第134話 ナトリと待ち合わせしました
「デートの練習なの?」
昼食の席で、私の向かいに座っているハギスが首を傾げます。その隣に座るナトリが説明します。
「ナトリがテスペルクのデートの練習に付き合うことになったのだ」
「練習って何のためなの?」
「テスペルクがあさって、魔王とデートするんだけど、テスペルクは奥手でデートを楽しめるか不安なのだ」
ナトリは、子供にキスの話はちょっとハードなのでしっかりオブラートに包みます。
それを言ったら、ハギスもいる食事の席で全身の皮膚を引き剥がすとかグロい話をしたまおーちゃんはちょっとうーんですけど、これが人間の基準ですからね。ふんすが。
「分かったなの。デートって、つまりキスをするなの?」
ハギスがナトリの努力を無駄にしました。ええーっ。
「そんなに驚いた顔をしなくていいなの。確かに魔族は人間と比べると血の気が多いけどそれは恋愛でも変わらなくて、初デートでベッドインするのが普通なの」
「え‥‥」
ハギスがさも当然というふうに言ったので、私は呆然とします。
ハギス以外のみんなが、私に視線を集めます。
「え‥‥ええええええええええええ!!!!!!!!!」
あとちょっとで椅子が倒れそうなくらい激しくリアクションしてしまいました。
それを見てハギスははっと思い出したのか、付け足します。
「もっとも王族が簡単に子供を作ると後継ぎを決める時に問題になるから、軽薄な行為は慎めと代々親から厳命されるなの。姉さんが初デートでいきなりホテルへ押し込むことはないから安心しやがれなの」
え、ええと、それって2回目以降のデートでは押し込まれるってことですか?別の意味で安心できないんですけど。
「‥‥でも、魔王とアリサは女同士だよね?」
メイが心配そうにハギスに尋ねます。
「女同士だと子供できないからやり放題なんじゃない?」
「え‥‥」
メイが私を追い詰めます。私は一気に顔を真っ赤にして、手で顔を塞ぎます。
ハギスはしばらく考えます。
「うーん‥‥それでも姉さんはやらないと思うなの。王族の矜持を信じやがれなの」
「ほ‥本当だよね?」
私は顔を覆う手をずらして、ハギスを睨みます。ハギスがうなずくので、私は顔から手を離してはあっとため息をつきます。
気を取り直して、ハギスからその日おすすめのデートスポットや待ち合わせ場所を聞いてみます。実際のデート場所はもっと違うかもしれませんが、こういうのは雰囲気作りです。うん。
◆ ◆ ◆
魔王城の入り口に面する大通りを右手に少し進んで交差点に差し掛かると、そこには大きな噴水があります。これがよく使われる待ち合わせスポットなのだそうです。
「ここかな‥ここで合ってるかな」
噴水の前で浮遊しながら待っている私は、紫色の色々な模様のついたワンピースに、茶色のかわいいショルダーパックをかけています。練習とはいえデートなので、髪の毛はメイによってきれいにとかされてさらさらです。さらに、黒い長髪の右耳、左耳の上あたりに、赤い紐リボンが添えられています。右手首には、まおーちゃんとおそろいの銀色のブレスレットがあります。安物ですけど、あさってはきっとまおーちゃんにもつけてもらえるでしょう。
そして、唇には薄いピンク色のナチュラルリップを塗ってもらいました。
「まおーちゃんとデートするときも、こんな格好でいいのかな‥?」
私は噴水の水面に自分の顔を映して、そのたびにもしもしして恥ずかしそうにします。
着飾ってしまいました。今ここにまおーちゃんが来たら、まおーちゃんにこんな姿を見られたら、私、確実に昇天してしまいそうです。
今日来るのはまおーちゃんではなくナトリ‥‥といったらせっかく協力してくれるナトリに悪いのですが、こういう格好をまおーちゃんに早く観てほしいような、見てほしくないような、気恥ずかしさとわずかな期待があります。
