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第132話 魔王とキスすることになりました

その時、私は失念していました。メイが「ディープキス」と大きく書いたのを私が必死に打ち消した経緯があることを。

紙の中央に大きく「ディープキス」と書かれており、その上に大量の打ち消し線が引かれていて、その下に小さく「しっかり抱きしめる」と書かれています。それぞれ、違う人が書いた字のように見えます。これをまおーちゃんが見逃さないわけがありません。

これはちょっといたずらに使えそうだなと、まおーちゃんはにやりと笑います。


「え、ええっ、なんで私のお願いを見て笑ったの?」


私がおそるおそる尋ねると、まおーちゃんは紙を折りたたんで私に言います。


「貴様は嘘をついた」

「えっ?」

「ここに書いていることを妾はすでに貴様にしたと言った。だが、それは間違いではないか」


半笑いというよりは、何かを企んでいるような顔つきです。私は嫌な予感がします。


「この紙に書かれていることを貴様が妾にしろ。それでよいな」

「えっ、だ、抱きしめるのなら私もまおーちゃんにたくさんしてあげたし‥‥」

「それ以外にも書いておろう」


まおーちゃんは紙の中身を私に突き出します。

そこには、みっちり大量に引かれた打ち消し線の下に「ディープキス」と書かれています。

それを見た私は、すべてを思い出しました。自分の顔が茹で蛸のように真っ赤になっていくのが分かります。


「あっ‥そ、それは打消し線を引いてるから無効で‥‥」

「これは打ち消し線か?妾にはただ模様を描いているようにしか見えんのだが」


ひどい言いがかりです!抗議します!


「違うよ!これは打ち消し線で‥」


そう言う私に、まおーちゃんは今度は顔をくいっと近づけます。


「紙に書いた以上はすべて有効だ。いいな?」

「ま、まおーちゃん、近いっ」


まおーちゃんは私が遠慮するのも聞かずに、手紙を机の上に乱暴に置くと、私の頬を手で掴みます。


「え、ちょ、なに、ま、まって‥」


まおーちゃんが、嫌がる私の顔を無理やり引っ張ってきます。そして、唇を突き出してきます。


「はふふ‥」


まおーちゃん、顔がエロいです。私は恥ずかしすぎて全身が火照って、逆に抵抗する体力がわきません。肩の力が抜けていって、それでも顔はくいくいまおーちゃんに近付いていって、まおーちゃんの熱い息が私の顔にかかってきて、ああ、頭がぼうっとしてきそうです。


「ん‥んん‥」


私が全てを覚悟して、まおーちゃんに何もかも任せようとしたその時、まおーちゃんはいきなり私の顔を突き放して、さっさと椅子に戻ってしまいます。


「ああ‥」

「貴様、キスしてほしそうな顔をしてたぞ。この打ち消し線は嘘だな」

「そ、それはまおーちゃんから迫ってきたから‥‥」


そりゃ、好きな人にいきなりこんなことをされたら誰だってこうなったりしないですか?


「‥貴様、忘れてないか?」


まおーちゃんは一息ついて、手紙を折りたたんで引き出しに入れながら、残酷なくらい冷静に言います。


「えっ、何を?」

「紙に書かれたことをやるのは妾ではない。貴様だ」

「え、ええっ‥えっ?」

「3日後のデートでは、貴様の方からキスしろ。舌もしっかり入れろ。ちゃんとしていなかったらリテイクを要求するぞ」

「え、え、え、ええええええっ!?」


思わず後ろへのけぞる私の目を、まおーちゃんはしっかり見てきます。


「ケーキを食べさせてくれる、の次に妾が書きたかったのもキスだ。ちょうどよい。これは罰ゲームだ、貴様は妾を満足させろ。よいな?」


◆ ◆ ◆


その日の晩は、私はいつも通り空中に浮遊したりせず、ベッドにこもって枕で頭を隠します。


「あんたがベッドで寝るって珍しいわね、何があったの?」


隣のベッドに座ったメイが、気になって尋ねてきます。


「お、お、お姉様、ど、どうしましょう‥‥」


私はメイに真っ赤な顔を見せて、次に抱きつきます。

そのままメイを押し倒してしまいます。


「わ、わ、私、まおーちゃんと‥キスすることになっちゃった‥‥」

「それってどういうことなの?」


メイは眉をひそめます。私はメイに一連の事情を説明します。


「あんたが望んだことだから別にいいんでしょ?まあ、付き合って3週間ででキスは早いと思うけどね」


私が自分のベッドに戻ってメイはまたベッドの端に座り直すのですが、こうやってあっさり切って捨てます。自分は関係ないからって、そうやって何もなかったように返事するのはやめてもらえませんか?

メイの向こうのベッドの上で座っているラジカもうなずきます。


「欲望に忠実になるのは大事。アタシもカメレオンをスタンバイさせてるから、いつでもキスして。臨戦態勢」

「は、恥ずかしいなあ‥‥」


私は頬を赤らめて、ラジカから視線をそらします。メイはさらに突っ込んできます。


「そもそもアリサは、決闘大会の前にキスキス連呼してたでしょ?じゃあキスしたいってことでしょ?」

「そ、それはあの、本当にするとは思わなかった、みたいな‥‥」


私は両手の人差し指の先をくっつけあって、くねくねこねこねしながらしどろもどろになります。

そこにさらに、ラジカが追い打ちをかけます。


「学校にいた時は、毎日魔王に抱きついたり好きと言ったりしてたでしょ?あれは冗談だったの?」

「そうよ、ラジカから聞いたけど、あんた学校じゃ魔王に結構アプローチしていたじゃない?それで今の態度はどうなのよ、矛盾してるわよ?」


2人の言葉が刺さってきます。ううっ。付き合うのが現実味を帯び始めたというか、現実になったから恥ずかしいんだけどなあ。


「命令よ、魔王とキスしなさい!」

「わかりました、お姉様‥‥」


私は涙目でうなずいて、そのまま力なく布団の中に入ります。


◆ ◆ ◆


一方のまおーちゃんも、私が部屋から出ていってから、ずっとぼんやり天井を眺めています。


「キス、か‥‥」


まおーちゃんも年頃の女の子です。キスには勇気が必要です。

そもそも、私の手紙見たさに、まだ内容を確認してもいないのにルールを追加してしまった自分の立場もあります。問題は、「ディープキス」の上に大量に引かれていたあれを、自分はなぜ打ち消し線と認めなかったかというところです。

最初は私が恥ずかしがるだろうからいたずらで言ってみようかなと思ったのですが、なぜか話していくうちにキスが自分の中で決定事項になってしまったような気分です。何より、私と2人きりでいるときの高揚感、心がむすむすする感じがたまらないのです。それでつい言ってしまったのでしょうが、私がいなくなってまおーちゃん1人になるととたんに冷静になってしまうようです。

なぜ私といると調子が狂ってしまうのでしょうか。まおーちゃんはそこで何度も頭を抱えて悩んでしまいます。でも、一度決まってしまったことは仕方ありません。一度言ったことを覆すわけには行きません。まおーちゃんは頬を赤らめて、簞笥から替えの下着を取り出すと、それを自分の顔を隠すように覆います。


「‥‥一度だけなら、一度だけなら‥‥」


そう自分に言い聞かせるように言って、下着をまた折りたたんで、外から見えないように袋に入れて、入浴すべく部屋を出ます。

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