29 完っ全に法律的にアウト
何故かドヤ顔のおっさんは胸を張り、開発したエアソフトガンを誇らしげに自慢する。
俺の嫌な予感が止まらない。
「本体設定を下僕くんの鬼紋にすれば、自動で彼の魂を削って弾丸に変換できるようになるから、リロードなしで使用できるんだよ。計算上では、五万〜七万発で魂一年分くらいかな」
――は? 俺の魂? を? なんだって?
「なるほど、そういうことでしたの」
「それを先に言ってよ、おっさん」
神妙な顔で頷く央蘭々さんと、嬉々として投げ捨てたはずのエアソフトガンを拾い上げるモモ。
まってまって。俺の理解が追いついてないから。
俺の気のせいじゃなければ、俺の魂を削るとか言ってたよな? 俺の魂って、いやいやいやいや……はぁ?
「俺の魂を削るってどういうこった!!?」
憤慨しておっさんに詰め寄る俺に、央蘭々さんが冷静に衝撃の発言を落としてきた。
「あら。志貴クンの寿命は五百年くらいあるのだから、ヒトとして生きるつもりなら少し魂を削った方が良いのではなくて?」
「……ごひゃく、ねん……?」
ぎぎぎ、と音がしそうな首を央蘭々さんの方に向けると、一瞬おっさんと顔を見合わせた央蘭々さんは、とても残念なものを見るような顔で俺を見た。
何故かおっさんは手を叩いて爆笑してるし、モモは不自然に俺から目を逸らしやがった。藍葉は……困惑してるな。俺と一緒だ。仲間だ、わーい。
「誰も志貴クンに言ってなかったのね」
「言うの忘れてた……ごめんシキ」
「えっ本当に知らなかったの!? 今までなんかおかしいと思わなかったの? 有り得ないでしょ」
「……えっと……?」
可哀想な子を見るような顔の央蘭々さん、目を逸らしたまま小声でぼそぼそ謝るモモ、涙を流しながら腹を捩って笑うおっさん、困惑して全員の顔を見回す藍葉――そして、間抜けな彫刻みたいにフリーズしたままの俺。
「志貴クンの場合、恐らく文嶺ちゃんと同じで潜在的に豪き者の素質があったんでしょうね。それがどういう理由か、ヒトとしての人格、感情、欲望――俗に魂と呼ばれるものと、寄生した鬼が変な形で癒着して、志貴クンは鬼になってしまった。前例のないことだけど、それだけなら特に問題はなかったの」
「でも、くくくっ……豪き者に寄生した鬼ってのは、人々から畏怖という信仰を受けて名が付けられると、ふははははっ……神格化する。もっ、元々、神も鬼も……ぶはーっはっはっは! もう無理ぃ!」
とうとう床を転がり回って笑い出したおっさんに冷やかな一瞥を投げつけて、央蘭々さんが続ける。
「元々は神も鬼も同じ存在なの。多くのヒトが存在を認めて名を付けた鬼が『神』と呼ばれる。神になると、死とか消滅という概念も殆どなくなるのよね。要は、簡単には駆除できず、限りなく不老不死に近くなる。とはいえ、志貴クンは魂の半分がヒトのままだから、わたくしたちの概算では寿命が五百年くらいに延びたという調査結果になってたの。ただ……」
言葉を切った央蘭々さんが、言いにくそうに口籠った。
「まさか、この現代で鬼に名前が付くなんてことがあるわけないと誰もが思ってたから……不幸な偶然が重なったのよ。誰も悪くないから、誰のことも恨まないでね」
説明は聞いていたが、俺にはいまいちピンと来なかった。
俺は自分が鬼だと知ったとき、子どもの頃から周囲と違っていたのはそのせいだったのかと納得したが、名前を付けられたとか不老不死とか、そのあたりについては全く納得できない。
神と呼ばれる鬼がいることも知っていたが、それが自分とはこれっぽっちも結びつかない。
と、何かを思い出したように藍葉が「あっ!」と声を挙げた。
「そうか! 『一鬼夜行』ですよ、夜行先輩!」
あああああああああ!!
思い出した! そういや、そんな仇名つけられてたな俺!
