみしげに一口一口ゆっくり食べています。
「‥姉さん、大丈夫なの?」
ハギスが心配になってまおーちゃんに声をかけます。
「大丈夫だ。貴様らが案することではない」
まおーちゃんはそうは言いつつも、うつむいています。
メイは昨日のことをまだ引きすっていてまおーちゃんのことをまだ少し怖がっていましたが、ステーキをナイフで切りながら短く言います。
「魔王がそんな気分じゃ、アリサも言いたいこと言えないわよ」
「‥‥」
「それでまた関係こじらせるのは魔王も嫌でしょ?」
「それは、そうだが‥‥」
「実際にアリサに悪いことをさせたのはあたしたちの方なのよ?でも魔王はアリサに謝ってほしいと思ってるんでしょ?アリサはあんたに謝りたいと思ってるのよ。何に対して謝ればいいかくらい説明してあげたら?」
メイは勢い余ってテーブルを平手で叩いてしまいますが、そのあとで「あっ」と昨日の怖いまおーちゃんのことを思い出して、引きます。
しかしまおーちゃんは食事の手を止めて、その場に少し固まっていました。
「‥妾は人に裏切られるのが嫌いだ」
「‥‥アリサに浮気されて裏切られたと思ったの?そのことはもう説明して納得してもらえたと思ってたんだけど‥‥」
「いや、妾が裏切られたと思っているのはそのことではない」
「えっ?」
メイが目をぱちくりさせます。
◆ ◆ ◆
夕食が終わった後部屋に戻ってきたメイたちの顔は、ひどくうなたれていました。よく見るとハギスもいます。
私はまだ背中が動かせませんが魔法は使えるようになったので、ベッドに座って、テーブルの上に置かれた食べ物を浮遊の魔法で口に運びながら食べていました。魔法で食べるのは小さい頃にメイや親から行儀が悪いと言われていたので、あまり人前ではやりたくなかったのですが、4人は構わないとでもいうように、ベッドの周りに置いていた椅子に座ってきます。
「どーしたの、みんな」
あまり器用な発音ではありませんが、少しは話せるようになりました。
私は宙に浮かせたシチューの皿から液体の塊をボールのような形にして口に入れたところでした。
みんな、顔をしかめて何かを考えている様子です。
メイが何か言いかけましたが、それを遮るようにナトリが私に尋ねます。
「テスペルク、お前は魔王のどこが好きなのだ?」
「えっ?」
「それを考えるのだ。魔王は、お前が思っているよりもひどく怒っているぞ」
メイも話してきます。
「そうよ。魔王とあんたを2人きりにさせるのは危険だと思って、なんとかここに来てもらうことにしたのよ」
「まおーちゃんが、ここに来るの‥‥?」
「‥‥魔王が恐慌の魔法を使ったらあたしたちが止めるって条件付きよ」
ラジカも、握りこぶしを胸に当てて言います。
「アタシはアリサ様のために命を捨てる覚悟でいる」
「そこまでは覚悟しなくていいから」
メイがラジカを止めます。
ちょうどその時、部屋のドアがゆっくり開きます。
まだその人の姿は見えませんが、ドアから、黒いオーラが漏れ出ています。
「まずいなの!」
ハギスが慌てて椅子から飛び上がって、ドアへ駆けつけます。
「姉さん、また黒いオーラが出てるなの。落ち着けなの」
「む‥そうか、すまん」
黒いオーラが出ているかは本人には分からないようです。
ハギスの注意で、それは弱まります。でもしっかりと、それは姿をあらわしたまおーちゃんの体をまとっていました。
「食事のときも言ったけど、テスペルクとは目を合わせないで欲しい」
ナトリが言うとまおーちゃんは「分かってる」と言って、うつむきながら、ハギスに助けてもらって歩きます。そうして、ハギスが座っていた椅子に座ります。ちょうど私の腰の横のあたりです。
まおーちゃんは私の腰を見つめて、何度も呼吸します。体を包む黒いオーラは薄くなっていきますが、完全には消えません。
「まおーちゃん、ごめんね」
真っ先に私が謝ります。シチューの入った食器は、ベッドそばの小さいテーブルに戻しました。話している間に冷えそうですが、後で温め直しましょう。
