No.7 大賢者、地に落ちる(?)
マユの暴走が続きます。途中、テュカ視点に切り替わります。
「確かに私は学校にも行かず、働きもしない、引きこもりではなかったけど、立派なニートだよっ! でも、好きでそうなった訳じゃない! おとうさんだって、それは理解してくれたじゃない!?」
「マ、マユ君? ニ、ニートって何かな?」
「そうだよ、ニートだよっ! ごくつぶしだよっ! 生産性はなく、ただ無駄にエネルギーを浪費するだけの、クソみたいな存在だよっ!」
「いや、それを言われると、今の私も似たようなものなんだが・・・」
「全然違うでしょっ! あなたはちゃんとお役目を果たして来たんでしょっ! それにひきかえ、うちの親父はなんなのよっ! おかあさんを逃がすために一緒に来たって言うけど、結局、手を出して子供産ませて、娘にメロメロになって甘やかしまくって、挙げ句の果てに借金まで作って・・・ 娘をカタに取られそうになるなんて、いったいどんだけ借金してたのよっ!」
「あの~・・・ マユさん?」
「それで、迎えにくるとか言っといて、全然来ないし、魔法が発動しなかったら、未だにあの暗い通路の中に一人でいなきゃならなかったのよっ! 何がわたしの為よっ! 全部、クソ親父が自分で招いたことじゃないっ!?」
「マ、マユ様、ちょっと落ち着いて・・・」
「ばかやろー、今すぐここに来いや-、クソ親父っ!」
次の瞬間、目の前に強い光が現れた。そして、光の中から見覚えのある顔が・・・
「まさかっ! 召喚魔法だとっ!?」
光の中から現れたのは、紛れもない、わたしの父、花澤悟だ。
「サトゥール様!」
しかし、その声を聞いた次の瞬間、わたしは意識を失った。
* *
まさか、この様な形でサトゥール様と再会できるとは夢にも思わなかった。あの日・・・サトゥール様がユリ様をお助けするために、お二人で向こう側の扉に向かわれてから何年の時が経ったのだろうか?
サトゥール様を魔法で召喚するという、もはや非常識としか言えないことをやってのけたマユ君は、さすがに魔力切れを起こしたようで、意識を失ってしまった。私は彼女をソファーに寝かせた後、先ほどマユ君から聞いたことをすべて、サトゥール様にお伝えした。
『・・・そうか、だいたいの事情は理解したよ。娘が迷惑をかけたようで、すまなかったな、テュカ』
「とんでもございません! ですが、こうして御前でお話しさせて頂いても、まだ信じられません。こんな小さな娘がサトゥール様を召喚したなどとは・・・」
『だが、ここにいる中で魔法が使えるのは、どうやら娘だけのようだし、今すぐここに来いやー、と叫んでいたのだろう? クソ親父と言われたのは心外だがね。』
「も、申し訳ございません!」
『いや、別にテュカが言った訳じゃないんだろ? 君が気にすることじゃない。そりゃまあ、長年、大事に大事に育てて来た娘にクソ親父呼ばわりされるなんて、いくらなんでもあんまりだとは思うが・・・ うん、別にテュカが気にすることじゃない。ないが・・・ やっぱり酷いよなぁ・・・ なぁ、そうは思わないかい?』
なんだろう、この違和感は・・・ いつも冷静沈着で敵には容赦ないサトゥール様が、娘の「クソ親父」発言で揺れに揺れている。いや、誰しも100%完璧な人間であろうはずはないのだが、これまでの、私の知るサトゥール様なら、その程度で揺らいだりはしなかったはずだ。
『昔は、あんなにおとうさん、おとうさんって、何かあるたびに私を呼んでくれてたのに、抱きしめたりほっぺにチューしたりしても怒るどころか嬉しそうにしてくれたのに・・・ それが今や、クソ親父呼ばわりだよっ! ちょっと頭を撫でようものなら、触るな、キモい、などと、悪口雑言の限りを尽くすし・・・ なあ、テュカよ、君も女の子なら、マユがどうしてこんなになっちゃったのか、わからないかなぁ?』
はぁ・・・ なんだこの父親? はっきり言わせて頂くなら、面倒くさいよっ! そう、サトゥール様が来られる前には、娘も相当面倒くさかったけど、うん、やっぱり間違いなく親子だよ。でもサトゥール様のこんな表情、初めて見たよ。うん、こういうのも悪くはない、悪くないぞっ!
