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生徒会長のペット  作者: 楽弓
豪き者
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38 美女と番犬



 わたしが特別技術科――桃山(とうやま)センパイに倣ってわたしも鬼学科と呼んでいる、ここに編入して一ヶ月が経った。

 初めは小さな違和感だったけれど、数日もすると、この場所が桃山センパイを取り巻く環境として異常だってことはすぐにわかった。




 鬼学科には、クラスというものが存在しない。それぞれ得手不得手や性質があるから、大枠のカリキュラムはあっても、個々のペースに合わせて好きなように学ぶようになっている。

 クラスがないから担任もいない代わりに、生徒には一人ひとりに担当教師がつけられる。

 授業はだいたい、生徒と教師がペアになって一つの教室で行われているが、そこにわたしとセンパイは含まれていない。


 わたしたちは、二人まとめて浮居(うきい)先生が担当ということになっているけど、先生は非常勤だから毎日いるわけじゃない。

 先生は他にもお仕事があるらしく、学校に来ていても半日程度しか教室にはいないことが多い。

 先生がいないときのわたしの勉強は、センパイが全部見てくれている。

 つまり、殆どの時間をわたしはセンパイと二人きりで過ごしていた。

 最初は、わたしが編入生で鬼学の勉強が遅れているからかと思っていたけれど、それだとセンパイまで別室にされる意味がわからない。

 そもそも、まともな教師も付けられず、今までセンパイが一人でどうやって何を学んでいたのか、ずっと不思議だった。


「センパイ、わたしの勉強みてくれるのはすごく有り難いんですけど……自分の勉強はいいんですか? 先生も偶にしか来られないし、他の先生に変えてもらった方がいいんじゃないですか?」


 ある時そう聞いてみると、なんでもないことのように桃山センパイはしれっと言う。


「家庭の事情で、五歳から鬼学を学んでた。今更ここで学ぶようなことはないから心配しないで」

「うえっ? でも、鬼学以外の通常カリキュラムだってあるし。それこそ、先生がいないんじゃ勉強できないじゃないですか」

「勉強なら、一回教科書や参考書を読めば十分でしょ。先生はいてもいなくても、関係なくない?」


 桃山センパイは、読んでいた本から顔を上げると、本当に不思議そうにこてんと首を傾げて、大きな瞳でわたしを見た。

 わあ。わたしなんかが心配するまでもなく、センパイはとんでもない天才さんでした!


「でも、四六時中わたしと一緒じゃ、友達と話したりもできないんじゃないですか?」


 わたしにとっては素朴な疑問だったけど、センパイには驚くことだったらしい。センパイは、目を丸くして苦いような可笑しいような、微妙な表情をしていた。


 まだ一般区画にいた頃、桃山センパイといえばみんなの憧れの的だった。

 いつも無表情だけどすごく綺麗で、生徒会に入れるくらい優秀で。

 隙きあらばお近付きになろうとする人たちは沢山いた。全部、夜行先輩に阻止されてたけど。

 桃山センパイも、ものすごい人見知りみたいで、あまり夜行先輩以外の人と積極的に話すことはなかったみたい。


 二人がどういう経緯で今みたいな主従関係になったのかはわからないけど、桃山センパイは夜行先輩のことはとても信頼しているのだと思う。

 だって、いつも無表情の桃山センパイは、夜行先輩に対してだけ笑ったり怒ったり意地悪したり、くるくる表情を変えて感情を見せているのだから。

 最近はわたしにも多少は表情を見せてくれるようになったけど、まだまだ二人でいるときには無表情のことが多い。

 そんなだから、夜行先輩が『美女と番犬』とか『生徒会長のペット』とか『地獄の愛犬』なんて噂されてたんだよね。桃山センパイ、時折すごくすごく綺麗な笑顔で、慈しむように夜行センパイを見てるから。

 これは私も執行役員になってから知ったことだけど、実は桃山センパイは生徒会長じゃなくて副会長だし、夜行先輩のことはペットというより……おっとと、これ以上の余計な詮索は止めておこう。 


 とにかく、センパイが完璧すぎて遠い存在のように思えて、お近付きになるのも畏れ多いと思っている人たちも多かったから、もしかしたら鬼学科でもセンパイは高嶺の花扱いで敬遠されてるのかな、なんて思ったりした。

