17 この✕✕✕✕の✕✕✕野郎!!
最近の学校には、心理相談室なるものがあるらしい。不安定な現代社会で、心に闇を抱えた憐れな子羊たちの駆け込み寺なのだとか。
正直、ふ〜ん、て感じだ。
ぼくには関係なさそうな場所だな、と思ってた。
ぼくの本職は心理士でも教師でもない。研究者だ。自慢じゃないが、これでも鬼工学界ではちょっとしたもんなんだよ。
だけど、お偉いさんたちはぼくのことを使い勝手の良い駒みたいに思ってるのかな。
ただぼくが免許を持ってるってだけで、突然、観識学園に非常勤として配属になった。
長年続けてきた研究がやっと形になったところで、今研究を止めるのはダメだと上に掛け合ってみたけど、殆どぼくの私的な研究だからって理由で却下された。
でもいいさ。観識学園には、ぼくの大事な大事な一人娘のユカちゃんがいるからね。二歳のときに別れて以来会ってなかったから、大きくなって可愛くなってるだろうな。
そうだ! ユカちゃんに会いに行くついでに、学園に着任の挨拶に行こう。
学園では、頭髪が不健康に散らかっている責任者が対応してくれた。その場にいた教職員の紹介もされたけど、どいつもこいつも量産型鬼学者の末端構成員て感じで覚えるのも面倒だ。
その後も続けられる話の半分以上を上の空で乗り切って、なんとか着任の挨拶を終えた。
ぼくの目的はユカちゃんに会うことだからね、職場の人なんか本当にどうでもいいよ。
唯一聞いてたのは、カウンセラーとして鬼害にあった生徒のメンタルケアをすること、鬼工学を教えること、週一回は顧問として生徒会を監督すること、という業務内容だ。
まあ、仕事はしますよ、一応これでも組織人なんで。
早速、仕事に関わる資料を貰って情報を整理していると、なんと! ユカちゃんは生徒会に所属しているじゃないか。さすがぼくの娘! 優秀だ!
そんなわけで、ぼくから会いに行くまでもなく、ユカちゃんの方から生徒会執行部代表として挨拶に来てくれた。
十五年振りに会った我が娘の可愛いことといったら、親の贔屓目を差し引いたって、この世の美を集めた少女と言っても過言じゃない。
綸子のような艷やかな髪も、白磁のような滑らかな肌も、黒瑪瑙のような澄んだ深い瞳も、牡丹のような瑞々しい唇も、何もかもが奇跡のようだ。
うっとりとユカちゃんを見つめ「パパだよ」って言ったら、物凄い不審者を見るような目で見られたけど、ある意味ご馳走さまです。
だけど、改めて挨拶に行った生徒会では、あろうことか密室に男と二人きりで、し、しかも、大事な大事な娘と契約してるだとおおおお!!?
ああああああ! 目を離した隙に、ぼくのユカちゃんに悪い虫がついてたあああああ!!
ユカちゃんから「パパのお嫁さんになるの」って言われるのを密かに楽しみにしてたのに、この✕✕✕✕の✕✕✕野郎!! 親の責任で成敗してくれる!!
と思ったのに、なにやらユカちゃんたら、この✕✕✕✕✕野郎のことをかなり気に入ってる様子。
おとーさん、これ以上娘に嫌われたくないからね。しょんぼり撤退ですよ。
ああー……娘を放って研究ばっかり続けてた十五年前から昨日までの自分を、一時間毎に並べて引っ叩いてやりたい気分。
仕方ないから、生徒会室に行くのは週一回にして、授業以外の時間は保健室に隣接した心理相談室――通称、こころの相談室に籠もってる。
鬼害っていったってさ、鬼工学の発展と共に予防鬼学が広まってから、今日日そこまで深刻な害なんてそれ程なくなってきてるんだよね。
そもそも、これだけ予防しても鬼に呑まれるってのは、本人が欲望に対して脆弱だという元々の素養があるからだ。
だからそういうヒトは、仮に寄生されてなかったとしても普段からそれなりに後ろ暗いことをやってたり考えてたりするものなんだよ。
そんな生徒は、わざわざ相談室になんか来ないでしょ。
それよりも、駆除ガイドラインで、未だに鬼憶装置の使用を推奨してる方がよっぽど問題だと思う。
あれ、割と欠陥品なんだよなー。
蛋が孵化しないと完全には記憶が沈められないし、宿主本人は、孵化して理性がなくなった時点で殆ど自分が何してるかわかってないからね。記憶沈めるまでもなく。
しかも、何かの拍子に思い出しかけることも結構ある。
そうすると、整合性の摂れない不可解な記憶と、断片的な嫌な記憶のフラッシュバックで混乱を来したり、ひどいと人鬼が再発することなんかも有り得るわけで。
ほんと、あの鬼憶装置は作った奴も採用した奴も、もうちょっと考えなかったもんかな。まあ、作った奴はぼくなんだけどさ。
興味ないから改良なんてする気もないし、ぼくの開発したものをどうにかできるような鬼学者なんていないから、結局そのままになってるんだろうけど。
とにかく、心理士としての仕事の方は、鬼害とは関係ない悩める思春期の青少年たちの愚痴を延々と聞くだけの退屈な――おっと。大変なお仕事になりそうだな、と思ってた。
ところが、面白い子が相談室を訪れた。
藍葉礼嶺さん、ね。
鬼害者リストを見てみると、つい最近クラスメートの蛋が孵化して、それに煽られてこの子も蛋を孵化させたようだ。
それを生徒会が駆除している。
さすが、ぼくのユカちゃん!
