第10話 領主様に呼び出されました(2)
領主様の城に入るために、私たちは馬車に乗ります。私の向かいには、まおーちゃんが乗っています。
例のとおり、私は椅子などに座るときですら浮遊の魔法で1センチくらい浮いています。とにかく魔法を使い続けていたくて仕方ないのです。なので、領主様の城に入る時、自分の足で歩かなければいけないと思うと、ものすごく寂しいのです。浮きながら歩くことも理論上は可能ですが、やってみるとこれが意外と難しいのです。体を浮かしながら歩いているふりをしても、実際は前に進めていなかったり、歩幅と実際に進んだ長さがずれて不自然に見えたりするのです。なので、今は魔法を使わず、素直に地面に足をつけて歩くしかありません。
地に足をつけるのはいつ以来でしょうか。学校では、始業式と終業式のときですら私は浮いていますから、姉がこの学校を卒業した今年3月以来です。2ヶ月ぶりかもしれません。あれ、意外と短いですね。
「ふむ‥ここが貴様の町か。地方都市といった感じだな」
馬車の窓から、まおーちゃんが町の様子を眺めています。石畳の道に、中世ヨーロッパを思わせる町並み。窓からは花壇も顔を出します。みんな、普通の生活を営んでいる様子です。
「まおーちゃん、ここは初めて?」
「国境の町や首都は何度も行き来したが、ここは初めてだ。国境ほどさびれてはおらず、しかし首都ほど賑やかでもなく、ほどほどという感じだな。‥‥ん?んん!?」
まおーちゃんが何かに気付いた様子で、窓に食いついています。離れたところにある小さい文字を読んでいるかのように、外を凝視しています。私も窓の外を覗き込みます。お菓子を取り扱う専門店が建っている以外は、特に変わったところはありませんでした。
「お菓子がどうしたの?」
「い‥いや、何でもない」
まおーちゃんはそう言って首を横に振り、窓から離れました。
(う、ううむ、24時間以上摂取しないとおかしくなりそうだ‥‥)
こくんと、よだれを飲み込むまおーちゃんでした。
水堀にかけられた橋をわたって城に入ってから、私たちは馬車から下りました。城内にある城壁に囲まれた送迎用の空間ですが、出迎えに来る貴族はおらず、ただ来賓用の建物へ通じる階段が示されていました。
「‥‥ん?」
まおーちゃんが何かに気付いたようで、鼻をくんくんさせています。
「どうしたの、まおーちゃん?」
「‥‥いや、気のせいだ。気のせいならいいのだが‥‥」
「うん?」
そうして私たちは来賓用の部屋に通されました。
「申し訳ございません、急にお呼び立てしておいて何なのですが、領主様にとっても突然のことでして、今すぐお会いできる状態ではございません。少しの間、ここでおくつろぎください」
メイドはそう言って、テーブルの上にお菓子を置いて部屋から出ました。
そのお菓子を手に取り、形を確かめるようにしばらく眺めて「ふむ、毒はないな」と言ってから口に入れたまおーちゃんは、椅子に座って言いました。ちなみに私はまだ浮いています。
「貴様、気づかんのか?」
「えっ?」
「この部屋には、強力な魔法がかけられている」
「確かに、そんな感じはしてたけど‥‥防衛用の魔法でしょ?」
「違うな」
まおーちゃんは、お菓子をもう1つ抜き取って、上品に口へ運びます。
もしかしてまおーちゃん、お菓子好きなのかな?さっきもお菓子店に目が釘付けになっていたし。買ってあげたら喜ぶかな。
「‥‥洗脳の魔法だ。貴様くらいの魔力があれば効かんだろうがな」
「え、洗脳?」
「あまり大きな声では言うな」
「本当にそうなのかな?何のためにこんなことを?」
「妾には大体想像つくが‥‥妾はこういう扱いにも慣れておる。貴様が気にすることではない」
