No.6 わたし、何も聞かされてなかったよ?
テュカさんの説明をマユの会話で返すかどうか、ちょっと悩んでしまいました。こだわるところではない気がしますが、一度考えてしまうと気になって仕方がなくなる・・・
扉の中に入って魔法を失った大賢者とテュカは、その状況を逆手に取り、魔法を悪用した犯罪者が捕まるたびに、彼らからの魔法の剥奪を、扉の中に入ることで遂行していったという。
「サトゥール様が調べたところ、一度、扉の中に入った者は、何度でも中に入れることがわかったのだ。また、一度魔法を剥奪された者は、何回中に入っても魔法が戻ることはなかった。」
つまり、犯罪者は、大賢者かテュカと一緒に扉の中に入れられ、通路を一定時間歩かされたところで魔法を剥奪され、そのまま戻ってくる、という手順を辿ったとか。
「サトゥール様も私も、扉は外から開けられても、中からは開けられないといった問題はあったが、出る時はうまく話して犯罪者の方に扉を開けさせていたんだ。」
「えっ? どちらかが外に残れば、外から開けられるよね? わたし、おとうさんから、『あとで開けてあげる』って言われたよ?」
「中に二人入っている時は、それ以上入れさせないということなのか、外からは開けられなくなるんだよ。」
そうなると、もし、何らかの理由でテュカが知らないうちに大賢者一人で扉の中に入ったとしたら、こちら側には出られないので反対側に向かうしかないことになる。
「それはサトゥール様ならあり得る話なので、私が必ずご一緒させて頂くこととしていたんだ。」
やはり、テュカもわかっていたようだ。
「しかし、魔法を剥奪するのはサトゥール様のお力ということを示さなければいけないので、犯罪者と中に入るのはサトゥール様のお役目だった。つまり、犯罪者と一緒に向こう側に行ってしまわれる可能性はあったんだ。そして、それは現実となってしまった。」
テュカからしたら、犯罪者からの魔法剥奪は王命で叛くことなどあり得ないと思っていたし、そもそも大賢者が犯罪者と一緒に向こう側に逃げる理由がない・・・ いや、調査に没頭していた父ならやりかねないが、大賢者とまで呼ばれた人が、そんな軽はずみな行動は取らなかったということか。魔法が使えるときだったらいざ知らず、ただの人がわけのわからない反対側の扉に好奇心だけで行こうなんて気にはなれないだろうしね。・・・でも行ったんだね?
「その日、魔法を剥奪する為に連れてこられたのは、若い女性だった。」
それまで連れてこられたのは、いわゆる小悪党と呼べるような者ばかりで、魔法を盗みや脅しに使ったことで検挙された者が多かったという。そもそも、魔法で殺人行為、例えば風魔法でかまいたちを作って人に向かって放つとか、火魔法で矢を作って放つ、など、一般国民ができるわけがないのだとか。まあ、そんなことができる者なら、王宮が放っておくはずがないらしい。
「その女性の犯した罪というのは、王宮兵士の殺害で、普段ならその場で報復措置として殺されるはずの重罪だが、事情があって、魔法剥奪だけの軽い処分で済ませることとなった。」
「事情って?」
「周辺の地域と紛争状態にある、ということは話したと思うが、その原因が、いわゆる『種族差別』であり、彼女は『種族差別』からの解放派のリーダー的存在だったからだ。」
地球でも、昔は人種差別が当たり前のようにあったし、今でも一部でそれが残っている地域もあると聞く。ネオリクでも、人間がエルフやドワーフといった他の種族を蔑視したことで紛争になったという。ただ、差別する人間(差別派)にしても解放派にしても、人間の中で意見が分かれてるに過ぎないよね。エルフやドワーフにしてみれば迷惑な話なんじゃ・・・?