彼女の話は、だいたい報告書にある通りだった。
鬼憶装置も使われてたし、この子はもう鬼とは何の関係もない。
けどなー。うーん。
なーんか気になるんだよなー。
これはもう、研究者としての勘としか言いようがないんだけど。
普通、鬼になるヒトってのは、その素養があるもんだ。だから、一度欲望に呑まれて流されてしまう楽な方法を覚えると、記憶を沈めたとしても、無意識にまた欲望を受け容れてしまうことが多い。
犯罪者が再犯を繰り返しやすい、ってのはそういう理由だ。
だけど、彼女は「悪いことを囁かれている気がするけれど、前ほどサボりたい気持ちにならない」って言ってる。
これは……もしかしたら、とも思うけど。
でもなー。うーーん。
話を聞きながらちょっと考え事をしてたら、彼女、なんだか面白い話をし始めた。
あの憎き✕✕✕野郎のことだ。
気になってるとな。ほぉー。
これは、無自覚な恋心ではないかな?
発展途上の、本人すら知らぬ淡い恋。
というか、違ってたとしてもそういうことにしよう。そうに違いない。はい、決まり。
それで、彼女と下僕くんにうまくいってもらって、ユカちゃんには「あんな駄犬いらない! パパと結婚する」って言ってもらうんだ。
名付けて『恋の(芽を無理矢理咲かせる)キューピット大作戦』だ!
それにしても、ユカちゃんに色目を使っておきながら、他の子もストーキングしてるなんて。やっぱりアイツ殺すか……。
いやいや、我慢だ。
ぼくがユカちゃんに嫌われずに、下僕くんだけが嫌われるようにするために、殺すのは我慢だ……。
そんなわけで、彼女には下僕くんとお近付きになるためのアドバイスをさくっとしておいた。
それとは別件で、やっぱり彼女の話が気になったから、こっそり彼女の鬼紋分析もさせてもらうことにした。
その後の展開は素晴らしいの一言に尽きる。
彼女、めでたく下僕くんとお友達になったらしい。まさかあんな適当なアドバイスを実行して、ストーカーからお友達に昇格できるとは、ぼくもびっくりだ。
この棚ぼた的幸運を逃さぬよう、彼女には友達の常識とかテキトーなことを吹いて、二人がより親密になるようにしておいた。
それと、彼女の鬼紋分析の結果が出た。
思った通り、彼女は潜在的に豪き者の素質を持っていた。
稀にいるんだよね。他の鬼に触発されて、才能を開花させちゃうヒト。
豪き者は、絶対数が少なくて希少な存在なのに、遺伝するわけでもないからいつどこで生まれるかわからない。その上、正しい鬼学の知識がないと蛋を抑えられずに精神を乗っ取られて、人鬼に堕ちやすい。
豪き者から生まれた人鬼は本当に厄介だ。なにせ、放っておくとヒトの感情をコントロールして、一見してヒトと見分けのつかない人鬼になるのだから。
しかも、二次鬼害を利用してどんどん仲間を増やしていく。
こいつらの目的は、顕現して半永久的に駆除できない鬼――遥か昔には神とも呼ばれていたような存在に、力を与えることだといわれている。
神といったって、ヒトに欲望を唆すような悪神だ。記録の上ではつい最近まで一匹存在していたようだが、それも駆除されたらしい。それとは別に、新たに生まれた神がいるという記録もあるが――まあ、それはこの際どうでもいい。
とにかく、悪神の存在は人鬼なんかよりもずっと鬼学の徒が頭を悩ませている問題なんだ。
この問題を解決するため、全国に散った鬼学の徒の探索部が素質のある子を探し出して保護し、鬼学の知識を授けて、鬼を操り鬼を狩る役目を与えている。
賢き者も似たようなものだね。鬼に対する耐性のある子を探し出して、技術者、研究者にするための教育を学園でさせている。
鬼学は一般には秘密の学問だから、入学するとなると卒業まで鬼学者以外の家族友人との連絡は一切禁止、学園の特別区域から出ることも禁止される。その代わり、授業料、生活費全額免除に加えて、結構な『奨学金』も払ってるらしい。
観識学園が、鬼学の徒の末端組織ってことくらいはぼくでも知ってるけど、鬼学の徒自体がどれ程の規模の組織かはよく知らない。公の規模なのか、はたまた世界規模なのか。
何れにしても、やってることはとんでもないよね。だから、アイツら嫌いなんだよ。
話がそれた。
とにかく、ぼくもその碌でもない組織の末端構成員なわけで、藍葉さんのことは上の人に報告しないわけにはいかない。
こうなったら彼女には申し訳ないが、無事に特別技術科に在席してもらって、序に生徒会執行役員になってもらおう。
現在空席になってる会計のポストあたりに就いてもらえばユカちゃんの負担も減るし、密室に下僕くんと二人きりになることもなくなる。
それに、例の大作戦がうまくいけば下僕くんはユカちゃんに嫌われるし、ぼくはユカちゃんにパパと結婚するって言ってもらえるし、全部丸く収まる筈だ。
藍葉さんも計算は得意じゃないって言ってたけど、お小遣いアプリでの出納くらいはやってるみたいだし、まあなんとかなるでしょ。
てことで、早速藍葉さんを呼び出して、特別技術科への推薦試験を受けてもらわないと。
あー、うまくいくといいなぁ。
次回予告*ついに勃発してしまった! 妖怪大戦争!
予告は概ねいつもの通りです。ご了承ください。