待ち合わせの気分を出すために城を時間差で出ることになりましたので、ナトリはあと10分くらいで来るはずです。私はどきどきしながら、その時を待ちます。
◆ ◆ ◆
「まったくのう、今回はついてないな」
深緑のフートローブで身を包んだまおーちゃんは、隣にケルベロスを従えて、大通りを歩きながらため息をついていました。家臣と一緒にお忍びの王都巡回をする予定で、午前は予定通り進んでいましたが、午後の予定が急遽中止になって暇になってしまったのです。
灰色のフートローブに身を包んだケルベロスも、残念そうに言います。
「はい。午後回る予定だった施設が軒並み、担当者体調不良のため対応できないと言われましたね」
「うむ、こんなに揃うのは珍しいのう、おかげで午後の予定は全滅だ。これからどうしたものか」
「待ちをぶらぶら見回りましょうか」
ケルベロスがそう言うと、まおーちゃんは立ち止まって、何かを悩みだします。
「‥‥どうしましたか、魔王様」
「いや‥‥妾も年頃の女だ。異性と2人きりになっているところをあやつに見られたら‥‥」
「心配しなくても大丈夫です。私には妻と子供がいます。もしものことがあれば、私からきちんと説明しますよ」
「おお、ケルベロス、助かる」
そう言ってまおーちゃんは再び歩き出します。
「‥しかし、貴様の中で妾とあやつが付き合っているのは既成事実なのだな」
「既成事実も何も、あの占いを魔王様がお信じになるのなら当然の流れかと。実際、釣り人が逸材だったのは事実でしょう」
「むう‥それはそうだが、それだけで判断されるのは少し悔しくもあるな‥‥」
まおーちゃんはそこまで言うと、前にあるものに気づいて立ち止まります。
「またどうしましたか、魔王様」
「しっ、声を出すな」
目の前にある噴水、その向こう側に、見慣れた後ろ姿があります。
でもその人はいつもと様子が違います。髪の毛に遊園地のときにすらつけていなかった紐リボンをつけて、髪の毛は遊園地のときよりさらさらで、遊園地のときよりきれいな服を着ています。
あの人と一緒に出かけたことはエスティク魔法学校に通っていた時のショッピング、遊園地など何度かありましたが、あれくらい全身を飾っているところはまおーちゃん自身、見たことがありません。何やら様子がおかしいです。
ケルベロスも、まおーちゃんと同じ人に気づきます。
「‥‥貴様は先に帰れ」
「はい」
ケルベロスは頭を下げて、そっと歩いて噴水の横を通ります。まおーちゃんは噴水の反対側に座って、ちらちらと私の様子を後ろからうかがいます。
あの女は誰かを待っているようでした。
しばらくすると。
「来たのだ―!」
別の女の子がやってきます。獣耳がついていますので、獣人のようです。
「‥あの人は」
まおーちゃんは、2人にばれないように様子を見ます。
あの2人は間違いなく、アリサとナトリです。
ナトリも、普段見る姿とは違っていました。エスティク魔法学校でショッピングに行った時はライトグリーンの服でしたが、今回はあえて補色を狙ったのか、薄い赤色のワンピースです。胸にバツ字の紐をいくつも結んでいて、肩の膨らんでいるような服とフリル。ワンピースのスカート部分の端にもフリル。魔王城にあった衣装とはいえ、明らかに以前より着飾っています。赤色の光るイヤリングまでついています。
「ナトリちゃん、きれいな服だね!」
「ありがとうなのだ。テスペルクもきれいなのだ、髪飾りが似合っているのだ」
その2人のやり取りを、まおーちゃんは耳を立てて聞いていました。
「あっ、私のことはアリサって呼ぶんじゃなかった?」
「ああそうだったか、すまん、アリサ」
「えへへ」
「デートだから手をつなぐのだ」
まおーちゃんは、ぴくっと目を見開きます。
(今‥今、デートって言わなかったか?)
2人は手をつないで。片方は浮きながら、片方は歩きながら、進み始めます。




