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第114話 ナトリと天界(2)

「わしがここに座っていると、ナトリも話しづらかろう」


大天使はそう言うと玉座から立ち、階段を下りて、ナトリの前に立ちます。


「立ちなさい」

「‥‥はい」


自然とひざまずいていたナトリは、ふらつきながらも立ち上がります。大天使はにっこり微笑みます。


「初めまして。わしは大天使の1人、ジュギルだ。地上ではデグルと名乗っておる」

「ジュギル‥様」

「うむ。本当はもっと長い名前があるのだが、いちいち覚えるのはつらかろう」


そこまで言って、デグルはナトリの体がまだ震えているのに気付きます。


「‥‥結論から言おう。ナトリ、君はまだ死んでいない」

「えっ!?」


ナトリは目を大きく開けます。


「うむ。ナトリの体は、試合が終わった後に魔王ヴァルギスが懸命に治癒魔法をかけた。君の首の骨は確かに折れ、頸動脈も切れていたが、ヴァルギスはそれをつなぎとめ、脳死を回避した。右腕は少しで千切れそうだったがそれ以外は全身がばらばらになったわけでもなく、失血も最小限に抑えられた。君は奇跡的に一命を取り留めたのだよ」


デグルは何度もうなずきながら笑顔で、ナトリを見ます。

ナトリは少々ぼんやりとしながらそれを聞いていましたが、はっと我に返って、自分の心から自然に発生するデグルに従いたいという気持ちを抑えるかのように、大きな声で言います。


「いっ‥生きているのなら、さっさと魂を戻してくれ!こんなところにいる場合じゃないのだ!早く戻って、テスペルクに謝らないと‥‥!」

「‥‥ナトリ。落ち着きなさい。ここは生きている人間がめったに来れるような場所ではない。だからこそ、救世主と繋がっている君は、貴重な存在なんだ。君に伝えたいこともあるし、救世主たちへの伝言も頼みたい」

「救世主とは‥魔王とテスペルクのことか?」

「そうだ」


デグルはまたうなずきます。


「分かったのだ。ナトリが元に戻れるなら、何でもするのだ」

「良い返事が聞けてよかったよ」


そう答えて、手に持っている大きな古びた杖を振り上げます。

それまで神殿の内装をもしていた周りは突然黒ずみ、ナトリはまるで別の空間に投げ出されたような感覚がします。そこは夜空のようで、夜空にしては真っ暗で。あちこちに、上にも下にも無数の星が見えますが、ナトリの足は確かに地面の存在を認識しています。天地に映像が投影されるプラネタリウムのようです。


「ここは‥どこなのだ?」

「別の世界線では宇宙と呼ばれているところだ。君の世界では地動説が根強いのだがね、天動説が正しい。まあ、こんなことはどうでもよい」

「世界線‥とは何なのだ?」

「意味がわからなくてもよい」


ナトリの視界からは、まるで宇宙と呼ばれる空間を進んでいるようです。目の前に小さい青い点が現れ、それが少しずつ大きくなっていきます。


「この青い星は何なのだ?」

「君たちが住んでいる、地球という星だ」

「初めて見るのだ」


空間は地球と呼ばれる星の中に入ります。

白い雲をかきわけて、陸地が目に飛び込んできます。

見慣れた色をした城、様々な建物などが見えます。そこはウィスタリア王国の王都カ・バサの上空でした。しかし、王都にあると伝え聞いたあの宮殿や豪華で贅沢な建物はなく、町並みは思っていたよりは質素です。


「ここは‥どこなのだ?」

「18年前のウィスタリア王国王都カ・バサだ」

「18年前‥の?」


視界は王城の屋上から建物内に入ります。屋根裏部屋を抜けて、様々な部屋を抜けて、大広間の上へ達します。

真上から俯瞰するような角度だったものが、ナトリ自身たちもまるで地面の上に立っていて人々の様子を横から眺めるような角度に変わります。

そこには、非常に多くの、きらきらした衣装に身を包んだ人たちが、たくさんの白い丸いテーブルの上に乗っている料理や菓子をとって、食事や歓談を楽しんでいました。


「これは何なのだ?」


一見普通の交流会に見えるのですが、これをわざわざ見せられた理由は何なのでしょうか?


