第118話 準々決勝を戦いました
私は驚いて振り返りますが、それと同時に私の背中が切りつけられます。傷は浅いですが、全身を火をつけられたような痛みが走ります。
「が‥はっ」
私はしゃがみます。喉元から何かが流れ出します。
吐血です。
自分の口を覆った手に広がる、生暖かい感触と、独特の匂いで、私の体は恐怖に包まれます。
「君は隙たらけだ。そんなことで勝てると思っているのか?どうした、もう降参か?」
しゃがむ私のそばに、ウヒルが立ちます。
何が起こったのか分かりません。
私は口から少しばかりの血を流しながら、上を見上げます。
ウヒルの体が背後から日光に照らされ、黒い影になっていました。
「‥‥っ」
ですが、ここで負けるわけには行きません。
ここで負けたら、決勝に行けず、まおーちゃんと破局してしまいます。
決勝までのすべての戦いには負けられません。
何が起こったか分からなくて怖いけど、頑張りましょう。
私はぎゅっと唇を噛みます。
「今、降参はしないと言おうとしたね?」
ウヒルは、私の鼻に短剣を突き出します。
行動を読まれた気がして、私はびくっとのけぞります。
「な、なぜ分かるの?」
「俺はお前の2秒後の行動がわかる。2秒後の世界が見えるのだ」
「!!」
未来予見ができる系の敵ですか!?これは‥初めてです。手強いかもしれません。
私はナイフから体をかわそうとして後ろへ動きますが、ウヒルは私の動きかけの足を横から足で蹴ります。
「うはっ!?」
私はバランスを崩して、またあおむけに倒れてしまいます。
これが、行動が読めるということでしょうか。それでは、魔法を使ったらどうでしょうか。
浮遊で自分の体を素早く遠くへとばそうと考えますが、ウヒルはその前に、私の体にまたがり、喉仏に短剣の先を当てます。
「ひっ‥」
私は、喉に刃物が当てられるチクリとした感覚で恐怖を覚えます。
体を動かしても、魔法を使っても、相手から間合いを取ることができません。
◆ ◆ ◆
「アリサ‥!!」
メイは思わず、観客席から立ち上がってしまいます。隣のラジカも、私の喉に当てられた短剣が光るスクリーンに釘付けになっています。
周りの観衆はどよめきだします。誰もが私の勝利を予想していました。しかし開幕直後からウヒルは私に一切の隙を与えず、間合いを与えず、畳み掛けようとします。
一方、控室では先ほど物置の部屋から出たばかりのまおーちゃんが、実況を聞いて出口のトンネルからグラウンドを覗きます。
そこには、実況が嘘でないことを示すかのように、私と、私に馬乗りになっているウヒルの姿があるだけでした。
「アリサ‥‥」
まおーちゃんは思わず、私の名前を口にします。
「知り合いなのですか?」
後ろからソフィーが尋ねると、まおーちゃんはごまかすように返事します。
「いや、妾の家臣だ。まさか、あんな形で負けるとはな‥‥」
私が決勝まで行けなかったら破局という約束。
私は必ず決勝に行ける、それだけの力がある、下手したらハールメンと王国で一番強いとされるまおーちゃんよりも強いかもしれないのです。
まおーちゃんにとって、この約束はあってないようなものだと思っていました。私が途中でこの大会から逃げ出すようなことはしないでほしい、やる気を持って戦って欲しいというのが、この約束を考えた一番の目的でした。むしろ、まおーちゃんが私と決勝で会えないのであれば、理由はそれしかないと考えていました。
しかし、その「あってないような約束」に、万が一が起きてしまったのです。
まおーちゃんは出口のトンネルから、じっとグラウンドを見守ります。
「すみません、控室に戻ってもらえますか?」
後ろからスタッフの声がします。
まおーちゃんは、破局という約束をしてしまった後悔に歯をきしらせながら、ぷいっとグラウンドに背を向けて、うつむきながら控室に歩いていきます。
その様子を見てソフィーは何かを察したのですが言葉には出さず、まおーちゃんの後を静かに歩きます。
◆ ◆ ◆
