No.1 扉の中
初めて投稿してみました。構想はかなり前からあったのですが、いざ書き始めると、なかなかうまく書けないものですね。
ともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。
その日、父から唐突に電話があった。
「電話がかかってくるなんて、何年ぶりかな?」
父とは別に仲が悪い訳ではないが、わたしが電話で話すこと自体が苦手なこと、メールなどにいちいち返事を返すのが億劫でスルーしていたこと、そもそも学校に行かずバイトをしている訳でもなく、ここ数年、家から一歩も外に出ていないわたしにとって、連絡手段としてのスマホは何の意味もなくなっていたのだ。
でも、父も最近はわたしと同じ様に、普段は家から出ないのに、なんで電話なんか・・・?
「なによ!? うるさいわね!」
我ながら酷い言い草だとは思ったが、電話だとまともに話せないので、これまでもこんな感じだったと思う。
『マユかっ? ちょっとまずいことになった、悪いが早く逃げてくれ!』
いきなり何を言い出すかと思ったら、『逃げろ』ってなに?
『借金のカタにお前を連れて行くと言われた。そっちに⚫⚫組の奴らが向かっている。』
なにそれ? なんの冗談?
借金のカタに娘を連れて行くって、いつの時代の話よ? ここ日本よね? 法治国家よね?
誰かの怒鳴り声と玄関を乱暴に叩く音が聞こえてきた。これ、マジなの?
『俺の部屋に飾ってある、マユの写真の後ろに隠し扉があるから、そこに隠れていなさい。後で開けてあげるから。』
ええっ!? 自分の部屋に娘の写真飾ってるって・・・父親ってそんなものなの?
「写真って・・・ヤダ、なんかキモい!」
『今はそれは置いとこうよっ! そろそろ来てる頃だろ?』
「おかあさんは?」
『心配ない、ここにいる!』
玄関をこじ開けて中に入ってきたようだ。すぐに二階のこの部屋に来るだろう。わたしは自分の部屋から出て隣の父の部屋に入った。
「わたしの保育園の時の写真・・・」
しかも目一杯拡大してある。なんでこんなもん飾ってるのよっ!!
『写真の向かって左側の下あたりに小さいスイッチがあるから押すと開くから。中に入れば勝手に閉まるから、そこでしばらくやり過ごしてて。』
言われるまま扉を開けて、中を覗くと・・・暗い。灯りを探す暇もなく二階に上がって来る足音に急かされて、中に入って扉を閉めた。
「おとうさん、ここ真っ暗なんだけど・・・もしもし、おとうさんってば!」
どうやら、扉を閉めたことで、スマホが圏外になったようだ。通話は途切れていた。
* *
暗いのは嫌だけど、二階に上がって来た男達に見つかるわけにはいかない。父は『後で開けてあげるから』と言っていたから、父でないと開けられないのだろう。なら、扉のそばで座って待っていればいい。だが、男達が隠し扉に気がついたようで、扉をドンドンたたき始めた。
そのまま、黙ってやり過ごすことができれば、それでもよかったのかもしれないが、こんな訳のわからない状況に追い込まれたわたしは、とにかく奥へ逃げないとダメだと思ってしまった。
「かすかに光ってるみたい・・・」
真っ暗ではあるけれど、奥の方に小さな光を見つけた。どうやら反対側に出口があるみたいだが、かなり遠いように見える。だが、扉の向こう側から聞こえてくる男達の怒号・・・迷ってる暇はない。わたしは立ち上がり、左手を壁に触れたままゆっくりと前に進み始めた。
「ここが危険な場所なら、隠れていろ、なんて言うはずがない。」
父は昔からわたしに甘く、いわゆる親バカだ。これまでもいろいろあったが、父に本気で叱られたことは一度もない。同級生の男子を殴ったこととか、学校へ行かなくなったこと、それ以外でも父は必ずわたしの話を聞いて味方をしてくれた。そんな父が危険な場所にわたしを誘導するなどあり得ない。・・・まあ、こんなに追い込まれるまで借金を重ねたことについては思うところがないわけではないが、今はそれを考えるのはやめよう。
だが、この中がどうなっているのか、皆目見当がつかない。家の間取りから考えれば、写真の飾られていた壁の向こう側はわたしの部屋だ。隠し部屋だったとしても、反対側の出口までそう離れてはいないはずだが・・・
「なんだかよくわからないけど、行くしかない!」
ふと後ろを振り返ると、扉自体がうっすらと光っている。反対側にも扉があり、同じ様に光っているのだろう。なら、大丈夫だろう。わたしはそのまま反対側に向かって歩いた。
* *
反対側の小さな光を目指して少しづつ、ゆっくり歩いていく。向かって左側の壁に手をあてたまま進んでいるのは、分かれ道があるかもしれないからだが、今のところそういうものはないようだ。もっとも右側がどうなっているかまではわからないので、いささか心許ない。
だが、進んでいるうちに妙なことに気づいた。
「そう言えば、この中、きれいじゃない?」
ここに入る前は家の中にいたので当然裸足のままだ。何も見えないが、その足の裏の感覚、左手で触れている壁の手触り、ともになめらかと言うか、木や石などではなく、金属の様なひんやり感があってなんか気持ちがいい。冬だったら冷たくて歩けなかったかもしれない。今が初夏で良かったかも。
・・・明らかに誰かに作られた場所、だが、ダンジョンというものではなさそうだ。簡単に言えば、そう、「通路」なんだろう。
「もう少し早く歩いても大丈夫かな?」
全く何も見えない本当の暗闇の中だったらそうは思わなかったろうが、出口だと思える小さな光・・・ 今は最初に見た時よりも数倍の大きさに見える光が背中を押している。わたしは、少し歩く速度を上げた。
ふと、後ろを振り返って入ってきた扉の方を見る。扉の向こう側で男達がどうしているのかは気になるが、だいぶ離れたようで声はもう聞こえない。扉の光もかなり小さく見える。もう半分くらいは進めたのだろう。
「しかし、なんでこんな暗いのよ・・・」
今更ながら、灯りがあればもっと楽なのになぁと、ため息をついたわたしの視界が急に開けた!
「えっ・・・? 灯りがついた?」
それが、全ての始まりだった。
お気づきの方も多いかもしれませんが、灯りがついたのは・・・って、自分でネタバレしてどうするっ!
次回、マユがいろいろやらかします。