 夜行先輩とは別の意味で、桃山センパイも寂しい人なんだなあとそのときは思っていたけれど、そうじゃないことに気付くのは割とすぐのことだった。




「おい、そこのお前」


 わたしは自分が呼び止められているとは気付かず、その人たちの横を通り過ぎようとしていた。だから突然ぐっと肩を引かれて、とても驚いてしまった。

 そういえばセンパイから、態度の悪い生徒もいるから一人で居るときは注意するようにと言われていたのだった。

 きっとこれが態度の悪い生徒なのだろう。

 にやにやといやらしい笑いを張り付けながら、面白いものでも見るようにわたしを見下ろしてくる男子が三人。

 ネクタイのカラーからして、全員わたしと同じ一年生だ。


「お前だろ。学園から送り込まれた、ゴミ女の監視役ってのは」

「? 違う、けど?」


 ゴミ女にも監視役にも心当たりが無かったから正直にそう言ったのに、中心にいた男子は嘘を言うなと小馬鹿にしたような目でわたしを見てくる。


「厄介者で爪弾きのゴミ女と一緒にいられるのなんか、何も知らない新参者のお前くらいだろ。まともな鬼学者なら、あんなゴミ女と一秒だって一緒にいないさ。なんだって、学園はゴミ女を執行役員になんかしてるんだろうな」


 そう言われて『ゴミ女』が桃山センパイのことだと気付き、怒りと屈辱でさっと顔が赤くなるのが自分でもよくわかった。


「アイツといたって何もいいことなんかないぜ。見切りをつけるなら早い方がいいぞ」

「それともあのババアみたいに、クソみたいな力しかないからゴミ女に付けられてるのかもしれないな」

「はははははっ! ゴミとクソでお似合いだな! そういうことなら、ボクたちには絶対近付かないでくれよ。臭いが移ったら大変だからな」

「うへえ。どうりで臭いと思ってたんだ! ゴミとクソの臭いだったのかー!」


 一頻り嘲笑うと満足したのか、三人の男子はわたしに興味を失くしたようにいなくなってしまった。

 ――悪口のレベルが小学生か! とも思ったけど、他人から面と向かって悪意をぶつけられたことにはショックを受けた。

 あまりのことに言葉を失って、暫く呆然と立ち尽くしてしまう。

 ふと気付くと、わたしのことを遠巻きに見ている人があちらこちらに何人もいた。

 誰も彼も、気まずそうに目を逸らしたり、くすくすと嗤っていたり、これはこれで碌なものではないようだった。




 その場から逃げるように足早に立ち去り、わたしは自分の教室へ入る。

 教室には桃山センパイがいて、それを見たらなんだか急に泣きそうになってしまった。


「どうかしたの?」


 センパイは、わたしの様子がおかしいことに気付いたのだろう。

 わたしは、センパイに心配をかけないように、態と明るく笑ってみせた。


「どうもしませんよ。まだこっちに慣れなくて、ちょっと迷っちゃっただけです」


 そうやって誤魔化してみたけど、なんだかセンパイは全部わかってたみたいだった。


「それは大変だったね。私といれば迷うことはないから、これからはちょっとした用事でも、私と一緒に行くようにしよう」


 その言葉通り、それから桃山センパイは何処に行くにもわたしについて来てくれた。

 センパイと一緒にいれば、あのときみたいにあからさまに絡まれることはなかったけれど、遠巻きにぶつけられる悪意の視線だけはいつも感じていて悔しかった。

 一度、桃山センパイの現状を知っているのか夜行先輩に聞こうと思ったこともあったけれど、もしかしたら桃山センパイはここでの扱いを知られたくないかもしれない、と考え直した。

 夜行先輩が知ったところで、特別区画に頻繁に来るわけにはいかない。だから、結局伝えることはしなかった。




 それから暫くして、桃山センパイが疎まれている理由も知ってしまった。

 センパイが無差別に鬼を滅ぼしてしまう『滅す者』だということを、こっそり浮居先生が教えてくれたから。

 それを知って、わたしは悔しくて、歯痒くて、悲しくてやり切れない思いがした。

 望んだわけでもない能力を持って生まれてしまったというだけで、疎まれていい理由にはならない。

 それに、あの男子が言っていた監視役というのにも腹が立った。それが本当なら、センパイは生徒だけじゃなく学園からも疎まれているということじゃないか。

 気付かなければ、わたしは知らない間にセンパイの動向をセンパイを疎む誰かにべらべら正直に喋っていたかもしれない。

 ここに、センパイの味方は誰一人としていないんだ。


「彼らは怖いんだ。自分たちを、視えない力を操る特別な存在だと自負しているのに、それを易々と滅くしてしまう存在が。あの子が、自分たちの立場や矜持を理不尽に奪うのだと思って怖れているんだ。怖いから、自分たちの輪から弾いて無視したり攻撃したりする。だけどあの子は、強力な使役鬼を得たことで誰も敵わないような力を手に入れた。だから表立っては誰もあの子に手出しできないけれど、陰からこそこそ攻撃することでくだらない矜持を守っている」


