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第120話 決勝に進出しました

ウヒルはまた、まおーちゃんによって、物置部屋のひとつに連れ込まれます。ソフィーが呼び出された部屋とは異なり、廊下から入れる部屋です。


「話とは何だ?」


ウヒルが尋ねると、まおーちゃんは答えます。


「単刀直入に言う。妾の家臣になってほしい。貴様は妾と同等の力を持つアリサを一時なからも圧倒した。ぜひ妾の戦争に協力してほしい」

「‥なるほど。今回は妙に賞金が高いと思っていたら、そういうことか」


ウヒルは納得したように腕を組み、壁にもたれます。


「どうする?受けるか?妾は次の試合まで時間がないが」


急かすまおーちゃんに、ウヒルは尋ねます。


「‥賞金が目当てだったが、家臣になれば俸禄が出るだろうな?」

「出る。金額は賞金ほどではないが。希望があれば使用人付きの屋敷も貸す」

「‥‥俺は重病の妹を助けることができればそれだけで十分だ。ただ‥‥」


ウヒルはそう言って、天井を仰ぎます。


「ただ?」

「クァッチ3世の苛政は、俺も腹に据えかねていた。あいつのせいで親は死に、妹は病気になった」

「そうか」


まおーちゃんは安心したようにほっと息をおろします。


「‥決勝終了まで待てるか?妾の家臣になるなら、前金をやる。病院に入れるのに必要だろう」

「分かった」


すんなり話は進みました。2人は物置部屋から出ます。


◆ ◆ ◆


準決勝第1試合は、まおーちゃんの圧勝で終わりました。

次は私とケルベロスの試合です。これに勝てれば、私は決勝進出です。


グラウンドの中央まで行って、私はケルベロスと対峙します。

これに勝てれば、私とまおーちゃんの仲もとりあえず安泰です。決勝のことは考えないとして。


「私は君が不愉快だ」


ケルベロスはまたさっきの試合のように3頭の犬の姿になるかと思いきや、人の姿をしたまま、私を指差して言います。


「私は先王ルフギスの代から、重臣として400年以上仕えてきた。私の王に対する忠誠は、山より高く海より深い。王も私のことを認め続けてきた。だから、魔族と縁もゆかりもない、ぽっと出の君に魔王様が頭を下げるのが不快だ。君には魔王様への忠誠があるとは思えない。ウィスタリア王国が滅べば、魔王様の元をあっさり離れるだろう」


私は黙ってそれを聞いていましたが、首を横に振ります。


「‥詳しくは言えませんが、私はまおーちゃんのもとを離れたりしません。まおーちゃんは私の友達です」

「魔王様にあだ名を付け、友達と言い切るところが畏れ多いのだ。君にとって魔王様とは、そんなに軽い関係なのか?」

「いいえ、私にとってまおーちゃんは大切な人で‥!」

「君のその言葉は信じられない。魔王様より強いというのも、どうせ嘘だろう。私は武力で君をねじ伏せ、とるに足らないものであると証明してみせる」


ケルベロスは吠えだします。

同時にケルベロスを地面から現れた黒い光が包みます。

体が少しずつ大きく、黒ずみ始めます。

やがてその巨大は唸り声をあげながら、その正体をあらわします。


実況通り、首から3つの頭を生やした犬の巨体が、そこにありました。私の身長3つ分くらいの高さはあります。

犬の口から、とてつもなく鋭い牙がのぞかせます。

3頭の犬がまた吠えます。その音量だけで、並大抵ではない迫力を感じます。


私はふわりと浮遊の高度を上げ、ケルベロスの頭の高さまで浮かびます。


「‥もし私が勝てば、私を家臣として認めてくれるんですか?」

「当然だ。もっとも、君にはそれができないだろうがな」


そうして巨大な犬は私を噛み殺すべく、ジャンプして私に襲いかかります。

私はさらに上へ浮き上がって回避しますが、ケルベロスはさらに高くジャンプして追いつきます。

しょうがないので私は、もっと高く浮き上がると自分の周りに結界を張って、それからゆっくり高度を下げます。

ケルベロスが何度も何度も私の結界に噛みつこうとしますが、硬すぎてひび1つ入れられないようです。


私はケルベロスの吠える獣の顔を見ながら、考え込みます。

私は明らかに、ケルベロスの何倍も強いです。

しかし、いまケルベロスを一撃で圧倒したとして、果たしてケルベロスは約束通り私のことを認めてくれるのでしょうか?

