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第135話 ナトリと王都を歩きました

「それで、条件はケーキを食べに行くことと、キスすることだな?」


ナトリがその日の予定を私に尋ねます。


「うん、そーだね‥それと、あさってのデートのために靴も買いたいな」

「なるほど、靴か。お安い御用なのだ」


私たちはデートの気分を出すために手をつなぎながら進んでいますが、会話はまおーちゃんの時ほど進みません。それでもなんとか話を続けようと、私は頑張ってナトリに話しかけてみます。

ナトリも私の意図に気づいたらしく、話が盛り下がった時は話題を変えてみたり、周りにある町の様子をネタにしてみたりして、なんとか話が続きます。


「ええと、ハギスちゃんによると、この突き当りを左に進むんだよね」

「左なのだ」


道を進むと、突き当りに大きな水族館があらわれます。ここがハギスの言っていたデートスポットの1つで、周りには家族連れの他、カップルらしき男女も混じっています。

私はナトリに促されて、受付で入場券を購入します。


『子供2枚ください』

『かしこまりました』


あまりうまくはありませんが魔族語で話しました。相手に通じたみたいで、ちゃんと意図通りの買い物ができました。

受付で手続きを済ませて水族館入り口の大きなトンネルに入ります。そこは、水の中のトンネルで、色々な魚がそれを彩っていました。

前世にもありそうな魚だけでなく、茶色のよくわからないボールのようなものが泳いていたり、ドラゴンを小さくしたようなものがあったり、様々でした。

私はナトリとそれぞれの魚を指差して、特徴などを話し合ってみます。ナトリは学問に詳しく、魔族の国にある魚についても知識があるようだったので、私が質問すると目を輝かせて、まるでガイドみたいに説明してきます。さすが私に勝つために努力してきただけあります。


「あの魚は敵が近づいてきた時に爆発するのだ」

「この魚は魔法が使えるという研究結果があがっているのだ」


ナトリは生き生きしています。


一方で、私たちが受付を終わらせて最初のトンネルに入ったのを人混みに紛れて確認したまおーちゃんは、自分も同様に大人1枚の入場券を購入して、2人に気付かれないように一般客を装ってトンネルをゆっくり進むふりをして遠巻きに様子を見ます。


(あやつ、まさか浮気ではないだろうな‥‥よりによって初デートの2日前に‥‥)


まおーちゃんからの鋭い視線があることにも気づかず。


「ナトリちゃんの解説って面白いね!」

「アリサが楽しそうに聞くおかげで、解説するのも楽しいのだ」


私たちは水のトンネルを抜けて、水槽が並んでいるエリアに入ります。

そのまま私たちがコースを進んでいくのを、まおーちゃんは後ろから足音を殺して、そっと観察します。


◆ ◆ ◆


私たちは、水族館の中にある喫茶店に入りました。

ここは2階がテラス席のようになっていて、高さが何メートルもありそうな大きな水槽を見渡せます。水槽といっても、前世のような単純な分厚いガラス張りではなくて、すぐ割れてしまいそうな薄いガラスで水圧を支えているらしいです。なので、水の温度や、魚がガラスにぶつかった時の衝撃が、ガラスを触っているとダイレクトに伝わってくると評判なのです。子供や大人たちが水槽を触って楽しんでいるのが見えます。


さて、今、私とナトリが座っているテーブルには、2つのチーズスフレが置かれています。1つは私の分、もう1つはナトリの分です。


「‥これで練習なのだ。やりやすいようにチーズスフレにしたのだ」

「分かったよ」


私はナトリの前に置かれている、円柱状をしたそのスフレの端をフォークで切って刺して、ナトリの口に運びます。


「はい、あーん」


ナトリは口を開けて、ぱくっとスフレを口に入れます。


「‥‥恥じらいがないのだ」


それがナトリの感想でした。確かに私は恥じらいもなく「はい、あーん」とか言って普通に手を差し出しました。相手がまおーちゃんだったら恥ずかしくて真っ赤になってしまうのかもしれません。


