No.8 研究成果
日本に戻ることにしたマユですが、その前の確認作業ということで・・・
「まさか、マユ君、あちら側に戻るつもりなのかい?」
「・・・わたし、今まで何もしてこなかったなって、今更ながら気がついたんだよ。」
自分の両親が異世界人であることを、第三者から聞かされたことが無性に悔しくて、父に対しての怒りを無関係なその人にぶつけてしまったことが、今更ながら恥ずかしくなった。
そうだよなぁ・・・ いつまでも子供扱いされたくないなんて言ってみたところで、これまでのわたしは両親に依存するだけで一人では何もできなかった。見た目だけは大人でも、中身は小学生や幼稚園児と変わらない。そんなことに気づきもしなかった。
・・・いや、一部を除けば見た目も子供だって? いや、そこは除かないでおこうよ!? だいたいこんなに胸が無駄に大きい小学生や幼稚園児がいてたまるかっての!?
だけど、今なら両親の役に立てるかもしれない。今のわたしは強力な魔法が使える。ただ、こちら側の人は、通路の中で魔法を剥奪されてしまうという。その条件が入った扉だとするなら、通路の中を通ってあちら側に戻ろうとすれば、せっかく得た力を失うことになってしまう。それでは意味がない。この力を失ったわたしが行ったところで、足手まといにしかならない。
「あいにく私は扉や通路について詳しくはないので、先ほどのマユ君の質問には答えられない。ただ、サトゥール様から、マユ君が目覚めたらこれを渡すように言づかったのだが・・・ 私には読めないが、それに詳しい事が書かれているのではないか?」
テュカから渡されたのは一冊のノートだった。日本語で「扉と通路についての考察」と書かれていた。紛れもなく父の字だ。
「サトゥール様は、あちら側に行かれてからも、何回か扉の中に入っていろいろと調査をされていたようだ。先ほど言ったように、私は一度中に入っているので扉を開くことができるはずなのだが、開かなかった時が何回かあった。おそらく、サトゥール様とユリ様がお二人で通路の中に入っていたのだと思う。ここに私以外の誰かが来ている可能性もあったので、こちら側には出てこれなかったのではないかと思っているのだが」
ノートを開いてみると、扉と通路のことで、父が調べたことが書いてあった。
【扉について】
1.扉を開けられるのは、一度でも中に入ったことのあるものに限られる。(権限)
但し、扉の出現後、最初に入る者についてはこの限りではないようだ。(推察)
2.扉の中に入れるのは二人まで、三人目以降は中に入れず、ブロックされる。
3.中に一人だけしか入っていない場合は、権限があれば外側から扉を開けられる。
中に二人入っている場合は、権限があっても外側からは扉を開けられない。
4.扉を開けて中に入った者は、同じ扉を内側から開けることができない。同行者が開けて入った場合は、その限りではない。
5.扉を開けたまま中に入らなければ、意思をもって閉めない限り、扉が閉まることはない。また、開けたままの扉に入って扉を閉めた者は、その扉を開けた者と見なされる。
【通路について】
1.通路を入った者が、入った扉とは反対側に進んだ場合、その途中で魔法が剥奪される。
魔法をもともと持たないものについては、逆に魔法が付与された事例があるが、これが入った扉によるものか、通路そのものによるものなのかは検証が必要。
2.一度魔法を剥奪された者は、その後何度中に入っても魔法が戻ることはない。
魔法を剥奪された時と違う扉から入っても、やはり戻ってはこなかった。
魔法を付与された者がどうなるのかは検証が必要。
3.通路上には、中に入った者とその者が身に着けている物以外は存在できない。
通路上にテュカへの手紙を置いてみたのだが、ものの数分で消されてしまった。
4.通路内での魔法の使用は可能。
但し、扉や通路へ干渉するものは、魔法でも物理でも無効になるようだ。(推察)
【マユについての推察】
1.魔法を持たない日本人が通路を進むと、魔法が付与されるようだ。
使用できる魔法の範囲は、血筋に影響している可能性が高いと推察される。
2.カレーについては、スチールとサーチの複合魔法(テュカ推察)とされていたが、サーチとコピーではないかと推察。なぜなら、対象のイメージだけでなく、現在の位置が正確に把握できない場合は、そもそもスチールは発動しないからだ。後日、カレー屋で検証が必要か?