「もう一度聞く。降参するか?しないなら、俺は遠慮なく君を殺す」
ウヒルは2秒後の世界を予見することができます。それに対応した行動をとれます。
初動も見事なものでした。2秒後に私が結界を張ると予見して、すかさずそれを妨害しました。そのあとも私がどんな魔法を使おうとするか予見して先回りしたのです。
まおーちゃんと並ぶほど強い魔力を持っている私も、魔法が使えなければただの人です。ウヒルは私の魔法を封じて、ただの人にしてしまったのです。
私は肩を震わせます。
どうしようもない恐怖が、何もできない無力感が、私を襲います。
目元から涙が流れます。
「降参するなら、10秒以内に答えろ」
ここで降参してしまったら、私はまおーちゃんと破局です。
絶対、絶対に降参したくありません。
でも、ここから挽回できる方法が思いつきません。
せめて誰かが後ろから攻撃してくれればいいのですが‥‥。
もう1人、誰かが‥‥。
いるじゃん。
「残り5秒だ。4,3,2‥‥むっ!?」
何があったのか、ウヒルは上半身をかわします。同時に、ウヒルの後ろから、光の魔法でできた三日月型の刃がすごいスピードで通過します。
ウヒルは、周りの様子を見て目を丸くします。
自分が予見した通り、グラウンドのあちこちには、私、私、私でいっぱいでした。
たくさんの私が立っています。まるで分身でもしたかのようです。
これは確かに予見で知ることはできますが、起きている事象がウヒルの理解を超えています。
確かに分身の魔法はあります。できあがった分身は私より能力は劣りますが、攻撃したり、魔法を使ったりすることが可能です。ただし、それには私がいったんウヒルの拘束をといて魔法を使う必要があります。
魔法が使えない状態の私が目の前にいて、私がそのような魔法を使った形跡が、どこにあるのでしょうか?
ウヒルにとって、もうひとつ不可解なことがありました。
分身の魔法を使えば、私の体の中からもう一つの体がすーっと出てくるように見えるはずです。つまり、分身は私のすぐ横に現れるはずです。分身はそこから行動を始めなければいけません。
しかし、それすらありません。私の分身たちが現れる2秒前に、突如として大量の私を認識したのです。何もないところから、突然私が出現したのです。
◆ ◆ ◆
会場はどよめき立ちます。
私でいっぱいになったグラウンドを指差しながら、メイが慌ててラジカに聞きます。
「ラジカ、これどういうことなの!?」
「アタシにもわからない」
ラジカはそう言って、肩に座っている緑色のカメレオンを手の甲に乗せます。
『一体何が起きたのでしょうか!?』
混乱したような実況が流れ、控室のベンチに座っていたまおーちゃんは思わず立ち上がります。
観客席に行こうと廊下を歩いていたハギスが立ち止まります。ハギスは一瞬立ち止まってから、「どけどけなの〜!」と叫びながら、観客席へ向かって走っていきます。
やがてトンネルを抜けて観客席に出たハギスは、異常な状態を認識します。
「こ、これは何なの‥?」
◆ ◆ ◆
「ちっ‥!」
ウヒルは舌打ちします。
分身には本体があります。
これが本当に自分の知っている分身なのかも疑わしいのですが、本体の喉元には短剣の先が当てられていて、自分が生死を握っています。
どちらにしろ攻撃してくるのであれば、降参はしないということです。ウヒルはためらいなく、その短剣で私の喉を突き刺します。
喉元から血しぶきが上がります。
「が、はっ‥」
私はまた吐血して、その場で息絶え‥‥
「なーんちゃって」
「!?」
私がその反応をすることもウヒルは2秒前に予見して知っていたのですが、何もかもがウヒルの理解を超えています。
「残念です。私は分身ですよ」
ウヒルに喉を刺された私はそう言って、体中を光らせて、粉々になって消えていきます。
本物だったはずの私が、実は分身だったのです。
「く、くそっ!」
ウヒルは立ち上がって、自分を囲む無数の分身たちからの攻撃をかわし始めます。




