第129話 平和を愛する理由
その疑問を、翌日の朝食でまおーちゃんにぶつけてみました。
大会の4日目で閉会式も終わり、大会の全日程が終わった翌日、まおーちゃんは休日というわけでもなく通常の政務に戻ります。ただし、あさってから3連休らしいですが。
その日の朝食です。私、メイ、ラジカとハギス、ナトリ、まおーちゃんはいつも通り、細長い食卓を囲んで食べています。
「なんだ、真剣な顔をして聞いてくるから何かと思ったらそんなことか」
まおーちゃんは、当たり前とでも言いたげに、スープにつけたパンを口に入れます。
私はさらに付け加えます。
「私の今までの人生の中で1万番目くらいに気になったことだよ!?」
「それは、どうでもいいということではないか」
まおーちゃんはそう突っ込んで、それから目を閉じて、手を組んで答えます。
「‥‥妾がまだ幼かった時に、人間の友達ができたのだ。正確にはメイドとしてだがな、年齢の差は大きいが妾と同じ見た目だった」
「まおーちゃん、私より前にも人間の友達がいたんだね」
「うむ‥妾はそやつから気さくに話しかけられ、人間の文化を知り、人間の遊びをしながら楽しい時間を過ごした。だがある日、妾が用事から帰ってきた時に、その友達は母によって惨殺されていた。生きたまま全身の皮膚を剥がされ、内蔵をえぐり取られ殺されていたのだ。まだ10歳だった」
メイは寒気がしたらしく、体を震わせます。
ナトリも顔を青ざめています。
「妾は母から叱られた。人間はいじめ殺すものだと教えられた。妾にあのメイドをやったのも、妾に人間を虐げることを覚えさせるためだったそうだ。妾はそれを聞いてから、人間を襲い殺す魔族が憎たらしくなってきた。人間であれば無条件に殺していいのか、疑問に思うようになったのだ」
そう話すまおーちゃんは、表情こそ動かしていないものの、声を震わせ、手をわなわなと震わせ、静かに怒りに燃えているようでした。
私が見かねて、とりあえず謝ってしまいます。
「ま‥まおーちゃん、そんなにつらい話だとは思わなくて‥‥えっと、ごめんなさい」
まおーちゃんは何度か呼吸して、少し間をおいてから続けます。
重い話はここで終わりのようで、手の震えも止まっているような気がしました。
「貴様は気にしなくてよい。魔族は本能で人間を虐げることを好むというので、妾が魔王に即位してからは各地の魔族に対して教育を徹底した。他の魔族の国にも外交ルートを通して徹底的に教育を依頼し、従わぬ国は討ち滅ぼした。生前譲位だったので母はまだ生きていたのだが、猛反対にあって、何度も妾は殴られたりしだよ。それでも妾は止めなかった。母は即位してから50年後に死に、今では人間も魔族と同様に扱うことが妾たち魔族の間の常識になっておる。今の平和は、300年間の積み重ねの成果だ。妾はこれでよかったと思っている」
まおーちゃんは言いたいことを言い切ったのか、スープをスプーンですくって飲みます。
「‥‥もっと聞きたいか?朝は時間がないから、夕食でゆっくり話すことになるが」
「え、遠慮するわ。大体は分かったし」
メイが大きな声で言います。ナトリもハギスも、重い話を聞いてしまったので気まずい感じになっています。
それを見たまおーちゃんは、フォローするように話をまとめます。
「‥‥あの友達がいたから、妾も貴様たちと出会えた。あの悲劇がなければ、今の妾はなかったということだ」
そう言ってスープを飲み干し、席を立ちます。
「‥ああ、そうだ、ナトリは妾に話したいことがあると言ったな。ナトリと、貴様は今夜夕食の後妾の部屋に来い」
「分かったよ」
私、ナトリは今夜、まおーちゃんと3人でお話することになりました。今夜はまおーちゃんと2人きりになれないみたいです。うーん、大会期間中ずっと我慢していたのにな。明日までおあずけでしょうか。
◆ ◆ ◆
同じ頃。ウィスタリア王国の王都カ・バサの、王城に隣接したハール・ダ・マジという宮殿では、クァッチ3世がいつも通りにシズカと同衾していた夜から目覚めます。
