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第123話 魔王は強いです

医務室に誰もいないのを確認して、ナトリはハクの手紙をズボンのポケットに入れます。

自分の体は問題なく動かせるようですが、走るとまた脚が痛みます。歩いて医務室を出ます。

観客席の方から轟音が響き、地鳴りが廊下全体を震わせます。

一体何が起きているのでしょうか。ナトリは観客席の入り口のトンネルを抜け、グラウンドを見ます。

そこには、凄絶な光景が広がっていました。戦略魔法にも劣らない大魔法をぶつけ合う私とまおーちゃん、天変地異かと見紛うような魔法の衝突がそこにありました。


「ふふ‥」


あんな人に勝負を挑んでしまった後悔はありませんでした。あんな奴と対等に勝負できて幸せだったと感じる自分がいました。

ナトリは入り口トンネルの壁にもたれて腕を組み、穏やかな顔でその試合を見続けていました。


◆ ◆ ◆


大勢の人が見守る中。

実況ですら息を呑む激しい試合のさなか。

私も、まおーちゃんと同じことを考えていました。

私はエスティク魔法学校の授業で色々な人と比較されたことがありましたが、おもに魔法においては誰よりも強かったのです。

今までにバトルで一時的に負けそうになったことはありましたが、それでも相手を圧倒する魔力を駆使して切り抜けていきました。

それが当たり前だと思っていました。

でも、まおーちゃんと対決して、そうではないことを初めて知りました。

自分と互角な力をもった相手。少しでも隙を見せたらやられかねない相手。

今までにない刺激を与えてくれる。

勝っても負けても、きっと楽しい時間になる。


私もまおーちゃんも、この試合を必死に楽しんでいました。

障壁いっぱいまで放てる大魔法。

その障壁も私とまおーちゃんがお互い強化し合いながら設置した、かつてないほど強力なものなので、遺憾なく攻撃を放てます。

荒野ほどの広さはなく、所詮は直径数百メートルの楕円のグラウンドです。それでも、自分の限界が出せることにいつしか喜びを感じていました。

今までは相手の技量を考え、周囲への影響を考え、手加減していました。それが不要になるくらい、自分のすべてを出し合える場所。そして、相手。


試合開始から30分、40分、50分、経過しました。

会場の中には、私たちの試合を集中して見るのに疲れた人も出てきましたが、まだ多くの人は試合を注視していました。

私も私で、集中力が切れるとまおーちゃんの戦略魔法を浴びることになります。まおーちゃんも、大魔法を撃ちつつ戦略魔法が使えないか模索しています。


『大会規定では‥確か‥1時間が経過すると引き分けとなり両方失格となります。決勝の場合、優勝者は出ません』


このようなアナウンスが流れますが、その声はもちろん私たちのバトルにかき消されました。


1時間が過ぎ、1時間10分、20分、30分。

スタッフが私たちの戦いを止めようにも、激しすぎて割って入る隙がありません。

スタッフたちは大会実行委員会も交えて相談しますが、やむを得ず、お互い疲れて放たれる魔法も弱くなりスタッフが割って入れるような状況になるまで放置することになりました。大会日程もその分だけ延長します。片方が著しくダメージを受けていると判断された場合は、もう片方を優勝者とし賞金を与えることも決めました。

そのようなアナウンスも流れましたが、会場の人は誰ひとり、それを顧みることはありませんでした。


私たちの試合を見るのに疲れて闘技場を離れた観客も大勢いましたが、そのぶんだけ、この試合の話を場外で聞きつけて入ってくる他の観客にとってかわられました。

観客たちも、このような刺激的な試合を見るのは初めてで、歴史的なこの瞬間を楽しんでいました。本能的に争いが好きな魔族たちの血がたぎります。誰もが興奮していました。

会場内の売店の在庫も切れ、売店の経営者は材料の購入や在庫の確保に奔走しました。自分の仕事も忘れて戦いを見るスタッフもいました。


試合開始から4時間。日は暮れ、昨日と同じライトの魔法による照明が、障壁の外から私たちを照らしています。

私はグラウンドの中央で、仰向けに、大の字を作って倒れていました。

私の服はすっかりボロボロで、あちこちに回復の魔法が間に合わなかった出血が刻まれています。立っているまおーちゃんも同様で、全身から出血していましたが魔法ですぐには治そうとしません。

私の息はあがっていました。そばには、まおーちゃんが立っています。でも私の顔はいつになく穏やかで、多幸で、大きなことをやり遂げたような達成感がありました。


「あはは、私、楽しかった」


私は満面の笑顔で、そう言いました。

私は魔法を使うのが大好きです。魔法を使い続けるのが大好きです。

私は特に、バトルが好きなわけではありません。

そんな私でも、全力で魔法を放てるような機会に出会えたことが、この上なく嬉しかったのです。

まおーちゃんは間違いなく、私の全力を引き出してくれる、唯一の相手です。

どれだけ魔法を使っても怒られない相手。思う存分に全力を出せる相手。その存在は貴重で。私にとってかけかえのない人で。


「まおーちゃん、大好きだよ」

「妾も、決勝の相手が貴様でよかった」


まおーちゃんも、そう返事します。立派なマントはボロボロで、服もところどころに穴が会いています。おそらくこんなまおーちゃんを見られるのは、世の中でほんの一握りの人だけでしょう。


何人かのスタッフが駆け寄ります。私とまおーちゃんに事情を説明します。


『なるほど、そういうルールもあったか。すっかり失念しておった。時間はどれくらいだ?‥‥4時間か』


まおーちゃんはスタッフからそう聞くと、ふふっと笑います。

疲れていて魔族の言葉が断片的にしか分からない私に、まおーちゃんは人間語で説明します。


「大会の規定で、試合が1時間を越えると両者失格だ。だが、今回は特例でなくなったそうだ」

「ははっ、そうだったんだ」


私は笑顔で返事します。

私は、起き上がれそうなくらい体力は戻っていましたが、あえて起き上がりませんでした。

仮に起き上がっても、まおーちゃんに全力で攻撃できるほどの体力はもうないでしょう。


「私、まおーちゃんにはまだまだかなわないや。まおーちゃんの勝ちだよ」

「ふふ、貴様は修行が足りんな。妾が鍛え直してやる」


まおーちゃんは、私に手を差し出します。

私はゆっくり上半身を起こして、それを握り返します。

お互い、唯一無二の相手で、世界中どこを探しても代わりのいない、恋人です。

大切なパートナーです。


『個人戦決勝の勝者は、我らが魔王、ヴァルギス・ハールメントです!!』


実況の大声が、会場に響き渡ります。

会場の人たちは、誰もが4時間にわたる死闘に拍手を送っていました。

涙を流す人、噎びながら叫ぶ人。それぞれの思いは様々で。

史上まれに見る、ハールメント王国王都ウェンギスの熱い夜は、ここで終幕になりました。


◆ ◆ ◆


3位決定戦では、ケルベロスが勝利しました。


1位、まおーちゃんこと、ヴァルギス・ハールメント。

2位、私こと、アリサ・ハン・テスペルク。

3位、ケルベロスこと、ケルベロス・ハントレード。


それぞれ表彰され、スタッフから賞状、メタルと、まおーちゃんには賞金の小切手が贈られます。私とケルベロスにも賞品が贈られます。

会場内は大きな熱狂と歓声に包まれ、私とまおーちゃんは周りに手を振り上げながら、グラウンドを後にしました。

グラウンドはまた、無人の静寂に包まれました。

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