『テュカ? さっきからなんでそんなにニヤニヤしている? 』
「へっ? い、いえ、別にそのようなことは・・・」
『いや、わかるぞ。私自身は魔法を失ったただの人になってしまったが、その私の娘が、かつての私以上の魔法が使えることがわかったんだからね。こんなに素晴らしいことがあるだろうか? そうじゃないかい? テュカよ。そう、これこそ、この時の為に、これまでの苦労があったのだよ! これが笑わずにいられようか?』
・・・あっ、立ち直った? しかし、サトゥール様って、こんな方だったっけ? そう言えば、あれから20年近くも経っているのか、年月は人を変えると言うが、まさかこんなに面倒くさくなるとはな・・・
『テュカよ、今度はどうした? 何を呆けている?』
「えっ、いえ、マユ様はまだお目覚めにはならないのかな、と」
『うん、さっきの話だと、いくつもの魔法を重ねて使い続けていた上に、召喚魔法だろう? どう見ても魔力切れだろうな。しかし、まさか人間を召喚するなんて、これまで聞いたこともなかったが、それが私だとは、なんて父思いの良い娘なんだろう!』
・・・ダメだ、こりゃ。さっきまで「クソ親父」と言われて揺れていたというのに、何をどうすれば、そんな都合良く切り替えられるものなのか? これはもう、私の知っているサトゥール様ではないわ。
『マユちゃ~ん、おとうさん来ましたよ~! だから早く起きてよっ! 起きないとチューしちゃうぞ!』
「・・・・・」
サトゥール様がソファーに横たわっているマユ君に、そう言いながら近づくと、その気配を察したのか、マユ君は寝返りをうちながら、サトゥール様の腹部をグーで殴りつけた。
『ぐっ・・・』
「サトゥール様!? マユ様、目覚められたんですか?」
『ううっ・・・ マユちゃん、相変わらずいいパンチだよ。これが無意識だというから恐ろしい。』
サトゥール様・・・ もしかしてこれまでにも寝ている娘にキスしようとしたことがあると!? いくらなんでも年頃の娘にそれはダメでしょう!? しかも気配を無意識に察知して殴ってくるなんて、今までこの二人の間にどれほどの事があったというのか?
「サ、サトゥール様、ところでユリ様はどちらに?」
なんとなくこのままではマズい気がして、私はマユ君の様子を伺うようにさりげなく二人の間に入りつつ、話題を変えてみた。
『・・・っあ!?』
「サトゥール様、まさかとは思いますが、お忘・・・」
『な、なにを言うか、わ、忘れてなどおらんぞっ! 今まで側にいたのに、いきなり私だけがここに飛ばされてきたんだから、ど、どうしようもないではないか?』
・・・絶対忘れてましたよね? サトゥール様の意思ではない以上、置き去りにしてしまったのは仕方ないとは思いますが、それは、忘れてた理由にはなりませんよね?
『や、やめろ、テュカ、そんな残念そうな、哀れむような目で私を見るなっ!』
サトゥール様は膝を折り、両手で床に手をつき下を向く。もはや私の口からは何の言葉も出てこなかった。娘を溺愛する馬鹿な父親・・・ まさに「大賢者、地に落ちる」と言ったところか・・・
* *
わたしが意識を失っていた間、テュカがずっと側についていてくれたらしい。わたしが召喚してしまったという父は、その時には一緒にいたという母のところに一度戻ると言い、扉の中に入っていったという。まあ、通路には灯りがないだけで、一本道だし虫一匹いないのだから、わかっていれば反対側に進むのに何の支障もない。問題は、わたしを連れ去ろうとした男達の存在・・・
「本当はマユ君が目覚めるのを待つ、と言って聞かなかったのだが、マユ君が危険な目にあっていたのにユリ様が大丈夫なんて保証はないからね。私がどうしてもとお願いしたんだよ。」
いや、それは違うでしょっ!? いくら意識を失っていたにせよ、ここにいる限りあの男達が来るようなことはなく、わたしは安全だ。でも、あちら側の母はそうじゃない。何よりも母を優先すべき状況なのはわたしでもわかる話だよ。・・・でも、あの親父なら母よりもわたしを優先しようとするだろうな。わたしが意識を失っていた間に何をやろうとしてたのかも、だいたい想像がつくし。
「テュカさん、一つ聞きたいんだけど・・・」
「うん、何かな?」
「こちら側の人がこの扉に入って半分ほど進むと魔法が剥奪されるっていう話だけど、今のわたしにも当てはまると思う?」
地に落ちた大賢者のポーズは、あのorzです。(笑)
・・・しかし、異世界に来たというのに、依然として扉の前から動かないばかりか、何か日本に戻りそうな感じになってる。こんなはずじゃなかったんだけど。