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第115話 ナトリと天界(3)

ナトリの周りで、多くの人間の兵士たちが槍を構えて走っています。少し向こうには、馬に乗った将軍も見えます。地面から、大量の砂煙が舞っています。馬のいななきや掛け声などは聞こえませんが、ここは戦場です。兵士たちがお互いを殺し合い、足元には死体がいくつも転がります。まだ生きている人間が倒れて他の兵士に踏みつけられて絶命したり、何人もの兵士から串刺しにされた兵士もいます。

ふと、ナトリの目に1つの旗が飛び込みます。かつてあったといわれる、クロウ国の軍旗です。その旗手も刺されたのか、旗が地面に倒れ込みます。

ウィスタリア王国の兵士たちはクロウ国の兵士を殺傷し、前へ進んでいきます。


「これは‥何なのだ?」

「ウィスタリア王国が、クロウ国と起こした戦争だよ」

「ウィスタリア王国が起こした?クロウ国のほうから勝手に攻め込んできたと聞いたのだが?」

「残念ながらそれは正確ではない」


デグルは首を横に振ります。


「さっき、透明なカプセルの中で殺された人を見ただろう?あの人がクロウ国の国王だ。あれがきっかけでこのような戦争が起こった。この戦争は何年続いたと思うかね?」

「15年11ヶ月と教えられたのだ‥」

「そうなのだよ。約16年にわたる戦争で、クロウ国とその周辺の国にいる莫大な人間が命を落とした。すべて、クァッチ3世の快楽殺人が原因だ」


ナトリはがっくり肩を落とします。


「‥‥止められなかったのか?」

「ん?」


ナトリはデグルを向いて、叫びます。


「お前は‥あなたは大天使だろう?この戦争は止められなかったのか?」


デグルは残念そうな顔をして、首を横に振ります。


「天使も地上に干渉することはできるが、あくまで普通の人間の1人としてだ。天使の特別な力は、地上の人間に使うことはできない。私もこれは指をくわえて見ているしかできなかったのだ」

「そんな‥‥」

「‥クァッチ3世はこれ以外にもいくつかの小さな戦争を起こした。魔族の国境で起こした紛争もそれだ。クァッチ3世は次々と人を殺傷することを好んだ。あの人が王である限り、この国に平和は訪れない」


デグルはまた杖を振り上げます。場面が切り替わります。今度は、さっきの騒がしい画面とは切って変わって、ひとつの静かな部屋になります。貴族の部屋のようです。


「‥魔王!?」


目の前の椅子に、まおーちゃんが座っています。しかし様子がおかしいです。白く光る輪が腕にいくつも取り付けられ、その中でも特に強く光る輪が手錠として、まおーちゃんの手首を拘束しています。これは、拘束した人の魔力を封じる輪です。


「ハクは見ないほうがいい」


デグルが言うと、ハクは素直に「はい」と言って後ろを向きます。同時に部屋のドアが開き、1つの樽を持った使者が入ってきます。

その使者はまおーちゃんに何か説明した後、樽から肉片を1つ取り出して、まおーちゃんの口に運びます。


「‥あの肉は何なのだ?見たことのない色をしているのだ」


そうナトリが聞くと、デグルは「こっちに来なさい」と言って、近付いてきたナトリの耳にこっそり耳打ちします(第2章参照)。


「な‥‥っ!?」


その肉の正体を聞いたナトリは絶句します。冷や汗が頬をつたっています。

まおーちゃんは肉片を2つ食べた後、何かを話します。使者は一礼して部屋を出ていき、代わりにメイドが入ってきてまおーちゃんと何かを話します。

その一部始終を、ナトリは石のように固まった体で眺めるしかできませんでした。


「これもクァッチ3世の所業の1つだ。あの人は魔王ヴァルギスを7年間閉じ込め、このような仕打ちをした」

「そ‥そんなことが‥」


ナトリは以前、アリサに魔王の弟の死に方を尋ねたことがありました。あの時、アリサやラジカは答えをぼかしていたのですが、まさかこんな事実があったとはナトリも想像できませんでした。自然とナトリの目から涙が溢れてきます。

デグルはまた、杖を振り上げます。場面が切り替わったのを見ると、さっきまで後ろを向いていたハクが、前を向きます。

次の場面は、何かを建築しているようです。上半身裸の労働者たちが木材や石などを持って必死に歩いています。その労働者たちに対して、立派な服を着て怒鳴る人が何人もいます。よく見ると、労働者の体はどれも血だらけです。

