第117話 参謀の登用
10分程度の休憩を挟んで、準々決勝ではまおーちゃんとハギスが激突します。私は控室のベンチに座っていて、実況を通して様子を聞きます。
まおーちゃんとハギスは王族同士ですから、何か掛け合いがあるのでしょうか。観客の大歓声が聞こえてきます。人気者同士が対戦すると、音量も大きいものです。
2人が、グラウンドの上で対峙します。
『ほう、貴様もついにここまできたか。初出場のときより強くなったな』
『準決勝は初めてなの。相手が姉さんだからって、手加減はしないなの。負ける気はしないなの』
ハギスはフォークを構えます。
『いいだろう、それでこそ妾の姪だ。参る』
まおーちゃんは余裕の笑みで、ハギスと魔法をぶつけ合います。
◆ ◆ ◆
「負けたなの‥‥」
フォークを杖代わりにして地面に突き刺しながら、ハギスがふらふらっと、ベンチで私の隣に座ります。
「お疲れ、ハギスちゃん」
私はその頭をなでてあげます。なんだかいつもより熱くて、やわらかいです。汗で湯気ができていて、頭皮は汗でぬるぬるしています。相当激しく戦ったのでしょう。
「‥やっぱり姉さんにはかなわないなの」
「でも準決勝まで来れたから、ハギスの強さは本物だよ」
私が言ってあげると、ハギスは私を見上げて、真っ赤な顔で笑います。
「えへへ、疲れちゃった」
そうして、私に体重を預けます。
私はハギスの頭を何度も何度もなでてあげます。
‥そういえば、ハギスと一緒に戦っていたはずのまおーちゃんが控室に姿を見せませんね。まおーちゃんはどこに行ったのでしょうか。
「まおーちゃんどこ行ったか、ハギスちゃんわかる?」
「ん、わからないなの」
ハギスは純粋な目で答えます。
◆ ◆ ◆
出口のトンネルのわきにそれた場所に、控室とは別の、物置として使われているとても狭い部屋があります。
まおーちゃんはそこに、ある選手を呼び出していたのです。
その人は準々決勝でまおーちゃんとハギスの次の試合に出て敗退した、澄んだ青色をした長髪のてっぺんに双葉を生やしている、少女の姿をした植物系の魔族です。服装も植物らしく、緑をベースに、腕や脚にツルが巻き付いたようなデザインをしています。敗退した選手は閉会式に出る義務もなく、そのまま帰る人も多いので、そこをまおーちゃんは呼び止めたのです。
「初めてだな、ソフィー・タスク」
まおーちゃんはやや緊張した顔をしながらも、笑顔を作ります。
ソフィーと呼ばれたその魔族は、おそるおそるまおーちゃんに尋ねます。
「魔王様とこのようなお話の場が持てて光栄でございます。それで‥‥魔王様直々に、何の御用でしょうか?」
「うむ。妾の家臣になってくれないか?」
ソフィーは目を点にして、口をあんくり開けます。
「い‥いえ、わ、私よりも適任がいらっしゃるのではないでしょうか?」
「何を言う。貴様こそ適任だからこうして呼び出したのだ。貴様は魔力も体力もあまりない。それにもかかわらず、動きに無駄がない。力が無い代わりに、頭脳で相手を圧倒したのだ。だからベスト8に来れた。違うか?」
「い、いいえ‥」
少しおどおどした様子です。
自分なんかには似つかわしくないと言いたげです。
まおーちゃんはまた、一言付け加えて、説得を試みます。
「‥昨日の貴様の試合を見て調べたのだが、タスク家とは仮の名で、その正体は、初代魔王ウェンギスに仕え、類まれなる頭脳を生かしてわずかな兵力で大勢の人間の兵士を倒し、勢力拡大に大きく貢献した伝説の軍略家、ラムザス・ノデールの末裔らしいではないか?」
ソフィーはおどおどした態度から一変して、まるで別人のように落ち着き払ったように深く呼吸して、返事します。
「‥‥そこまで調べていたのですね」
「ぜひその才能を妾のために生かして欲しい」
まおーちゃんがそこまで言うと、ソフィーは首を振ります。
