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第136話 魔王が乱入しました

一方、魔王城の私たちの部屋では、ラジカがテーブルの椅子に座って、私の肩に乗っているカメレオン伝いに入ってくる私とナトリの会話、周りから入ってくる音などの聴覚をBGM代わりに、読書を楽しんでいました。

ラジカも魔族語はあまり上手ではありませんが、エスティク魔法学校では魔族語の成績はクラス平均くらいでした。ちなみに私は下から数えたほうが早いくらいの成績でした、とほほ。ラジカもさすがに大人向けの難しい本は読めませんが、子供向けの簡潔なものであれば難なく読めます。くわえて、魔王城に来てから平日は言語学校に行くようになったので、言語力も上がってきています。

その本は、小さい魔族の子供が人間の友達を作るという内容でした。冒険あり、トラブルありの小説です。このような本は今のまおーちゃんの代になってから出回るようになったので、それほど古い本ではありません。


そうやって読書を楽しんでいると、窓近くに椅子を構えて頬杖をついて外を眺めているメイが、遠く離れたラジカに声をかけます。


「ねえ、カメレオン放ってるんでしょ?あの2人はうまくいってる?」

「うん。今のところ問題なし」


メイは、ラジカがアリサにカメレオンをつけて常に監視しているのを見て「自分がアリサなら絶交する」とアリサに何度か言ったことがありますが、自分は普通にラジカの恩恵にあずかっています。今日もアリサとナトリが出かけてからはずっと窓の外を眺めて、30分に1回程度定期的にラジカにこう質問しているのです。


「今何やってるの?」

「ショッピングを楽しんでる」

「何か買ったの?」

「あさってのデートで履く靴」


それを聞いて、メイははあっとため息をつきます。


「ほんとはデート中に他の男の話はアウトなんだけどね‥‥あ、同性愛だったわ。いずれにしろ他の人の話をする時は注意すべきよ」


窓を眺めながらダメ出しします。そして、さらにラジカに聞きます。


「それで、どんな靴を買ったの?」

「アタシは今は聴覚しか共有してないから。読書したいから視覚は切ってる」

「他の人の話を聞きながら読書できるあんたも十分すごいわよ。でもどんな靴かしら、気になるわ」


メイが何気なくそう言います。

立派な靴でしょうか、かわいい靴でしょうか。それとも、かっこいいのでしょうか。確かにラジカも靴のデザインが少し気になります。


「‥見てくる」


ラジカはそう言って、目をつむります。カメレオンの視界が、ラジカの脳内に入ってきます。カメレオンと意識を共有して体を操るつもりですが、まずはカメレオンがどこにいてどの方向を向いているかの確認です。

カメレオンは確かに、アリサの右肩に乗っています。そして今の向きは‥遠景が離れていく、後ろへ進んでいるように見えるので、アリサの後ろを向いています。


「‥‥!」


アリサの後ろの人混みの中に、見慣れた深緑のフートローブの影が見えます。

ラジカはそれを何度も確認します。人混みの隙間が開いたり閉じたりを繰り返す中で、ラジカは必死にそれを凝視します。

これはどう見ても‥‥。


「魔王に尾行されている」


ラジカは声に出しました。


「‥‥えっ?」


メイが驚いて振り向きます。目を開けたラジカは、言葉を繰り返します。


「アリサ様とナトリのデート、魔王に尾行されている」

「え‥ええっ!?」


デートの練習だというのに、本番の相手になるはずの本人が尾行しているのです。

それよりもっとまずいのは。


「アリサがナトリに浮気してるって思われてるってこと?」


メイが焦った声で質問します。


「‥‥状況次第では、その可能性もあると言わざるを得ない」

「アリサがナトリにケーキを食べさせたんでしょ、それは見られたの?」

「そこまでは分からないけど、もしそうだったら危ない」


メイは冷や汗をかきます。

下手したら、アリサとまおーちゃんは破局です。


「確か、このあとはキスの予定もあったよね?さすがに口に直接キスはないと思うけど、顔を近づけるだけでも本人に見られたら十分やばいわよ?」

「うん」


焦るメイに、ラジカは本を閉じてテーブルに置いてうなずきます。


「あの2人にカメレオン越しに連絡ってできないの?」

「できないことはないけど、1文字伝えるのに時間がかかるし複雑な文字だと限界もある」

「ああ、もう!自分で言っといて何だけど、仮にケーキのところを見られていたら、本人の弁明だけでは信用してもらえないかもしれないわ!あたしたちが仲介しないとダメなんじゃないの?」


