No.9 再会
後半はサトゥール視点になります。
テュカは完全にカレーに捕らわれてしまい、わたしの方には目もくれなかったが、一応、声はかけておいた。
「テュカさん、扉は開けたまま行くから、閉めないでね」
もし閉めてしまうと、扉を開けたわたしが同じ扉からは出られなくなってしまう。魔法を失うことになった場合、日本に向かえば足手まといが増えるだけなので、ネオリクに戻る必要があるが、外からテュカがタイミングよく扉を開けてくれるとは思えない。つまり、魔法も使えず、ただ、暗い通路の中で扉が開くのを待っているしかないことになる。危険はないとわかってはいても、やはりそれは避けたい。
父の研究成果の中に『扉を開けたまま中に入らなければ、意思をもって閉めない限り、扉が閉まることはない。』というのがあった。つまり、入ったのがわたし一人であれば、閉めようとしない限り、扉は開いたままになるということだ。それなら、もし魔法を失った場合は、そのまま引き返せばすぐネオリクに出られる・・・ 父の研究成果がこれほどありがたく、心強いものになろうとは思わなかった。だが、このことは後で無事父に会えたとしても、黙っていた方がいいと思う。図に乗ったら、また何を言い出すか、わかったものじゃないからだ。
通路の中に入ったわたしは、光魔法を発動して反対側に向かって歩き始めた。もし、魔法を失ったら途中で光は消える。消えずに反対側にたどり着けば、両親を助けて皆で向こう側に向かうことができるだろう。
「もし、通路に神様がいらっしゃるのなら、今回だけはわたしから魔法を奪わないでください。両親を無事に助けられたら、その時は全部お返ししてもいいですから、今回だけは、お願いします。」
わたしは呪文のように、そう口にしながら歩いた。
* *
まさか娘が私をネオリクに召喚するとは思わなかった。それ以前に、中で待っていろと言ったのに、まさか反対側に向かうなんて考えもしなかった。通路には灯りもなく真っ暗なので、小さい頃から暗いのが苦手なマユが扉の奥に進むなどとは思わなかったからだ。それだけ追い詰めてしまったことは、父親としては恥ずべき大失態だが、結果としてマユに魔法が付与され、大賢者たる私の本来持つ力が継承されたのは、まさに僥倖と言える。さらに、この私を召喚してしまうとは・・・ やはりなんだかんだ言っても、私の娘は私のことが大好きなんだよね~♪
「おいこらっ! 何をにやついてやがる!? 先生よぉ、今の状況、理解してんのか、ああっ!?」
・・・そうだった、娘に召喚されたことに舞い上がってしまい、ユリを結果として置き去りにしてしまったことを完全に忘れていた。それをテュカに指摘されてしまい、逃げる様にこちら側に来てしまったが、扉の外で見張っていた⚫⚫組の手の者にあっさり捕まってしまった。ユリと一緒に家の外から様子をうかがって、チャンスがあれば扉から向こう側に二人で向かおうとしていたのだが、まさかずっと扉の前に張りついていたとはね・・・
「お嬢からは、娘を連れて来いと言われてるが、中に入ったきり出てきやがらねえし、やっと出てきたと思ったら先生が出てくるし? 先生、事務所にいたはずだよな? 俺たちここでずっと張ってたから、先生が中に入れるわけないんだが、一体どうなってやがる?」
・・・まあ、こいつらに話したところで信じないだろうな。その娘に召喚されたなんてね。
『あいにくだが、私にもよくわからないんだ。事務所から逃げ出してみたら、いきなりここに出たんでね。だいたい、君たちがいるのに好き好んでわざわざここに逃げてくる訳もないだろう?』
「事務所から? この家とつながってるなんて聞いたことないぞ?」
『私がここにいる理由を、それ以外に説明できるのかい?』
「わかった。なら、ここから事務所に戻ってもらおう。俺たちでは扉は開けられなかったが、先生ならできるんだろ?」
・・・まずいな、なんとかユリをここに連れてきて、二人で扉に入りさえすれば、それ以上は入ってこれないから、そのまま向こう側に逃げ込めるのだが、どうする?
