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第116話 ナトリと天界(4)

「負の感情が、人間‥いや、この悪魔を作ったのか‥?」

「厳密には違うが、おおかたその認識で問題はない。人には食欲、睡眠欲、性欲のほかに、金欲、権力欲、暴力欲、憎悪などの様々な感情を持ち合わせている。それらは、人が死にこの天界へうつるにあたって不要なものだから、我々天使が回収しているのだ。ただ‥我々天使たちの失敗によって、それがひとつの塊として凝集し、地上に舞い降り、クロウ国のシズカという人間に取り憑いた」


デグルは重々しい表情で、うなずきます。


「ここからが本題だ。よく聞いて覚えて欲しい」

「分かったのだ」


ナトリの快諾を聞いて、デグルは杖で地面をトンと小突いて、続けます。


「救世主がこの悪魔の魂を滅ぼすには、戦争を起こしてシズカという媒体を殺す他に手段はない。2人の救世主はいずれウィスタリア王国と戦争を起こし、攻め込み、この悪魔の魂を持つシズカという女性を殺すだろう。その時、この女性に取り憑いた悪魔は、他の人に取り憑こうにも救世主に邪魔されて行き場をなくし、必ずこの天界にのぼってくる」


そこまで言うと、デグルの杖の先に、2つの赤色の、タブレット状の薬があらわれます。デグルは杖の先へ手を伸ばしてそれを取ると、ナトリに渡します。


「さっきも言った通り、生きている人間はめったにこの天界へ来ることはできない。我々天使も、悪魔と戦う力はあるが、これほど強力な悪魔は初めてで、天使だけで対応できるかわからないのだ。救世主の2人に、これを渡して欲しい」


ナトルは両手を、水をすくうようにくっつけて、その薬を受け取ります。


「それを飲んだ人は一時的に仮死状態となり、天界へ来ることができる。これを使って、悪魔と決着をつけて欲しい」


ナトリはそれを目をつむって聞いていましたが、少し考えた後にデグルの顔を見上げます。


「‥‥ひとつ質問があるのだ」

「何だ?」

「わざわざ天界に来なくても、地上でけりをつけることはできないのか?」

「悪魔に地上の人の力は届かない。天界にいる天使でしか対抗はできない。その薬を飲むことにより、天界に来られるだけでなく、もともと持っている魔力や筋力といった力を、天使の力に変換することができる。それで初めて悪魔の体にダメージを与えることができる。その2人の救世主は地上最強だ、天界でもきっと無敵になれる。ぜひここへ来て欲しい」

「地上最強、か‥‥」


デグルの言葉を聞いたナトリは、笑い出します。


「話と関係ないのだが、ナトリは地上最強のテスペルクという女に勝とうとしてしまったのだ‥‥はは‥」


そう言って、片手をおでこにあてて、笑い出します。


「恥じる必要はない。ナトリはよくやった」

「‥ああ」


ナトリはその2つの薬を握りしめます。その笑顔は、決意で満ち溢れていました。


「‥分かったのだ。この薬は、確かに2人に渡すのだ」

「よろしく頼む。戦争のない平和な世界を作り上げるために、2人の救世主には苦労をかけるが、本当にお願いしたい」


ナトリは元気よく、椅子から立ち上がります。


「早速元の場所に戻りたいのだ」

「あっ、待ってください」


後ろからハクが呼び止めます。


「‥その、個人的なことですが」


ハクはそう前置きします。ナトリは笑顔を作って、ハクに続きの言葉を促します。


「ボクの姉に伝言を頼みたいです」

「お安い御用なのだ」

「‥‥その」


ハクがそこまで言ったところで、デグルがアドバイスします。


「言葉よりも、手紙に書いたほうがいいだろう。そうすれば姉もハクの筆跡だとわかり、話の信憑性が上がる」

「なるほど‥わかりました。手紙を書きますので、少し待ってもらえますか?」

「分かったのだ」


ナトリの返事とともにハクは奥の方へ走っていき、やがて奥にあるテーブルで一枚の手紙をしたためて、ナトリのほうへ持ってきます。一枚の小さい紙切れに、魔族語で文章が書かれています。