そもそもケルベロスは、私の今までの戦いを見て、強さを知っているはずです。それでも意地になるのはなぜでしょうか。


気がつくと私は、一つの呪文を詠唱していました。

赤く光る魔法陣が、浮遊している私の足元に現れます。

空気の小さなうねりが合体して少しずつ大きくなっていき、私を包みます。

ケルベロスの吠え声がどんどん大きくなってきますが、それは私の耳には届きません。


「ファイアー」


私の呪文詠唱と同時に、大きな炎のドラゴンが現れます。

そのドラゴンは3つの頭を持ち、ケルベロスの何倍もの唸り声をあげます。


「オオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


そのあまりの音量にもケルベロスは怯まず、「ウオオオオオオオ!!!」と大きな声をあげて、私の結界を踏み台に、そのドラゴンの中へ飛び込みます。

ドラゴンは大きな口を開けて、ケルベロスの頭をかぶりと食べます。


「オオオオオオオアアアアアアア!!!!!!!!!」


ケルベロスの雄叫びが、途中から悲鳴へと変わります。

巨大な火のドラゴンはその形を変形させます。巨大な火のボールとなり、頭から一気にケルベロスの巨体を包みます。


「アアアアア!!!!!!!!!!」


もはや断末魔となった叫びが、無残にも炎に包まれて、かすれ始めます。

それを見て、私は火の魔法を止めます。

火のボールが散っていき、空間に拡散されて、消えていきます。

ケルベロスは立ち上がる力がなくなったのか、かくんとその場に座り込みます。


「‥話したいことがあります」


私が言いますが、ケルベロスは最後の力を振り絞って、雄叫びをあげます。

ケルベロスにとって、戦いはまだ終わっていないのです。

きっとケルベロスも、相当の覚悟をもってこの戦いに挑んできたに違いありません。


「今から、いっさいの詠唱をしません」


私はそう宣言します。詠唱をしないと複雑な魔法を扱うことができなくなるだけでなく、使える魔法の威力も弱くなります。

ケルベロスは怒ったのか、先ほどよりも強く吠えます。叫びは空気の震えとなり、轟音となります。

私はそれにひるむことなく、その巨体に風の魔法を浴びせます。ケルベロスの巨体は空高く舞い上がり、そして地面に叩き落されます。

あおむけになった犬の巨体。おなかも全身も真っ黒で、まるで黒い山のようです。

私はケルベロスの頭近くまでふわりと浮き上がると、もう一度話しかけます。


「話したいことがあります」

「‥なぜ攻撃を途中でやめる?」


ケルベロスは質問で返します。それに、私は平然と答えます。


「私はあなたより強いからです。私はもう、無意味に人を殺したくないです」

「このケルベロスを愚弄するな!私は死ぬ気で戦っている、それなのに君と来たら‥‥」

「無意味な殺生を許さないのは、私もまおーちゃんも同じです」


私ははあっと一呼吸して、ケルベロスの巨体に届くよう、大きめの声で言います。


「私はこの戦いに勝っても、あなたに認められるとは思いません。でも、どうか時間をください。私はまおーちゃんのことを大切に思っていますし、これから仲違いが起きない限りまおーちゃんのそばに居続けます。こういうことは、言葉ではなく、暴力でもなく、行動で示すのが一番だと思います」


ケルベロスは少し、天を仰ぎながら考えます。

この戦いに負けても、私を認められないという気持ちがどこかにあるのは確かです。

戦いに負けて私を認めることになっても、おそらく、ケルベロスは心の中のどこかで抵抗し続けるでしょう。

目を閉じてしばらく考えた後、私に尋ねます。


「‥‥どんな苦難があっても、魔王様のために尽くし続けるのか?」

「はい」

「一生をかけて?」

「えっ‥」


一生をかけるってことは、つまりまおーちゃんと結婚するということでしょうか。

それは‥私はまおーちゃんと結婚したいと言いましたが、あれはまおーちゃんとまだ付き合っていない頃の話です。

交際が現実になり、結婚の話も少し現実味を帯び始めたところでそれは言いづらい言葉でした。


でも、よく考えたら、ケルベロスは恋人としてではなく家臣としての私に対して質問しているのでした。

私はウィスタリア王国で、貴族として教育を受けました。王様への絶対服従も必要と教えられました。

仮にウィスタリア王国が滅んでいろいろ片付いた後、私はまおーちゃんのもとを離れて、故郷のエスティクに帰るのでしょうか?

それはその時になってみないと分かりません。

でも、これだけは言えます。


「まおーちゃんが道をたがわない限り、私は一生まおーちゃんを裏切りません」


ケルベロスは少し笑って、しばらく天を仰ぎます。私も空を見上げます。雲はいくつかありましたが、昨日と同じ晴天です。


「ふふ‥今は認めよう。ただし、君が魔王様を裏切るようなことがあれば、私は命をかけて君を地獄の底まで追いかける」

「それでいいです」


ケルベロスは目を閉じます。

また黒い光が発生し、ケルベロスを包みます。

光が消える頃には、その姿は縮み、もとの人間の姿に戻っていました。

青みかかった灰色の皮膚に覆われたその表情は、どこか満足げでした。


ケルベロスは立ち上がり、黙って両手を上げます。


『ケルベロス・ハントレード、降参です。決勝進出は、アリサ・ハン・テスペルクです!』


実況の言葉とともに、会場が沸き起こります。

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