『うーん、できると言えばできるんだが、一つ条件があってね。』
「条件だぁ?」
『暗証番号が必要なんだよ。だが、私はそれを知らなくて、ユリだけが知っているんだ。私に教えると締め切りを守らずにすぐ逃げるから、と、私には教えてくれないんだよ。酷いとは思わないかい? だから、こちらから扉の中に入ったことはないんだよ。』
・・・苦しい。扉には暗証番号を入力するためのテンキーなどないことは、ちょっと見ればすぐわかってしまうだろうが、なんとか冷静さを装い、ユリをここに連れてくる流れに持って行こうとした。
ちなみに、私はこちらではようやく売れ始めたばかりの小説家で、売れない時代に生活費を工面するために仕方なくした借金が、なぜか●●組の方から督促をされるようになったものだ。もうしばらくすれば借金は滞りなく返せるはずだったのだが、いつの間にか元金よりも利息の方が高くなっていて、とても返せる金額ではなくなってしまっていた。
・・・たしか、ちゃんと出るところへ出れば、過払い金とやらが戻るなんて話も聞いたが、いかんせん、日本の法律などよくわかっていないネオリク人なので、どうしたらよいのかわからないうちに、娘を連れていくと言われて、焦ってマユに電話したのが事の始まりだったというわけだ。
「先生の奥方さんだな、いいぜ、先生から連絡できるんだろ? 早いとこ、ここに来るよう言ってくれ。」
私はユリに電話をして、ここに来るよう伝えた。もちろん、暗証番号の話はでまかせなので、その話をユリの前でされたら終わってしまう。また、合流してからどうやって私とユリの二人で先に扉の中に入る流れに持って行けばいいのか・・・ まずい、どうしようか・・・?
考えがまとまらないうちに、ユリが扉の前にやってくる。そう言えば、マユちゃんて、ユリの若い頃にそっくりだよな。うん、20年後のマユちゃんがここにいると考えると、ちょっと複雑な気分だよ。時間を止めてみたいとつくづく思(バキッ!)
「悟くん、あなたまた変なこと考えてたでしょ?」
『ユ、ユリ、いきなり何で殴るの?』
「悟くんがいやらしい顔をしてたから。」
『ええっ、それって酷い言いがかりだよ! さっきマユちゃんに僕だけ呼ばれたからって、ひがまなくてもい(バキッ!)』
「呼ばれたって何かな? 悟くん、ちゃんと話さないとダメだって、いつも言ってるよね?」
・・・まずい、ユリを一人で置き去りにしたのは、私にとっては不可抗力だったが、ユリにしてみればいきなり私がいなくなったのが私の意思とは無関係だったなんて言っても、信じてもらえるわけがない。そもそも、ネオリクに行ったマユに魔法が付与されたことを説明しなくてはならないが、私とて実際にそれを知らされた時には信じられなかった程だ。今、この状況でまともに説明できるとも思えない。
『それは・・・ とりあえずあちらに向かってからにしないかい?』
よしっ、⚫⚫組の連中は向こうが組の事務所だと思っているので、この流れなら私とユリの二人が先に入れるだろう。二発殴られたが、それくらいで済んだのなら安いものだ。
・・・しかし、そんな私の思惑は次の瞬間に破綻した。いきなり扉が開いて、中から愛しき我が娘が出てきた。
「あっ、おとうさん、大丈夫だった・・・ ええっ、その顔、どうしたのっ!?」
いや、おかあさんに殴られた、なんて言えるわけないでしょ? だから、何も言えずに黙り込んでしまったら、余計に誤解されてしまったようだ。
「お前らか、よくもおとうさんを・・・ 覚悟はできてるんだろうな?」
「このアマ、何を言ってやがる? 先生を殴ったのはそこの奥方・・・」
「今のわたしを怒らせらどうなるか、思い知らせてあげるわ!」
マユが両手を突き出すやいなや、強風が二人の組員を吹き飛ばし、壁に激突させる。一人はその衝撃で頭を打ったのか、そのまま動かなくなったが、私と話していた方の組員は懐から拳銃を出して、マユに向けて発砲した。