「そこにいる女性に見えるものがあるだろう?」


デグルは、参加者の1人を指差します。薄いラベンター色の髪の毛を長く伸ばしている女性です。一見どこにでもいるただの貴族に見えるのですが、その体を黒いもやが包んでいるのが確かに見えます。


「!!‥‥黒いものが取り憑いているのだ」

「それは悪魔だ」

「悪魔だと!?」


その女性が、ある男と出会って話し始めます。赤をベースにした服装からナトリは気付きました。この男は、若き日のクァッチ3世です。


「ウィスタリア国王・クァッチ3世は、即位してから7年間は善政をしいていた。民からも外国からも慕われていたのだよ。それが、このシズカという女性と出会ったときから、何もかも崩壊し始めた」


ナトリの目に、シズカを包んでいる黒いもやの一部がクァッチ3世を包んでいる光景が入り込んできます。

クァッチ3世の頭の上に、どす黒いオーラが現れます。


「あっ‥‥」

「あれが洗脳だ」


デグルはそう言って、再び杖を振ります。場面が切り替わります。ここは本棚もベッドもあります。机もあります。誰かの個人的な部屋でしょうか。


「クァッチ3世の部屋だ」


デグルが補足します。

その時、部屋のドアを開けて、クァッチ3世とシズカの2人が入ってきます。2人は歓談しながらキスをして、そしてベッドへ座ります。

その様子を見ていたナトリは、肩を震わせます。シズカの体を包む闇は一層強くなり、クァッチ3世の頭を覆う闇はさらに強く大きくなっていたのです。さっきより症状が悪化しています。


「クァッチ3世の精神はシズカに取り付く悪魔に、少しずつ乗っ取られ、操られていった。そして、次に‥‥これを見るがよい」


デグルはこの場面の説明を終えると、また杖を振って場面を切り替えます。

ここは芝生の生えている広い草原です。ただ、2階建ての建物に囲まれています。建物の1階に回廊が見えますし、向こうには王宮の形をした立派な建物が見えます。王城の中庭でしょうか。

そして、ナトリの目の前には、ガラスでできた円柱のようなものがあります。その中には、らせん状の刃物と、容器の3分の1を満たすほどの水と‥そして、生きた人間が閉じ込められています。

生きた人間が必死の形相でなにか叫んでいる様子です。後ろを振り返ると、クァッチ3世が笑いながら答えています。クァッチ3世の後ろには何人もの家臣が控えていますが、みな顔を真っ青にして、うつむいている人もいました。

クァッチ3世が生きた人間を指差して何かを怒鳴ると、ナトリはびくっとして、円柱の方を振り向きます。

その円柱の中には、生き地獄が広がっていました(第2章参照)。


「う、ううっ‥」


それを目の当たりにしたナトリは吐き気を覚え、うつむいて口を手で覆い、地面にへたり込みます。ただ芝生が風で揺れているのだけが分かります。

デグルがまた説明します。


「シズカの悪魔は残虐なものを好む。クァッチ3世の精神もその影響を受け、人を殺すことに快楽を見出すようになり、苦しむ人を見ることを楽しみとするようになった。クァッチ3世にとって人の死とは、ひとつの娯楽なのだよ。この性格は洗脳の副作用によるもので、クァッチ3世本人の性格として刻み込まれた。これは、もう二度と元に戻らない」

「ナトリさん、大丈夫ですか?」


それまで黙っていたハクが、ナトリの背中をなでます。


「だ、大丈夫なのだ、このくらい‥‥」


ナトリはハクに支えられて、立ち上がります。それを見たデグルは、杖をもう一度大きく振ります。また景色が切り替わります。

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