待て待て、ちょっと整理しよう。
俺は元々、鬼を遣う素質を持っていた。
ところが、恐らく物心つく前に蛋に寄生されてしまい、何らかの原因でヒトと鬼が癒着して一つの魂になってしまった。
で、例の事件のせいで学園中の人から恐れられるようになった俺の鬼の部分に、一鬼夜行という名前が付いて畏怖されるようになったことで、神にジョブチェンジした。
不老不死の鬼部分と、ヒト部分の寿命が混在した結果、俺の寿命が五百年に延びた←今ココ
そういうことか。
ということは、つまり。
俺は首だけ緩慢に動かして、モモを見る。モモは、どうあっても俺から視線を逸らしたいらしい。
まあいい。モモは俺の寿命のことを知ってたから、おっさんの作ったエアソフトガンが俺の魂を削るって聞いて食いついたんだよな。
俺だって早死にするつもりはなかったが、それにしても五百年はさすがに多すぎると思う。百年だって多い。
少なくとも、モモが俺のことを考えてくれてたってことはわかった。こんな重要事項を言い忘れていたことくらいは、まあ不問としよう。
「いや、つーかそれって殆ど昨年の生徒会執行部のせいじゃねえか! どうしてくれんだよおおああぁぁ!!」
「それは言いがかりよ! 名前をつけたのは、あくまで一般生徒たちであって、昨年の生徒会執行部は関与してないわ」
しれっと央蘭々さんは言うが、どこまで本当のことかは疑わしい。
あからさまに俺から目を逸らそうとしているところなんかものすごく怪しいが、少なくとも央蘭々さんはこの件に直接関わっていなかった筈だし、今となっては真相は藪の中だ。
央蘭々さんの肩のあたりのもやもやが、身を捩るように震えているのを半目で視るが、そこにも答えは見つからない。
「そ、それより、寄生した鬼は宿主に死なれると困るから、ある程度は宿主の細胞を回復したり成長させたりするのよ。人鬼が急に飛び抜けた身体能力や回復力を発揮するでしょ。志貴クンも、昔から怪我の治りが早いとか、記憶力がいいとか、そういうことに心当たりはないかしら?」
言われてみれば、子どもの頃から割と記憶力はいいと思う。運動は苦手だが、持久力はある。
全治一か月と言われた肋骨の骨折が十日くらいで治ったことがあったな。
受験勉強してた頃は、三日に一回の睡眠で十分だったけど、もしかしてあれもそうだったのか?
色々と思い出した俺は、央蘭々さんの問いに首肯する。
「じゃあ、名前が付けられてから、それが劇的に変化したと思うことは?」
これには首を捻る。
強いて言えば、モモに身体を操られた時に酷い筋肉疲労を感じることはあるけれど、今までも筋肉痛なんて感じたことないし、そんなに大きく変化したって気はしない。
そういや、強制的に一週間寝ずに勉強会をさせられたのは仇名がついた後だったか?
さすがに一週間寝なければ死ぬと思っていたけど、だいぶ疲れただけで特に身体に支障はなかった。
俺が考え込んでいると、床に転がったおっさんが苦しそうに息をしながら立ち上がった。
「はー、はー。この前の、ぼくが持ってきた、真剣でさ。ふっ、ぼくは、キミの首を落とすつもりで、ははっ、斬ったけど、はぁ、はぁ、はぁ、首の皮一枚しか斬れなかったじゃなぶふふふふっ!」
「あれは、殺傷能力はないって言ってたじゃねえか」
「はー、はー、だからさ、キミに対しては、殺傷能力がないんだ、って。一応あれ、はー、はー、刃の引いてある日本刀だよ? 斬れないわけがないでひーっ、ひーっ、ひひひひぶふへっ!」
なんつー危険な物を娘に渡そうとしてたんだこのおっさん!
笑いながらさらっと、俺の首を落とすつもりだったとか怖いこと言うのもやめろくださいまじで!
完っ全に法律的にアウトだったんじゃねえか!! だから銃刀法がどうとか言ってたんだなコイツ。
「あのね」
微妙に視線を逸らしながら、遠慮がちにモモが小さく手を挙げた。
「使役鬼の行使は、すごく繊細なコントロールが必要なんだ。実際、私がシキを操るときには割と無茶な身体の動かし方してる……から、骨とか筋肉とか結構えげつない壊れ方してる筈なんだよね。でも、それもシキの再生能力で瞬時に治ってるからちょっと痛いなーくらいにしか感じないかもしれないけど……まぁシキなら大丈夫だって知ってるから、つい無茶苦茶な動きをさせちゃうってのもあるんだけどね」
顎が床に落っこちたんじゃねえかと思うくらい、俺の口がぽかんと開いた。そんな告白聞きたくなかったぞおい。
「とにかく、そういうことね。授業でもないのに、鬼学の勉強ができて良かったじゃない。寿命の件だって、なんとかなりそうだし、良かったわね」
肩を竦めてそう言った央蘭々さんの表情は、ちっとも良かったとは言っていない。
ただ、すごい勢いで藍葉のメモが止まらないから、一応彼女の勉強の役には立ったのだろう。
環境に迎合して自ら考えることをやめてしまうと、いつの間にか異質が当たり前になり、当たり前が本質になってしまう。
俺は、ヒトの中にあって自分が異質なことは重々承知していたが、それがどの程度の異質なのかは考えたこともなかった。
俺は自分が鬼だということに納得はしていたが、それはどうしてなのか、どういうことなのか理解していなかったし、理解しようともしなかった。
思考の放棄は、自分の人生を他人に委ねる第一歩だ。
考えなかったから、俺は魂なんてものの扱いを勝手に他人に握られることになったんだ。結果的には特に問題なかったわけだけど。
今回のことは、俺も勉強になったなあと、しみじみ感じたのだった。
次回予告*誰もいない、何もない、こんな場所に何故バス停が? こんな所で降ろされて、一体どうしろっていうの!?
予告は山でバスに乗ると、ぐんぐん上昇する料金表示にひやひやします。ご了承ください。
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お読みいただきありがとうございます。
備忘録を挟んで、次回より新章になります。ちょっとだけ過去の話のようです。