「マユちゃん、危ないっ!」
私の傍らでユリが叫ぶが、弾丸がマユに当たる・・・ いや、当たらない、正確に言えばマユの少し手前で停止している。マユは私の方を見て少し笑うと、突き出した手から今度は水を放つ。その勢いで拳銃を組員の手から弾き飛ばすと、そのまま水を凍らせて組員を拘束した。
「さて、もともとはわたしを捕まえに来たんだよね? おとうさんの借金はおとうさんので、わたし関係ないはずだよね? どうしてわたしを捕まえようとしたのかなぁ?」
「それは・・・」
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。どうせ、あいつがやらせたんだろうから。でもね、おとうさんに怪我させて、家の中めちゃくちゃにして、挙げ句の果てにわたしを撃ち殺そうとするなんて、いくら昔は一緒に遊んだりした仲だったとしても、絶対許さないんだから。」
あの~・・・ 怪我の原因はユリですよ。それと、家の中をめちゃくちゃにしたのはあなたの魔法だし・・・ 組員さん達は私の借金の督促に来たわけだから、現状はどう見てもこちらの分が悪い気がするんですけど・・・
「あらあら、何か大騒ぎになってると聞いて来てみたら、何であなたたち捕まっちゃってるのかしらね?」
「お、お嬢・・・」
「それに、鈴木、あなたカタギの人達に拳銃使っちゃダメじゃない?」
「ですが、お嬢、このアマが、なんか変なことしやがったか(バキッ!)」
「鈴木! 言葉には気をつけようね!? わたしのマユに向かって、二度と「アマ」呼ばわりしたら、殴るだけじゃ済まさないからね。」
お嬢、と呼ばれた女性には見覚えがある。マユが学校へ行かなくなり家から出なくなる前までは、よく一緒に遊んでいた、確か名前は・・・
「由美子・・・」
「久しぶりね、マユ。あなたってば、スマホ、着信拒否するし、家から出ないし、ここに来ても全然会おうとしてくれないし・・・ あなたがそんなだから、そこの売れない作家さんの借金を⚫⚫組で面倒見ることになったんだからね。そう、マユがうちに来てくれるなら、そいつの借金はチャラにしてあげるし、この二人も悪い様にはしないわ。だから・・・」
あれだけの魔法を使ったとは言え、私の召喚に使った魔力の半分もないはずだ。まだ魔法は使えるはずなのに、まるで蛇に睨まれたカエルのように、マユは動かない。
『その話なら、さっきも断ったはずだ! マユが望まない限り、そんな娘を売るような・・・』
「あら、売れない作家さんは余計なことを言わないでね。わたしはマユと話してるんだから。」
由美子はマユの方に向き直り、マユを正面からじっと見つめる。その視線が耐えがたいのか、マユは横を向いてしまう。
「い、いやっ!」
「まあ、そう言うだろうとは思ったわよ。でもね、わたしももう後に引けないのよ。そうね・・・ 不本意だけど、断るなら、ご両親がどうなるか、考えてみてはいかがかしら?」
そう言いながら、由美子が何か合図をすると、5~6人の男達が部屋の中に入ってきた。
「あなたが鈴木達に何をしたのかは気になるけど、この人数相手にご両親を守りながら逃げられるかしらね? あ、みんな、そこの二人はどうでもいいけど、マユにだけは怪我させちゃダメだからね。」
悔しいが、今の私にはどうすることもできない。だが、この由美子という女性は素性はともかく、普通の日本人のはずだ。マユが魔法を発動しさえすれば、どうにでもなる相手のはずだが・・・?
「マユちゃんっ! あなた何をしに来たの!? 自分の目的を忘れちゃダメでしょっ!!」
ユリの声が響く。次の瞬間、私とユリの二人は見知った銀髪のエルフの前にいた。
いつもだと3000文字程度を目途にしてるんですが、今回は5割増し程度に長いです。日本での決着を早々につけて、異世界を舞台とした展開に持って行こうと思ってたんですが、もうちょっとかかりそうです。