「私とて、エルフのくせに賢者になれると思っているのか、とか、さんざん馬鹿にされたものだよ。だが、強い魔法を持っていたことで、そういった声を黙らせてきた。」
「そう言えば、テュカさんは、どんな魔法が使えてたの?」
「私か? 私は火魔法を使え、それを物に付与することができた。たとえば、火魔法を矢に付与して弓で放つ、という感じだな。」
「エルフは風とか土とかじゃないの?」
「一般的にはそうなのかもな。私は髪の色からして普通のエルフとは違っているしな。」
テュカの髪の色は銀色だが、一般的なエルフは緑や青だという。銀色は人間とのいわゆるハーフエルフにはよく見られるらしいので、テュカのようにハーフでない銀色は珍しいらしい。
「私に言わせれば、エルフの中でも『差別』はあるよ。私自身がそういう経験をしてきたからね。ただ、人間の『種族差別』はそういう次元ではなく、もっと酷いものだった。だから、それを無くそうと一生懸命な彼女のことは、私の耳にも当然入っていた。」
当時の王は、革新的と言うか、人間以外の種族であろうと、有能な者は積極的に登用していたという。それだけに、『種族差別』の解放は一つの悲願でもあったらしいのだが、その活動をおこなっていた彼女のことを表立って支援するには、王宮内の差別派の力はまだ大きく、王の力を持ってしても難しかったらしい。
「差別派の重鎮が解放派の鎮圧に乗り出したが、そのことは王には報告されていなかった。解放派は当然抵抗し、その時に彼女の魔法が王宮の兵士一人を殺めてしまったが、そのことだけが王に報告がされたのだ。しかし、王はサトゥール様の弟子たちに調査を命じ、その結果を公表して彼女の死刑をなんとか回避した、というわけだ。」
「王命で派遣されたわけではない、私兵が勝手に解放派に攻撃をしかけて返り討ちにあったということ? それって正当防衛になるよね?」
「だが、差別派の重鎮は、暴動の鎮圧のためやむを得ず、王への報告なしで派兵したと主張した。結局、紛争があったことは事実だし、正当防衛を主張したところで王宮の兵士を殺したことは動かしようのない事実なので、死刑は回避されたものの、魔法剥奪という決定を覆すことまではできなかったのだ。」
「なんか釈然としないけど・・・ それでその人はどうなったの?」
「魔法を失った彼女を解放派の下に戻すことが、どれほど危険なことなのかは、私にもわかった。差別派の重鎮が報復してくる可能性が高い。だからサトゥール様は、彼女を救うため、扉の反対側へ行く決心をされた。彼女と扉の中に入る前に私にこう告げた。」
『テュカ、悪いが大賢者はユリと一緒に逃げた、と王に伝えてくれないか?』
んっ? 今、「ユリ」って言わなかった?
それ・・・ 間違いなく、わたしのおかあさんだよ!
そう、わたし「花澤マユ」は、「花澤悟」と「花澤ユリ」の一人娘だから。
* *
なんか、頭が痛くなってきた。
そりゃそうか、今日はいきなり父から電話があったと思ったら『逃げろ』だし、言われるまま扉の中に入ったら真っ暗で、中から扉は開かないし、仕方なく奥に進んでみたらいきなり魔法が発動して、ずぶ濡れになるわ、熱風を浴びせられるは、カレーをかけられるわ・・・ そんなさんざんな目にあって扉を出たら異世界で、エルフがいて、わたしのことを「ドワーフ」とか言うし・・・ まあ、それはいいとしても、大賢者サトゥールが実は私の父で、紛争地域で種族差別の解放運動をしていたわたしの母と一緒に、こちら側に逃げてきた異世界人だったことが判明したのだ。しかもその一人娘のわたしが、結果として二人がもともといた世界にいつの間にか来ていて、大賢者並みの魔法使いになっていた・・・ これ、わたしじゃなくても頭痛いよ。胸がいっぱいだよ・・・ いやそこは、おなかいっぱいというところで、わたしの胸が大きいことを自慢げに言いたいわけじゃないからねっ! むしろしぼんで欲しいよっ! そしてその分、もっと身長をくださいっ・・・!
「マユ君、さっきからいったい何を・・・ どうしたというんだ?」
「わたし・・・」
「んっ?」
「わたし、何も聞かされてなかったよ? わたし、もう17歳なのに、二人とも何も言ってくれてない。どうして・・・」
テュカに訴えたところで、どうにもなりはしない。ただ、こんな大事なことを、何一つ両親からは聞かされていないばかりか、他人から聞かされるはめになったことが無性に悔しくって、目の前のテュカにそれをぶつけるよりなかった。
「マユ君はあちら側で生まれ育ったんだろう? いきなりこちらのことを話してもおそらく理解できないと思われたんじゃないかな? これは推測にしか過ぎないが、サトゥール様はいずれ君を連れてこちら側に戻られるつもりではいたと思うよ。それが何らかの理由でこうなってしまった。マユ君の気持ちはわからないではないが・・・」
「わかるわけないでしょっ!! 何をわかるって言うのよ!!」
わかっている、これはただの八つ当たりだ。
だけど、もう止められなかった。
マユの母親は当初は日本人にするつもりでしたが、それだと反対側に向かった理由(通路の研究?)が弱いのと、言葉の問題で日本人と恋に落ちるのは難しいのかな、と思って、一緒にネオリクから来たことにしました。