第124話 ナトリと再会しました
控室を出た私に真っ先に抱きついたのは、メイです。
「アリサ、お疲れ!すごい戦いだったわ!勝ち負けとか関係ないわ、両方勝ちよ!」
そう言って、涙声で私をぎゅっと強く抱きしめます。
「お姉様、ありがとうございます」
見ると、ラジカもにっこり笑顔で私を見つめています。
と、周囲を見ると。控室の周りには大量のファンたちが集まっていて、それをスタッフが必死に押し留めていました。騒がしい状況です。
「‥話の続きは城でしたほうがよさそうですね、お姉様」
「ええ」
「まおーちゃんも一緒に行こ?固まって移動したほうがいいんじゃない?」
「うむ‥だが、まだ用事がある」
まおーちゃんは私にそう返事すると、スタッフが抑えている人混みの前の方にいる人を呼び出します。
「おい、その青い服をした貴様、入ってこい」
その人はスタッフに通されて人混みを抜け、私たちのすぐ近くへ来ます。ウヒルでした。
まおーちゃんは、手に持っていた立派な賞金の小切手を、ウヒルにあっさり手渡します。
「約束の前金だ。城にはいつ戻れるか?」
「1週間あれば十分だ」
「うむ、期待しておるぞ」
まおーちゃんはそれから、賞金をあっさり手放したことに驚いている私たちを眺めます。
「どうした、貴様ら。どうせこの賞金は国家予算から出ている、自分の金をもらっても嬉しくあるまい。それに、こやつには病気の妹がいるのだ」
そう言いながら、ウヒルの隣まで歩いて肩を叩き、私たちに紹介します。
「こやつはウヒル。妾以外でそやつに攻撃を当てた唯一の相手だ。今日から妾の家臣になる」
「よろしくな」
ウヒルは私に向かって話します。
正直、鋭い目つきと隠された口、そして今日の昼にこの人に殺されかけたことがあってちょっと怖かったけど、同じウィスタリア王国からの亡命者ですし、話しかけたら意外といい人なのかもしれません?だったらいいな。
「改めて、私はアリサ・ハン・テスペルクといいます。私もまおーちゃんの家臣です。よろしくお願いいたします」
私は貴族らしく、服はもうボロボロになっていますが、できるだけうやうやしく挨拶します。
そしておそるおそる、手を差し出します。
「ウヒル・デン・ダダガドだ。よろしく」
ウヒルも改めて自己紹介して、私の手を軽く握り返します。
私の手を引っ張ったかと思うと、顔をくいっと近づけてきて、私の耳にささやきます。
「君は隙だらけだ。魔力が泣くぞ、鍛え直せ」
ううーっ、事実とはいえむかつきます。でもここには大量のギャラリーがいるので、私は怒りを顔には出さず、にこっと返事します。
「‥はい」
ウヒルは私の顔を一瞥した後、また人混みの中に紛れて消えていってしまいます。
それと入れ替わるように、人混みの中から誰かが怒鳴る声がします。
それは、どこかで聞き慣れたような声でした。
「あっ‥」
私は思わず、声を漏らします。
魔族語で何かを言い争っている声でした。
『ナトリはこのアリサ・ハン・テスペルクと知り合いなのだ。対戦相手なのだ』
『選手ですね、お待ち下さい、確認します』
スタッフの1人が、その人を連れて私の前へ来ます。
私の目から、涙がしわりと溢れているのが分かります。
目頭が熱くなって、鼻の奥がつーんとするような感覚がします。
『この人は知り合いですか?』
スタッフが確認すると、私の代わりに、傍らにいるまおーちゃんが『そうだ』と返事します。
スタッフはその人を置いて、人混みを押さえる仕事に戻ります。
ぴょこんと狐のように大きな獣耳を立て、ライトグリーンの髪の毛を伸ばして。
服はぼろぼろだけど、穴から見える肌はどれも傷や痣はふさがっていて。
私の目の前に立つその人は、自分を殺しかけた相手に対しても、屈託のない笑顔でいて。
「ナトリちゃん!!無事だったんだね!」
私はナトリに正面から抱きつきます。
ナトリの温かい体温が、伝わってきます。
幻でもアンデッドでもありません。生きているナトリがいます。ナトリは瀕死の状態から生還したのです。
私は大きな泣き声をあげて、目をつむり、大粒の涙を流しながら、ナトリの体を強く抱きしめていました。
「ああ、ナトリは無事だ」
ナトリもまた、目頭を赤ませながら、私の背中をなでます。
「‥テスペルク。ナトリは1つ謝らなければいけないことがある」
ナトリはそう言って、私の肩を掴んで、体を引き離します。
ナトリの目は、じっと私の瞳を見つめています。
「謝らなければいけないことって‥何?」
ナトリはこくんとつばを飲み込んでから、言い漏らしのないよう気をつけて話します。
「ナトリは、身の程も弁えずにテスペルクに無茶なお願いをして、こうして心配をかけてしまったのだ。申し訳ないのだ」
「何言ってるの、謝らなくちゃいけないのは私の方だよ、ナトリちゃんのお願いを真に受けて本当に全力を出しちゃって、私、それで‥‥」
泣き崩れそうになりますが、ナトリの屈託ない笑顔を見て思いとどまります。
「ナトリちゃん、これからも私の友達でいてくれる‥‥?」
「当たり前だ。テスペルクこそ、これからもナトリの‥その、何だ、友達でいてくれるか?」
ナトリにとって、これまで私はライバルそのものでした。
寝ても覚めてもライバルとして、毎日のように勝負を仕掛けていました。
でもナトリは私の圧倒的な強さを認めた今、もはや私と競うべきものは残されていませんでした。
残っていたものは、私との親しい関係、友達としての関係でした。
「もちろんだよ!」
私は満面の笑顔で、大きな声で返答します。
「‥ありがとうなのだ」
ナトリはそう言ってから、私の後ろに控えているメイのほうへ歩いていきます。
「メイ、全部お前の言うとおりだったのだ。ナトリは負けを認めるのだ」
負けを認める。それは、今まで一度もナトリの口からは出てこなかった、本当の本当に敗北を認める、最後の言葉でした。
メイは申し訳無さそうに、ぷいっと顔をそらします。
「‥‥これからは無茶しないようにすることね」
「分かったのだ」
ナトリは次に、ラジカを向きます。ラジカがにこっと笑ってきたので、ナトリは黙ってうなずきます。
そしてまた、私を振り向きます。
「‥‥テスペルクと魔王」
「どうした?」
まおーちゃんが私のそばについて、ナトリに尋ねます。
「2人に話さなければいけないことがあるのだ。後で3人きりになれる時間が欲しいのだ」
「分かった。大会終了後になるが、確保しよう」
まおーちゃんの返事を聞き届けたナトリは、私に話しかけます。
「それじゃ、ナトリはドラゴンを医務室に置いてきたから迎えてくるのだ。お前らは先に城へ戻るのだ」
「ううん、一緒に医務室に行こう」
「‥ありがとうなのだ」
まだ仕事があるまおーちゃんを闘技場に残して、私、メイ、ラジカとナトリとドラゴンは、城に戻りました。
ちなみにハギスは私とまおーちゃんの試合の途中で興奮しすぎて疲れて眠ってしまったらしく、表彰が終わった後に他の観客に起こされて『はっ、も、もう夜なの!?くさやをまだ食べてないなの!!』と驚いて駆け出しました。まだ子供ですね、微笑ましいです。