いつもは昼近くまで寝ているものですが、この朝は早くからドアのノックがしていました。それをクァッチ3世は不快に思っていました。3世はシズカに服を着せてから、ドアを叩く者を直接寝室へ入らせました。
「何事か?ここは大広間ではないのだぞ、用があるなら手短に言え」
部屋に入ってきた家臣は、急を告げるつもりでしょうか、額から汗を流していました。
「王様、申し上げます。死刑囚の送還と和平交渉のために送った使者が、死体になって戻りました」
「な、なに!?」
3世はベッドから立ち上がって、怒鳴ります。
「いかがいたしますか、ハールメント王国は使者が自殺したと主張しておりますが」
「殺されたに決まっているだろう!」
もともと寝起きを叩き起こされてイライラしていた3世は、あっさりそう結論づけます。
「で、ですが、使者を殺すことは外交礼儀上よろしくなく、あちらも安易に殺すとは思えませんが‥‥」
「黙れ。ハールメント王国は紛争和平の使者を殺した。これは我々ウィスタリア王国に対する宣戦布告だろう。ハラスに命令せよ、今すぐハールメント王国に攻め込めと!」
今、ウィスタリア王国の主力は、旧クロウ国領土でクロウ国残党が反乱を起こさないか警戒にあたるハラスのもとにありました。そこから軍勢を出してハールメント王国を攻めよという命令です。
「は、ははっ」
家臣はそう返事してその部屋を出ます。
すぐに、ハラスに向かって戦争を命令する書状を持った早馬が出されました。
◆ ◆ ◆
一方で、その1日前。
そのハラスのいる旧クロウ国領土に近い都市であるダガール・ペヌの2都市にいる合計10万程度の兵士を全員殺せという命令が、周辺の都市に届きました。
それぞれの都市の領主たちはあまりにもあまりな命令におののきつつも、家臣と相談して、王には下がらえないと結論づけ、軍編成に動きました。
しかし、例外もいくつかありました。その例外の1つが、周辺の都市の中で2番目に多い兵力を持つ、ヴェンダナという都市です。家臣が領主に、こう進言しました。
「王様は、賊が出没しているという安易な理由で、この2都市の処刑を命しました。しかし賊というものはどこにでも現れるものであり、このヴェンダナも例外ではありません。次は私たちが死刑になる番かもしれません。最近の王様は諫言も聞かず我が物顔で振る舞っていると聞きます。王様がこのような態度では、今回の処刑の撤回もかなわないですし、今後同様の処刑が繰り返されるとみてよいでしょう。私たちがどうせ死ぬのであれば、抵抗して死にましょう。ダガールやペヌと協力して、反乱を起こすのです。てはじめに、ダガールとペヌにはこの通知は届いていませんから、急ぎこのことを知らせて反乱の準備を整えてもらいましょう」
領主はその進言を聞き入れ、ダガールとペヌに早馬をとばしました。
周囲の都市の中にも、ヴェンダナと同じ考えを持った都市や町がいくらかあり、それらも相次いで早馬をとばします。
翌日。各地から派遣された早馬がダガール・ペヌの両都市に集まります。2つの都市の領主は家臣を集め、反乱を起こすことをその場で決め、返答の早馬を出しました。反乱に反対する家臣には、領主より刀が与えられました。
こうして、周辺の一部の都市も含め25万人規模で反乱を起こすことになりました。ダガールとペヌは、早急に守備態勢を敷き、戦争に備えました。
やがてその2都市に、周辺の都市から処刑のための軍勢が到着します。処刑軍はどれも、2都市は今回の処刑の事情を知らないため応戦の準備もせず組織的な抵抗はないものと考えていましたので、少ない兵しか連れてきていませんでした。処刑軍は返り討ちにされ、その日のうちに撤退することにしました。
処刑軍の敗北と反乱軍の団結を知った各地の領主は、増援を求めるべく、周りの土地、そして旧クロウ国に駐屯するハラスへ早馬を出しました。
ダガール・ペヌとその周辺の都市、あわせて5つの都市と25万人の兵士による大規模な反乱は、ウィスタリア王国の終わりの始まりを告げているかのようでした。