「‥‥ご先祖様は確かに戦略に優れた方でした。しかし、自らの戦略によって多数の人間が戦争に負けてつかまって奴隷になり、当時の魔王によって残酷に扱われたことを知り、決して能力を戦争のために使わないと誓い、隠遁の道を選びました。私の家には代々伝わる、魔王様にはお仕えするなという家訓がございます」
魔族の多くは争いを好みますが、そうでない例外もいます。同胞として魔族のために尽くすものの、過去の魔王や魔王軍には人間を殺傷することを好むものも多かったため、それを嫌って距離を置く魔族たちもいるのです。
「私が決闘大会に出たのは、上位者に副賞として与えられる珍しい果物の種が目当てです。それ以上もそれ以下もございません。決してあなたの家臣になるためではありません」
そう言って、倉庫に置いてある四角いブロックの上に手を置きます。しかし、まおーちゃんはそれを遮るように、説得を続けます。
「もし、人間ともが魔族より残虐だったらどうするのだ?」
「えっ?」
ソフィーは驚いて、まおーちゃんを見ます。
「確かに我が母ルフギスの代までは、魔族は人間の国への侵攻を好み、人間をおもちゃ同様に扱うことを嗜みとした。しかし妾は違う。人間と平和条約を結び、けっして争いのための争いをすることはなかった」
「あなたが今までの魔王と全く違うことは、私たち家族一同、よく存じております」
ソフィーは冷静に返事をします。まおーちゃんは追い上げるように続けます。
「聞くところによると人間の王は、家臣の諫言をすべて退け、逆らうものには人の道に外れた残酷な刑罰を科し、人の死を娯楽とし、多くの国に攻め込み激しい戦いを起こし多数の兵士を殺傷した。いずれこの魔族の土地をも戦場にするだろう」
「それは家族一同、心を痛めております」
「心を痛めるだけか?」
「えっ?」
「心に思うだけで、貴様らは何も行動に起こさないのか?」
まおーちゃんはソフィーに、一歩一歩歩み寄ります。
「ここだけの話だが‥‥といっても貴様らも再徴兵の話は知っていると思うが、妾は魔王軍を使ってこれを討伐しようと思う」
「‥‥っ」
「人間たちからこの魔族の土地を守るため、そして残虐無道な王から人間たちを救うために兵を起こす。もちろん妾も、魔族・人間双方の被害は最小限に留めたい。貴様には参謀となり、その頭脳を生かして、お互いに余計な被害を生じないよう、効率よく戦ってほしい。これなら貴様の家訓の目的とは矛盾しないだろう。もう一度言う。貴様の力を妾に貸して欲しい」
まおーちゃんはソフィーのすぐ近くで立ち止まると、体を直角に曲げて、頭を低く下げます。
ソフィーはそれをしばしの間呆然と眺めているだけでしたが、やがてにっこりと笑って返事をします。
「‥魔王様が私のような取るに足らない者に簡単に頭を下げないでください」
「‥‥分かった」
まおーちゃんは折り曲げた体を起こして頭を上げると、ソフィーの表情の変化に気付きます。
「魔王様のお気持ちは分かりました。ですかこれは先祖代々伝わる家訓であり、私の一存では決められません。どうか、家族と相談する時間をください」
「うむ、分かった。人類の未来のためにも、よろしく頼む」
はじめは緊張していたまおーちゃんの頬も緩みます。
◆ ◆ ◆
準決勝の第3試合。
私はグラウンドの中央に浮き上がります。
私と向かい合っているのは、青い装束に身を包んだ男――確かに今朝出会った、ウィスタリア王国から亡命したというウヒル・デン・ダダガドという男です。
「ウヒルさん。よろしくお願いします」
これまでの試合の相手はナトリを除いていずれも魔族だったので、そういう意味では初めての人間の相手です。私は人間の言葉で話します。
「よろしくお願いする」
ウヒルは、青いマフラーに隠れた口でそう返事します。
でも、ウヒルのほうから攻撃してきたりはしませんね。結界を張っておきましょう。そう思って自分の周りに結界を作ろうとした途端。
私の左腕から、血しぶきが舞い上がります。
その痛みで結界を張るのに失敗しました。
気がつくと、目の前には誰もいません。
「君の実力はこんなものか?」
後ろからウヒルの声がしました。




