第119話 分身と未来の私が頑張りました
いくら2秒後の未来が予見できるウヒルとは言え、大量の私には対応できません。
「がはっ、ぐはっ‥!?」
分身は本体より魔力が控えめになっているとはいえ、元々の本体が強いので分身も強いです。
未来予見のできるウヒルにはまず範囲魔法を広範囲にかけて逃げ場をなくし、次に空間に拘束して、最後に単体魔法をぶつけます。
風の魔法でできた空気の刃物、電気を帯びた水の刃物、炎のブレス、光の矢。
たくさんの私からの容赦ない攻撃を全身に受け、ウヒルはかくんとひざをついてしまいます。
ふと、目の前の私が呪文を詠唱しているのが見えます。
よく見ると、ウヒルの周りの取り囲む私の分身たちがみな攻撃をやめて、呪文を詠唱しています。
「く、くそっ!」
満身創痍のウヒルは力を振り絞って、呪文詠唱する私たちを片っ端から切り付けます。
次々と、私の分身たちが光となって消えていきます。
「ちくしょう、本体はどこだ!」
空中高くに浮いて詠唱している分身もあります。ウヒルは他の分身を踏み台にしてジャンプして、空中の分身も片付けます。
呪文の詠唱が終わるまでに、全て倒さなければいけないのでしょうか。ウヒルは必死にグラウンドを駆け巡り、分身を次々と光にしていきます。
「そこだあああっ!!」
そして、ウヒルは目の前にまた私の姿を見つけ、短剣で思いっきり切り付けます。
しかし残念、その個体は強力な結界で囲まれています。
「くそっ!なぜだ!なぜだ!?何が起こったんだ!?」
焦って次々と剣技を繰り広げますが、その全てを私の結界は貫通を許しません。
他の分身には張られていなくて、この個体には結界が張られています。これが本物に違いありません。ウヒルはそう考えて何回もガンガンと結界を叩くのですが‥‥。
「そんなに気になるのですか?」
後ろから私の分身が話しかけるので、ウヒルは驚いて構えを取ります。
私の分身はにこっと笑って説明します。
「読み通り、そこにいるのが本物の私です。私は、過去に使った魔法に対して詠唱しているんです」
「な‥何だと!?詠唱しないと魔法が使えないはずだ!!過去の魔法へ詠唱するとはどういうことだ!?」
「ですから、詠唱しないと使えない高度な魔法を、詠唱を後回しにして使ったんです」
私の分身はいともたやすいことかのように説明します。
「な、何だと!?そんなでたらめなことができるのか!?」
「確かに普通はできませんよね。なので私は、未来の私にお願いしたんです。過去の私を助けてって」
「なんだと!?魔法をタイムスリップさせて過去に干渉したというのか!?」
ウヒルは思わず後ずさりします。背中が結界にぶつかります。
私の分身は一息ついてから、ウヒルに話しかけます。
「あなたにその結界を破ることはできませんから、呪文の詠唱が終わるまでゆっくり説明しますね。まず、あなたが最初に捕まえた私は、確かに本物の私でした」
正真正銘、本物の私が喉元にナイフを突きつけられていたのです。
しかしそれを、未来の‥‥今まさに呪文を詠唱している途中の私が、分身と入れ替えました。
本物と分身を一瞬で入れ替えること自体は簡単です。ただ、それすらもウヒルに予知される可能性がありました。そこで私は、これを別の魔法と組み合わせました。
時間の流れは一本線ですが、時空を乱れさせることによりそこから強引に新しい世界線を分岐させ、その世界線の中で魔法を使って本物と分身を入れ替え、元の世界線にマージさせました。
なので、2秒後が予見できるウヒルでも、本物と分身の入れ替えは予見できませんでした。ただし、時空を乱れさせること自体高度な魔法なので呪文詠唱は必要になります。それも未来の自分に任せました。