3.召喚魔法は、通常は神や精霊といった、人間よりも上位の存在を呼び寄せるもので、媒体としての魔法陣の用意、呪文の詠唱などが必要だが、それらがない状況での発動は非常識きわまりない。ただ、マユにとって私は明らかに上位の存在であるし、人間である私なら魔法陣を必要としなかったのも肯ける。詠唱も「今すぐここに来いや」の言葉で十分だったということだろう。それでも、普通なら考えられない召喚が成立したのは、呼び寄せる者に対しての強い思いがあったからこそだろう。そう、それはマユの私に対する深い愛情の証明に他ならないのだよ。
「・・・・・」
「マユ君、それにはいったい何が書かれていたというのだ? なぜそんな残念そうな顔をしているのかな?」
あのクソ親父、私が気絶している間に、3.を付け加えたようだが、後でわたしにノートを渡すつもりでいながら、よくもまあ、こんなことを書けたものだよっ! なんか最後の一文だけで、全部破り捨ててやりたくなったわっ!
* *
残念だが、やはりこちら側の扉から入った場合にわたしの魔法がどうなるのかは、父でもわからないらしい。ただ、魔法を剥奪された二人があちら側の扉から入っても魔法が戻らなかったことを考えると、わたしがこちら側から入っても付与された魔法が剥奪されることはないように思う。わたしは思い切って扉を開いた。
「マユ君、やはり行くんだな?」
「うん、おとうさんの研究成果を見ても、わたしのように魔法が付与された事例がないから、どうなるのかは正直わからないし、もしかすると魔法が使えなくなって足手まといにしかならない可能性もあるけど、ここで動かなくちゃいけない気がするの。」
「ううっ・・・ やはり、サトゥール様が仰っていた通りだ。親子の深い愛情というのは、なんて美しいのだろう!」
あちゃー・・・ テュカが泣き出しちゃったよ・・・
「や、やめてよねっ! わたし、おかあさんが心配なだけだから。おとうさんのことなんか、これっぽっちも心配なんかしてないんだからねっ!」
「マ、マユ君、それはアレか? つんでれ、とかいうやつか?」
・・・あのクソ親父、テュカに何を吹き込んでいやがる? まったくロクなもんじゃないわっ!
「あ、そうだ、テュカさん、これを・・・」
もはや何を言い出すかわからなかったので、テュカの意識をそらそうと、わたしはカレーを出してみた。もちろん、スチールならダメだが、父の見解ではコピーではないかということらしいので、それなら盗んでいるわけではないから安心できる。まあ、父も「カレー屋で検証が必要」などと書いているので、確証があるわけではないのだろうけど、少なくともスチールが発動しているわけではないなら大丈夫だろう。
「もしかすると、しばらく戻ってこれないかもしれないからね。」
わたしは、魔法の力を得た今でも、本当はあちら側に戻る気はなかった。両親がもともとこちら側の人間だった、ということもあるが、わたし自身があいつのいる世界にいたくないという気持ちが強いからだ。おそらく、今のわたしならあいつが何をしようと問題ないはずだが、この先、何かしらの関わりを持たないとも限らないなら、いっそ、異世界に逃げ込んでしまったほうがマシな気がする。・・・いくら魔法が使えても、まさか殺すわけにもいかないだろうしね。
だから、また戻ってくるつもりで、その時はまたテュカにお世話になるだろうから、という挨拶代わりにカレーを出したのだが、あまりいい選択ではなかったようだ。テュカは私から皿を、文字通りもぎ取るや否や、一心不乱に食べ始めた。・・・ああ、これは失敗したかも・・・
「テュカさん、また今度ね。」
聞こえてないだろうなぁ・・・
マユがこれまで家から一歩も出ようとしなかった理由が、次回、明らかになります・・・多分。