まおーちゃんがそこまで言ったところで、メイドがドアをノックします。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
「ああ、思ったより早いな」
まおーちゃんは立ち上がります。私も、浮遊の魔法はここまでにして、これからは自分の足で歩きます。と、地面についたとたん、バランスを崩しました。
「あっ、と」
「どうした」
「ううん、大丈夫。2ヶ月くらいずっと歩いてなかったから、足が思ったように動かないだけ」
「まったく‥‥歩く練習くらいはしろ。妾と手を繋ぐか?」
そう言って、まおーちゃんが私に手を差し出します。
「え、いいの、この手、握っていいの?」
「あまりうるさくするなら取り消すぞ」
「あうっ」
私はまおーちゃんの手を握って、廊下へ出ます。
2ヶ月ぶりとはいえ、体は歩くことをそこまで忘れていなかったようで、あまり上品にすることはできなかったものの、普通に歩けました。
「まおーちゃんって、優しいんだね。私のこと、好きなのかな?」
「‥‥余計なことを言うならこの手を離すぞ」
「ええー」
まおーちゃんの手は温かくて、力強くて、私全体を包み込んでくれるような感じがしました。
私は「ありがとう」と言いそうでしたがそれをくっとこらえて、ほほえみました。まおーちゃんは、相変わらずぶっきらぼうな顔をしています。
(この洗脳魔法‥‥魔族には効かぬタイプだから、妾を狙ったものではないな。となると、こいつが標的か。一体何を企んでおる‥‥?)
私たちは大広間に通されました。玉座には領主様が座っています。私は青い絨毯の上にひざまずきましたが、まおーちゃんは立ったままです。
「アリサ・ハン・テスペルクです。領主様のお招きにより参上いたしました。‥‥まおーちゃんも座って、失礼だよ」
「国交を結ばぬ無道な人間に礼はいらん」
「もー、まおーちゃん!申し訳ございません、連れの者が失礼を‥‥」
「ははは、いいよ」
玉座の領主様は、笑って手をひらひら振りました。小太りで、鼻の下とあごに黒いひげを生やしています。中年といった感じでしょうか。
「魔王の言うことも事実だ。外交は先に弱みを見せた方の負けなのだよ」
「は、はい」
「アリサ‥といったかな。確か、前に会ったかな」
「はい、昨年のお誕生会で参上いたしました」
見たところ、やはり当初のイメージ通り、優しくて明るいおじさんといった感じでしょうか。もう少し怖いことを言ってくるかもしれなかったのですが、フランクで接しやすい性格に見えます。
初対面ではありませんが、初めて話す相手です。その緊張も少しは取り払われたかもしれません。
「学校の校長から話は聞いているよ。使い魔を召喚したら魔王が出てきたんだってね」
「はい」
「その魔王に個人的に興味があるんだよ。ちょっと、私と魔王の2人にさせてもらえないかね?」
領主様がにっこり、優しく言ってきました。
「貴様‥‥!」
まおーちゃんはなぜか、領主様に敵意を剥き出しにしています。
「‥‥それはできません」
私は口を開きました。
「まおーちゃんは、私の大切な使い魔です。一時たりとも、離れたくありません」
「心配せずとも、またすぐに会えるよ」
「それでもだめです。これは私とまおーちゃんの約束です」
「そうか‥」
領主様は、家来の一人を手招きして、耳元にそっとささやきます。その家来はうなずいて、大広間から出ていきました。
その様子を、まおーちゃんは警戒している様子でした。家来を強く睨みつけています。
「まおーちゃん、顔に出てるよ。失礼だよ」
「あ、ああ‥」
私が注意するとまおーちゃんは家来から目をそらし、大きな息をつきました。
その様子を見て、領主様はほほえみながら私に言いました。
「‥さて、ここじゃ何だし、場所を改めてお茶でもしないかな」
「はい、私は大丈夫です。‥まおーちゃんも大丈夫?大丈夫みたいです、ぜひ」