労働者が1人、1人、ばたばたと死んでいきます。しかし立派な服を着た人がその死体を指差すと、他の労働者たちはその体を持ち上げ、何事もなかったように、建築途中の建物へ向かって運んでいきます。

どう見ても、正常な建築現場ではありません。


「これは‥何なのだ?」

「ハール・ダ・マジ宮の建設現場だよ。このように人民の命を軽視しながら、建てられていった」

「王宮の隣りにある豪華な宮殿のことか?」

「そうだ」


デグルの説明を聞きながら、ナトリは呆然として、その過酷な様子を眺めます。


「この宮殿の建設は多くの人民を殺した。これがひとつのきっかけとなり、今もハールメント王国へ亡命する人は後をたたない。それにもかかわらず‥‥」


デグルがまた杖を振り上げるとまた場面が切り替わります。今度はハール・ダ・マジ宮の内部の、ある部屋のようです。そこは豪華な装飾が施され、四角い白いテーブルの上に大量の料理が置かれ、貴族たちがそれを楽しんで食べています。

その中に、全身を黒いもやに包まれたクァッチ3世とシズカの姿がありました。

2人とも、非常に楽しそうに、周りの家臣と歓談しています。


「こっ‥この野郎、この建物は大勢の人が苦しんで建てたというのに‥‥」


ナトリはまた、悔し涙を流します。全身に怒りの気持ちが沸き起こってきます。この建物を建てた経緯だけでなく、戦場で見た兵士たちの死体、何かの肉を食べるまおーちゃんの様子、残酷な刑で殺される人。今までとんでもないものを散々見せつけられた結果が、これでいいのでしょうか。こんなもの、人間のやることなのでしょうか。

ナトリももとはウィスタリア王国の出身です。学校を卒業した後に娼婦になれという命令が下ったためにハールメント王国へ亡命しました。その時はクァッチ3世への個人的な怒りでいっぱいでしたが、自分以外にも多くの人民を殺傷し、自らは快楽に身を沈める。そんなクァッチ3世のおこないそのものに対して、感情がこみ上げてきます。


デグルは杖を振り下ろします。途端に周りの光景が元通りの、天井がなく白い柱がいくつも立ち赤い絨毯がしかれた神殿のような風景に切り替わります。


「‥このことは、魔王ヴァルギスやアリサ、ラジカには説明した。君にも説明できる機会ができてよかった」

「あ‥ああ‥」


ナトリはあまりにもあまりな光景を見せつけられ、足元がおぼつかず、ふらつきだします。


「ナトリさん、椅子に座っていいですよ」


ハクが椅子を持ってきたので座ります。ナトリは座るとすぐに「はぁ、はぁ」と荒い息をつきます。

デグルはまた言います。


「ナトリ。君はアリサの友でありながら弁舌、説得、交渉や政治学、経済学、歴史学に長け、それを魔王ヴァルギスに見込まれて家臣として採用された。それだけでなく、ハールメント王国の対外政策でも重要な役目を担うようになった。君には、ただ国の命令に従うのではなく、このような背景も知った上で人類社会の発展のために尽くして欲しい。そう思って、一連の映像を見せたのだ。これを見た君が、アリサと自分を比較して功を焦り、人の道をあやまることはないと信じている」


デグルはそう言って、ナトリの荒い呼吸に耳を傾けます。

その呼吸の音が少しずつ弱くなってきているのを待って、デグルはまた杖を振ります。

デグルの横に、1人の女性が現れます。シズカですが、身には黒いものがまとっています。


「クァッチ3世は廃人になったが、すべての原因はこのシズカなる女性に取り付くこの悪魔だ」

「悪魔‥か」

「うむ。そして、ここからの話は、2人の救世主にも伝えて欲しい」


デグルはまた杖を振ります。シズカの人間としての体が消え、それをまとっていた黒いオーラが集まって、1つの塊を作ります。

塊は次第に人の姿を成していき、そして1人の、ある人間の姿に変わります。


「‥こいつは誰なのだ?」


ナトリの問いかけに、デグルは首を振って説明します。


「この人間は、地上のどこにも存在しない。過去に存在した人間でもない。天界には死んだ人が集まる。その人達の怨念、負の感情が集められ、ひとつに固まったものだ」

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