メイは椅子から立ち上がります。


「あたしが今すぐ行って魔王に説明するわ、手遅れになる前に急ぐわよ」

「アタシも手伝う」


2人は、私とナトリの現在の居場所を確認すると、急いでよそゆきの服に着替えて魔王城を出ます。

私たちのいる場所へ向かって、走りに走ります。


◆ ◆ ◆


「そろそろ2つ目のノルマを達成しないといけないのだ‥‥」


デパートの中を歩いている時、ふと、ナトリが言い出します。


「うん、そーだね、そろそろ夕方だし練習はしたほうがいいね。練習とはいえ、他の人もいる場所ではあまりやりたくないな‥‥」

「ナトリも同感なのだ‥‥」


さすがにナトリも恥ずかしくなったようで、そっぽを向きます。


「‥あまりいいところではないが、トイレなら大丈夫なのだ?」

「そーだね、まおーちゃんならもっといい場所知ってるかもしれないけど、キスの練習くらいならトイレでもいいかな‥どうしよう私、緊張してきちゃった」

「ナトリごときで緊張するな」


私とナトリは、そのままトイレへ向かいます。


この世界の女子トイレは、前世のように個室ごとに分かれていますが、個室は一列ではなく入り口に対してコの字に並んでいるところが多いです。魔王城もそうでしたし、このデパートのトイレもそうでした。コの字に並べると角のところにデッドスペースができてしまうものなのですが、そこは昔から壁で埋められていますし、昔からそういうものだと言われてきたのでそういうものでしょう。

私とナトリは、角近くの個室を選んで、そこに入ります。


「‥じゃあ、キスして」

「お前からキスしないと意味ないのだ」

「あっ、そういう約束だったね。‥でも口に直接キスするのはダメだから、頬にキスでもいい?」

「それでいいのだ」


後ろからついてきていたまおーちゃんは隣の個室に入って、便器に上って、そーっと上から2人の様子をうかがいます。

2人の会話が、まおーちゃんの耳に入ってきます。

私はそれにも気づかず、唇を突き出して、ナトリの顔に、自分の顔を近づけます。

なんだろう、まおーちゃんでもないのになんかこう、背徳感を感じます。

ナトリの顔が近づいてくるにつれ、少しずつ心臓が高ぶっているのを感じます。

ナトリの顔から、普段感じないいい匂いがします。同じ魔王城で生活していますからシャンプーは私のと同じものを使っているはずですが、何でしょう、ナトリ特有の匂いが伝わってきます。

ナトリとはただの友達だと思うのですが、それでもこういう時は変に緊張してしまうものです。

そうやって、私の唇の先がナトリの頬にそっと触れた瞬間。


「そこまでだ!」


上の方から怒鳴り声がします。驚いて見上げると、そこにはまおーちゃんが隣の個室の上から、私たちを覗いていました。


「えっ‥ええっ?」


私は顔を真っ青にして、ナトリから離れてぺたんと狭い個室の壁に背中をつけます。

まおーちゃんの顔はものすごい剣幕で、肩を震わせて、私を睨みつけています。興奮して無意識に出しているのでしょうか、全身に黒いオーラをまとっています。

だめだよ、こんなところで黒いオーラを出すなんて、と私は言いたかったのですが、怖くて声が出せません。ナトリも顔を青ざめて、「あ、ああ‥」と絶句しながら便器に座って、まおーちゃんの顔を見上げています。


「貴様‥‥この妾を裏切って浮気するとは、いい度胸だな」


まおーちゃんが、冷たい目で私を見下ろします。

違います、誤解です、誤解なんです、と言ってもこの状況だと絶対に信じてもらえないです。私は冷や汗をたらたら流して、死ぬかもしれないという恐怖とともに裁きの時を待っていました。


「3人とも待って!!」


その時、トイレの入り口からメイの怒鳴り声が響きます。

すぐさま、メイが私たちの個室のドアをノックします。


「アリサ、いるんでしょ?開けなさい!」

「あ、開けるのだ‥‥」


かろうじてナトリが反応して、ドアの鍵を外します。メイは勢いよく、それを開きます。

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