「あなたは未来が見えるのであって、心が読めるわけではないとしたら、ひとつ不可解なことがあるんです。あなたはさっき、『降参はしないと言おうとしたね?』と言いました。それはあなたが2秒後に、私が降参しないと言った未来を見たからではないでしょうか?でも、実際の私は、『降参はしない』とは言いませんでした。あなたがさっきの言葉を話したことで世界線が分岐し、私が『降参しない』と言った世界線と、言わなかった世界線が同時にできてしまったんです。ここまでは分かりますか?」
ウヒルは頭を抱えてしばらく考えた後、「‥‥理解できる」と返事します。
「私はそれに気づいて、あなたに捕まった私自身を助けるために、未来の私に時空を乱れさせ世界線をかき乱す魔法を使わせることで、過去の‥あなたが本物の私を捕まえていた世界線に対して干渉しました」
「未来の自分に魔法を使わせたのか。そして今、君が詠唱しているのは、過去の俺から君を助ける魔法だね」
「そういうことです」
私が答え終わるか終わらないかのうちに、ウヒルは短剣を投げ出します。
ほぼ同時に私の詠唱が終わり、これまでウヒルに説明していた分身の私が消えます。
ウヒルは自分の後ろにいる本物を振り向きます。私は笑顔でウヒルに尋ねます。
「‥今の詠唱で私の分身を過去に送り出し、過去の時空を乱して、過去の自分を助けました。未来の自分にお願いした詠唱も今終わったので、これで試合は振り出しです。続けますか?」
それを聞いたウヒルは笑い出します。
「ははは‥こんなデタラメな魔法、初めて聞いたよ。ここまでされると清々しい。勝てる気がしない。俺は降参だよ」
そう言って両手を空高く上げます。降参の意思表明です。
『ウヒル選手、降参の意思を示しました。アリサ選手の勝利です!』
実況の大きな声とともに、会場中が沸き起こります。
私は空の上に向かって、ガッツポーズを振り上げます。
ナトリ、見ていますか?私、ベスト4になりました。
◆ ◆ ◆
控室で実況を聞いていたまおーちゃんは、胸をなでおろします。
ウヒル以外、観客席や控室のまおーちゃんたちへは、私の説明は届いていません。むろん実況も、何が起きたか完全に把握していません。実況だけではなぜ勝てたかわからないのも事実です。そこは後で私からしっかり説明してもらいましょう。
そう思ったまおーちゃんはベンチから立って、出口のトンネルのところまで歩いて、仁王立ちします。
「あっ、まおーちゃん、私勝ったよ!」
浮遊の魔法で移動している私が、まおーちゃんの前まで進んで報告します。
「貴様、まずはベスト4おめでとう。貴様と戦えるのを楽しみにしている」
「あう、それはちょっと手加減してほしいかな‥‥」
そう言って、私はまおーちゃんと一緒に控室へ戻ります。
準々決勝はまだ1試合あります。さっき敗退してまだ控室から出ていないウヒルを除くと、5人のそうそうたる選手たちが揃っています。
この中で、優勝できるのは1人だけです。
ふと、私の前に大男が立ちはだかります。
他の魔族は人間らしい見た目をした人も多いのですが、その人は青みかかった灰色の皮膚に身を包んでいます。そして、左目に真っ黒な眼帯をつけています。
まおーちゃんの重臣、ケルベロスです。
「‥魔王様と懇意のようだね。だからといって君にはあまり、調子に乗らないで欲しい。次の相手は私だ」
何やら不機嫌そうに、私に告げます。
「えっ、は、はい‥」
私の返事を待たずに、ケルベロスは控室を出て、グラウンドの入り口へ向かいます。
私はふと、まおーちゃんを振り向きます。しかしそこにもうまおーちゃんはいなくて、気がつくとウヒルと一緒に控室を出ていってしまっていました。
準々決勝第4試合は、数分の戦闘のすえ、ケルベロスの勝利となりました。
控室にいる私は前世みたいにテレビ映像を見ることもできず、魔族語で話される実況の声だけを聞いていましたが、どうやらケルベロスは3つの頭を持つ巨大な犬の姿に変身して戦ったようです。
ベスト4にはまおーちゃん、その次の対戦相手と、ケルベロス、そして私が残りました。