「うーん、ナトリちゃん相手だとこんなものかな」


私はそう言って、次のスフレをナトリの口に運びます。


「まあ、無理やり恥じらえと言っても意味がないのだ。これは仕方ないのだ」


ナトリも諦めて、それを口の中に入れます。


「おいしいのだ‥しかし、他の人もいるこの場所でやるのは恥ずかしくないのか?」

「うーん、そう言われてみればちょっと恥ずかしくなったような」


確かに私たちの周りのテーブルに座っているのは、家族連れだったり、カップルだったり、同性の友達同士で来ている人だったりします。


「でもこれくらいなら、友達同士でも冗談でやることがあるんじゃないかな」


そう言って私は3つ目をナトリの口に運びます。

ナトリは私の持っているフォークを取って、それを自分の手で持って食べます。


「‥‥これ以上は意味がないのだ。普通に食べるのだ」

「分かったよ、ナトリちゃん」


そう言って、私たちはスフレの残りを食べます。


◆ ◆ ◆


一方、そんな私たちの様子を、自分もケーキを頼んで別の席から観察していたまおーちゃん。自分のケーキの切れ端を掬ったフォークを持つ手が震えています。


(あやつ‥これはもしや、浮気なのでは‥?)


私とナトリの会話を精査すれば浮気でないことは分かるのですが、この時のまおーちゃんは焦燥していました。それに加え、遠巻きに様子を見ていたので、他の人達の話し声やアナウンスなど雑音も入り混じり、2人の会話がよく聞こえていなかったのです。

その上に、自分がアリサに所望していたはずの「ケーキを食べさせる」所為しょいをナトリに奪われたことに怒りを感じていました。


(あれは妾がしてもらうはずだったのに‥なぜ他の人にやる?わ、妾だけのものだったのに‥‥)


あの封筒を開封した時点で、アリサにケーキを食べさせてもらう権利は自分が恋人として独占していると、まおーちゃんは心の中で思っていました。

アリサに食べさせてもらえるのは、世の中で自分だけだと思っていました。

それをナトリに横取りされてしまったのです。

自分は裏切られたのです。

まおーちゃんはうつむいて歯ぎしりして、肩をわなわなと震わせます。


(だ‥だが、冷静に考えればあれくらい、友達同士でもたまにやるではないか‥‥こ、今度、それとなく言っておこう‥‥)


まおーちゃんはそう考えて、今すぐにでも怒鳴りたい気持ちを抑えます。


(あやつは‥アリサは、簡単に妾以外の女になびくような奴ではないだろう‥あやつは妾の彼女なのだ‥エスティクにいた時だって、あやつはナトリの目の前で妾にアプローチしていたのだ、信じなければ‥‥)


そう思って、唇を噛みます。

しばらくすると私とナトリが椅子から立ち上がるので、2人が店の会計を終えるタイミングでまおーちゃんも席を立ちます。


◆ ◆ ◆


2人は水族館を出て、ショッピングセンターへ向かいます。

水族館から少し離れたところに、店がいっぱい詰め込まれた4階建ての建物があるのです。デパートみたいなものですが、この世界ではデパートという言葉はないそうです。

私とナトリは、階段を上って2階へ行きます。まおーちゃんも少し離れたところから尾行します。


(あれは‥靴屋か?新しい靴が欲しいのか、妾に言ってくれればいくらでも調達してやるのに‥‥)


デパートの中に入っている店はあまり広くなく、ひと目で店全体を見渡せてしまうような大きさです。まおーちゃんは店の中に入ることができず、少し離れたところから店の出入り口を伺っています。

それからしばらくして、購入した靴の入った袋をさげて私とナトリが出ていくのが見えます。


2人はそのあとも、色々な店を見て回ったりしていました。

服の店、化粧品の店、雑貨店などいろいろ見回って時間を潰していました。

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