 わたしは自分が正しくありたいがために、公正な判断基準となる新しい知識が欲しくてここに来た。なのに、ここには公正さの欠片もない。

 寄ってたかって一人の女の子を虐める卑劣な人たちばかり。

 歯噛みして泣きながら、わたしは先生に訴えていた。

 どうしてセンパイが疎まれなければならないのか。どうして誰も助けないのか。どうして先生は、わたしをこんなところへ寄越したのか。

 ほぼ八つ当たりになったわたしの訴えを、わたしが落ち着くまで先生はじっと聞いてくれていた。いつか相談室で、わたしの話に付き合ってくれたときのように。

 そして、静かに言ったのだ。


「誰もあの子を助けてくれないなら、藍葉さんが助けてあげてくれないかな。一緒に隣にいてくれるだけでも、十分あの子の助けにはなるから。だけどもしそのために力がいると言うなら、ぼくが藍葉さんを助けてあげるよ」


 先生はとても真剣に、ともすれば懇願するようにわたしにそう告げた。

 余りに真剣な瞳でわたしを見つめるから、少しセンパイが羨ましくなってしまう。

 ちゃんとセンパイにも味方はいたじゃない。先生がわたしをここに導いたのは、多分このためだったのだ。

 それなら、わたしも――


「力が……欲しいです。わたしは、センパイと一緒にいたいです。でも、何の力もない今のわたしじゃ、センパイの足枷にしかなりません」


 先生の言う、陰からこそこそ攻撃することには、わたしに対する攻撃も含まれている。

 わたしが音を上げてセンパイから離れていくか、センパイに罪悪感を抱かせて自分から離れるように仕向けるか――そんなところだろう。


 わたしが力を欲したことに、先生は満足気に大きく頷いた。それから、わたしを連れて学園の外の建物に向かった。

 そこは、以前わたしが公園に通っていた頃、遠くに見ていた灰色の壁の不思議な建物だった。




 近くまで来ると、ここは鬼学の研究施設なのだと先生が教えてくれた。「本当は生徒は立入禁止なんだけどね」と悪い微笑みを浮かべながら、IDカードを読み込ませて、厳重に包囲された高い壁の間隙にある分厚い鉄の扉をするりと開ける。

 建物の中は、薄暗くひんやりとしていた。

 室内は幾つもの壁に区切られ、それが全部棚になって、ずらりと同じケースが並べられている。薄闇の中で青白く光るケースの群れを見て、まるで納骨堂のようだと思った。


「この中に、藍葉さんにだけ見える蛋があるかもしれない。それはキミの使役鬼になる蛋だ。ざっとここにあるだけでも千個、ここと同じ部屋が他にも二十以上。それで一棟。蛋を置いてあるのは全部で二十五棟。これだけ見ても、もしかしたら見つからないかもしれない。それでも、一つひとつ全部確認できるかい」


 力強く頷くと、先生は右目だけちょっと瞑るように笑ってみせた。


「使役鬼との相性ってのは確実にあってね。蛋の段階で視えるってのは滅多にあることじゃないけど、もし見つけられれば第一種楔鬼(けいき)にも劣らない力を持った使役鬼になる。生まれ立てでも、大抵の鬼は縛ることもできるし、そうそう傷付けられることもない――恐らく、滅す者でも簡単に消すことはできない筈だ」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、先生は少しだけ困ったようにして、頭を掻いた。


「何しろこの数だ。お礼は言わない方がいい。第一、ぼくは自分の娘が可愛くて、あの子を助けろなんてキミに無茶を言って利用しようとしている卑劣漢なんだから」


 わたしは、なるほどと呟いて、くすりと笑った。

 それは確かに卑劣かもしれない。

 教師であり研究者である立場を利用して、娘一人だけを優遇しようとしているのだから。

 公平ではないけれど、公正でないとは言い切れない。

 だからわたしはこの先生が好きなのだ。白とも黒ともつかぬグレーだから。

 いつも白か黒かで肩肘張って迷って悩んで、とうとう鬼にまで堕ちてしまったわたしに、この優しいグレーは安らぎを与えてくれる。


「さあ、見付かるまで何日でも、ぼくもとことん付き合うからね! 途中で投げ出したら許さないよ」


 わたしが運命の出逢いを果たし、大切な人の側にいられるための力を手に入れる特別授業が始まった。



次回予告*こんな話、知ってる? 真夜中にテレビをつけて、決められた時間内に、指定された番号に電話をかける。そうすると――。



予告は予告なく忘れた頃に特に必要もない物が届きます。夜中の通販怖い。ご了承ください。

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