「ボクの復讐のことは考えないで欲しい、姉はあくまで万民のために、自分の信じた道を進んで欲しい。ボクは天界で幸せに暮らしている。ということを書きました。これを姉に渡してください」


ハクは紙を4つに折りたたんで、ナトリに手渡します。


「分かったのだ。必ず魔王に渡すのだ」


ナトリはそれを受け取って、その折りたたまれた手紙の中に薬を入れます。そして、デグルに向かって言います。


「‥それじゃ、早くナトリの魂を地上に戻してほしいのだ」

「分かった」


デグルは静かに返事をし、ナトリを手招きします。ナトリはデグルに案内され、玉座の後ろへ向かって歩いていきます。


◆ ◆ ◆


話はナトリが地上に送り返される数十分前にさかのぼって、ここは闘技場です。決闘大会の5回戦、私の試合が始まったところです。


『次の試合は、アリサ・ハン・テスペルクとクィンク・ベルモードです』


このようなアナウンスが流れ、私の対戦相手が1人、グラウンドの中央へ移動します。


『‥おや、対戦相手はアリサですが、姿が見えませんね』


実況が、私がグラウンドにいないことに気づいたようです。


『アリサは1分以内にグラウンドへ立たないと棄権扱いとなります』


その実況の説明に、観客たちが一気にどよめきだします。私を応援していた人がブーイングする姿、私の勝利を好ましく思っていなかった人が歓喜する姿、そして悲鳴など。

人々の思惑は、様々でした。


「行け」


まだ控室前の廊下で、まおーちゃんの胸を涙で湿らせていた私が、ナレーションを聞いたまおーちゃんに怒鳴られます。


「行きなさいよ」

「アリサ様、早く」


メイやラジカも急かしてきます。

私の涙は、もう止んでいます。私は袖で、目を拭きます。


「‥分かった。ナトリちゃんによろしくね」


私はその場でふわりと浮き上がったと思うと、猛スピードで控室に突っ込みます。

控室のドアが魔法で勢いよく開きます。

控室にいた他の選手達が驚き、ベンチからこける様子が目に飛び込みます。ごめんね。

私は控室のもう一方のドアも魔法で勢いよく開け、すごいスピードでグラウンドへ突っ込みます。

前からくる風がチクチクして痛いです。ナトリはもっと痛かったのでしょうか、いいえ、今は忘れましょう。


『おおっと、棄権5秒前に、アリサが姿をあらわしました!』


観客席では、歓声、悲鳴、様々な感情で荒れます。

その歓声は廊下まで響きます。メイは腕を組んで、「ふん」と鼻を鳴らします。


私が対戦相手の前に到着すると、相手は舌打ちをして、それから顔を青ざめて、私から距離を取ります。

私が前の試合でナトリを殺してしまったので、自分も殺されると思って恐怖に感じたのでしょうか。


私は目を閉じます。

ナトリを殺してしまったのは、自分の心が弱かったからです。

自分は傷つきたくないと思って、自分の実力を過小評価して、その結果、悲劇を生んでしまいました。

自分は強いのです。他の人よりも、圧倒的に強いのです。自分の力を信じて、前へ進むしかないのです。


再び目を見開きます。

相手が私を攻撃するでもなく、全身を使って構えています。私の警戒だけをしているようです。

もともとこの相手は棄権するつもりでしたが、私が棄権すると思って、出てきてしまったのでしょうか。私にはそう感じられました。


「私はもう、誰かをうっかり殺したりはしない」


一瞬で決着をつけるのが、相手に苦痛を与えない最もいい方法でしょう。

私は腕を持ち上げ、その相手に手をかざします。

その瞬間に、相手の前に突風が発生し、勢い良く、後ろへ吹き飛ばします。

私は、突風による気圧差で後ろから発生した弱い風で髪を揺らしながら、自分に言い聞かせるように、言葉を口に出します。


「安心して、私は強い」


大きな歓声とともに、私は5回戦を通過しました。

決闘大会個人戦ベスト8には、まおーちゃん、ハギスやケルベロスのほかに、私の名前も刻まれました。

ここからは、8人が優勝を目指して争います。優勝まであと3試合です。

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