「私、まおーちゃんのためにと思って‥‥まおーちゃんとのデートを成功させたくて、そればっかり考えてたの。だから、デートの練習をまおーちゃんに見られたらどう思われるか想像してなかった。ごめんなさい」
メイやナトリは、おそるおそるまおーちゃんを見ます。ハギスは隣のベッドに座って、落ち込んでいるかのようにうつむいています。
まおーちゃんは目をつむります。
「‥‥それは、本当に妾のためか?」
「えっ?」
「もうこの際だから聞く。貴様は妾の体が目当てか?妾とキスして性交するためだけにデートの練習をしたのか?」
「待って、何の話なの」
まおーちゃんは一瞬立ち上がりかけましたが、思い直して再び椅子に座ります。
「‥全部そやつらから聞いた。あの紙にキスと書いたのはメイだが、それは貴様がキスしたいと考えていたからだろう?」
「うん、そーだけど‥」
「質問を変える。貴様は妾のことをどう思っているのか?恋人か?セックスフレンドか?本当に妾のことを愛しているのか?」
「えっ‥恋人同士じゃん?」
私の返事を聞いて、まおーちゃんははあっとため息をつきます。
「本来、魔族にとってキスとは性交の許可だ。人間のキスよりも意味は重い。キスするからには、妾と交わり、一生妾に責任を持ち続けるという意味だと思っていた」
「え、ええっ、し、知らなかったよ、それは‥本当にまおーちゃんのことは恋人だと思っているよ」
「それを証明できるか?」
「えっ?」
「妾は貴様のために告白して、勉強も教えて、忙しいスケジュールの中からデートの予定をあけ、デートでの罰ゲームも企画し、お互いが楽しめるように気を使ったのだぞ?それに対して貴様は何だ、ブレスレットをプレゼントしただけではないか?デートの練習も人に言われてやったのだろう。何もかも受け身ばかりではないか。関係を維持する最低限のことしかやっていない。妾が好きだと連呼してるだけだぞ。貴様は妾のために何をした?」
まおーちゃんは一瞬私の方を向きかけましたが、思い直すように、手を折り曲げたひざにしっかりくっつけて、真下を向いて言います。
まおーちゃんを包むオーラが、また強くなってきています。
「姉さん、落ち着けなの!」
またハギスがまおーちゃんの震える体をゆすります。メイは黒いオーラをまた見てさすがに怖くなったのか、ラジカに抱きついて腕に頭をつけて下を向いて、まおーちゃんと目が合わないようにします。
しかし、まおーちゃんを包む黒いオーラは、さらにさらに強くなるばかりです。
「ナトリからもデートの練習を始めた経緯について詳しく聞いた。貴様は妾とキスする度胸があるか?と聞かれて、はっきりないと答えたそうだな?」
「う、うん‥‥」
そこまで聞かれていたんですか。怒られているとはいえ、恥ずかしいです。
「貴様は妾のためにほとんど何もしていない。それでも妾は貴様のことを好きでいたかったから、ケーキを食べさせるということを書いたのだぞ?あれを恋人としてお願いすることで、貴様にケーキを食べさせてもらえる権利は、妾だけのものになると思っておった。それが妾にとって最後の砦だったのだぞ。だが、貴様はそれを裏切って、周りに言われるがままにナトリに食べさせたのだぞ?妾はこれから、貴様のどこを信じればいいのだ?」
確かに、私はまおーちゃんに告白された直後は、実はまおーちゃんのことをそこまで好きではなくて、内心友達のように思っているのではないかと考えたことがあります。今までまおーちゃんにいろいろしてもらって嬉しかったのも、自分が誰かに好かれているという高揚感かもしれません。それだけなら、相手がまおーちゃんじゃなくても、他の人でも大丈夫です。
告白された直後はそういう軽くて中途半端な考え方だったかもしれませんが、今は、まおーちゃんがいないとダメだと、心に思うようになっていました。
「貴様は妾のことを何だと思っておる?貴様が中途半端な考えを持つようであれば、最悪、別れるのもやむを得ない」
「まおーちゃん」
私は、目をまおーちゃんに向けます。
まおーちゃんを包む黒いオーラが、少しずつ私のところへ迫ってきているような感覚を覚えます。
それは怖かったけど。でも。
「私の目を見て」




