第133話 デートの練習をすることになりました
翌日は3連休の1日目です。
今日のまおーちゃんは、家臣と一緒にお忍びで王都を見回り、兵士たちはきちんと仕事をしているか治安状態を確認したり、各公共施設を訪れて役目をしっかり果たしているか確認したりする予定があるみたいです。それ私と一緒にやってくれないんですか、うう。
「浮かれた気分でやるものではない。それに貴様も魔族語はまだわからないだろう」
朝食の時、そうまおーちゃんに一蹴されます。
「で、ですよね‥‥」
私はがっくりうなだれて朝食を食べきると、椅子から浮き上がります。
まおーちゃんが尋ねてきます。
「貴様、今日の予定はないのか?」
「うーん、今日は一日中魔族語の勉強をする予定!」
「貴様、魔法以外のことには興味がないと聞いたが、勤勉だのう」
「だって、だって、早く仕事したいから!」
私が満面の笑みで返すと、まおーちゃんは何を思ったのか急に真顔になって、それからそっぽを向きます。
あくまで冷静に返答します。
「‥そうか。せいぜい頑張れ。妾も貴様の初出勤を待っておる」
「えへ、私頑張るね!」
私はそう答えて、食事室を出ます。
自分の部屋に戻って、テーブルに座って、魔族語のテキストを広げて音読し始めます。
『昔のハールメント王国の女王はルフギスという人でした。ルフギスは人間を殺すのが大好きで、毎日のように死体をばらばらにしていたので、人間たちから怖がられていました』
道徳の内容です。まおーちゃんが以前言っていたように、まおーちゃんの即位前と即位後では国の道徳観がからりと変わっています。今私が読んでいるのは、もちろん即位後に書かれたテキストです。
そうやって勉強をしていると、部屋にナトリが戻ってきます。
「テスペルク、メイから聞いたぞ」
「うん?」
私は音読を中断して、振り向きます。
「あさって、魔王とデートするんだろ?」
「う、うん」
メイ、そこまでナトリと共有していたんですか。情報の広がるのは早いです。
「魔王とキスする約束したんだろ?」
「え、えええ、お姉様そこまで話したの!?」
何話してるんですかメイ、さすがに恥ずかしいです。
ナトリはじど〜っとした目をして、私の向かいの椅子に座ります。
「失礼な質問だと思うが」
「うん」
「お前にキスする度胸はあるのか?」
「ありません」
私は、そこはきちんと即答します。
ナトリは何かを考えだしたようで、ひじをテーブルにつけて手を組んで、うつむきます。
「‥‥どーしたの、ナトリちゃん?」
「どうしたもこうしたもあるか。そんな生半可な覚悟でデートに臨むのか?」
「デートに覚悟も何もいらないと思うんだけど‥‥」
私がそう言うとナトリはテーブルをぱんと叩き、立ち上がって私を指差します。
「テスペルク!ナトリはお前に勝つために、今まで死ぬ気で努力してきたのだ!なのにお前はナトリのことをことごとく無視しただけでなく、ナトリに勝ち続けてきたのだ。それがナトリには屈辱なのだ。お前もたまには死ぬ気で努力しろ!」
「死ぬ気で努力だなんて、たかがデートで大げさな‥‥」
ナトリの圧に私が困惑していると、またドアが開いてメイとラジカが戻ってきます。
メイは開口一番、ナトリに注意します。
「ナトリ、素直に言いなさいよ。本当はアリサのこと、応援してあげたいんでしょ?」
「な‥なっ」
ナトリは顔を真っ赤にして、腕を組んで私から目をそらします。
「ら、ライバルが頼りないから喝を入れてみただけなのだ」
「ふーん‥‥ところで、アリサ」
メイは、ナトリの隣の椅子に座ります。
「アリサって、今まで彼氏や彼女作ったこととか、デートしたこととかあるの?」
「ありません、まおーちゃんが初めての相手です」
「ふーん、じゃあこれが初めてのデートってことね」
メイは少し考えてから、口を開きます。
「ナトリとデートの練習したら?」
今度はナトリが慌てます。
「ナトリも彼氏を作ったことはないのだ。なぜこのチョイスなのだ?」
「ん、あんたとアリサって何だかんだで気が合いそうだと思っただけ。大丈夫、百合的な意味じゃないから」
私が「気が合うの?」と聞くのと、ナトリが「気は合わないのだ!」と叫ぶのはほぼ同時でした。
ラジカはメイのまた隣りに座って、賛同します。
「‥でも、アリサ様はアプローチは積極的なのにそれ以外は奥手。デートの練習はしておいたほうがいい」
「ううっ‥‥」
確かにそうですね。まおーちゃんといきなり2人きりになって心臓が止まるよりは、ワンクッション置いたほうがましかもしれません。
「ラジカちゃんはどちらかといえば観察するほうだし、お姉様には気を使ってしまいそうだし、デートの練習相手ってナトリちゃんしかいないかなあ」
そう言って、私はナトリと目を合わせます。
「な‥何なのだ?ナトリは百合じゃないのだ、ノーマルラブなのだ?」
抵抗するナトリを、メイは横から肘で小突きます。
「応援したいんじゃないの?」
「くっ‥き、今日だけだぞ?」
ナトリは恥ずかしいのか悔しいのか、居心地悪そうにしています。
メイは、ここを逃したらダメとでもいうように、張り切った声で言います。
「善は急げね、早速今日の午後からやるわよ!」
「ええー、早くないですか、お姉様」
私が抗議しますが、メイは首を振ります。
「どうせ今すぐやらないと、また後回しにするんでしょ?」
「うう、わかりました、お姉様‥‥」
「昼食食べたら2人で行きなさいよ。分かった?」
私はやれやれという顔でうなずきます。
その時、ナトリが尋ねてきます。
「メイはこのあたりのデートスポットを知ってるのだ?知ってたら教えて欲しいのだ」
「あ」
メイは思い出したように言います。
「そういえばあたし、この王都のことまだよく知らないわ。行きあたりばったりでも仕方ないわね。相手はこの王都のことをよく知っている魔王でしょ。昼食のときにハギスに聞いたらどう?」
「わかったのだ」
こうして、私とナトリはデートの練習に行くことになりました。
◆ ◆ ◆
メイやラジカとさらに相談して、私とナトリはそれぞれが思い思いの服を着ることになったのですが。
「デートといえば待ち合わせでしょ?お互いの服は、待ち合わせで会うまでに見えないほうがいいわ」
メイは亡命のせいでお見合いの話がなくなったものの、お見合いでどうすべきか事前に母からある程度教わっていたらしく、その知識を拝借することになりました。
「分かったのだ。昼食を食べてから着替えればいいのだな」
「じゃあ、ナトリちゃんはここで着替えていてね、私は浴場の更衣室で着替えるから。待ち合わせ場所はどうする?」
「それもハギスに聞くのだ。待ち合わせにはそれらしい場所があると思うのだ」
「うん、そーだね、ハギスちゃんにいろいろ聞いてみようか!」
私とナトリは相談を進めます。それをメイは傍から見ていましたが、ぼそりと一言つぶやきます。
「やっぱりこの2人、気が合うわね」
「気は合わないのだ!」
ナトリが素早く反応します。反応早いです。
「ま、まあ、練習はしっかりやりなさいよ」
メイは呆れて、右手を振ってあしらうように返事します。




