14 何かと噂の残念イケメン
すみません。殆ど覚えてなくて。
気付いたら朝でした。
なんかスッキリしていて、頭も体も軽くなってたんです。
そうですね、特に何も。今も、特に問題ないです。はい。はい。
そうだ。その、呼び出されたクラスの男子のことなんですけど……。
なんだか、全然普通なんです。
あんなに怖かったのにそんな素振り全くないし、それとなく呼び出されたこと聞いてみたら、覚えがないって言ってて、本当に驚いてるみたいだったんです。
だから、夢だったのかなって思ったんです。でも、そんなことあるのかなあ、って。
それで、ネットで見たんですけど、そういう病気あるんですよね? 幻視とか、幻聴っていうの。
今も時々、声は聞こえるような気がします。
気のせいだと思うんですけど、不安で。
いえ、何を言ってるかまではわからないんですけど。
なんとなく、なんとなくですよ?
悪い誘いをされてるみたいなんです。
ちょっとだけサボろう、とか、このくらいなら大丈夫、とか、気を抜くとどこまでも堕落しちゃいそうになるような、そんな声が聞こえる気がするんです。
夏休みにサボりすぎたのがクセになっちゃったんですかね?
ふふっ。そうなんですか?
でもあの、あれから妙に調子良いんです。
前ほどサボりたいと思わないし、誰かを嫌ったりとかもあんまりないですね。
どんな人にも良いところと悪いところがあるんだなって、悟った、みたいな?
みんなが嫌ってる人でも、そんなに嫌いになれないんです。
前はわたしも怖いと思ってた人なんですけど、今はどうしてみんなからそんなに嫌われてるんだろう、って、逆に気になっちゃって。
えっ!? 違います! そういうのじゃないんです!!
ただちょっと気になるだけなんです!
はい?
計算ですか? あまり得意ではないですけど。ざっくりしたお小遣い帳くらいならつけてます。アプリの。
わかりません。バイトもしたことないですし。
誤解のないようにしてもらいたいんですけど。
本当にわたし、あの人のことは人間として気になってるだけなんです。好きとか嫌いとか、そういうことでもないんです。
……なんで笑ってるんですか?
そこを理解して頂けないなら、もうわたしの話は終わりです。
先生の質問にはお答えできません。
まあ、いいです。
じゃあ、もう少しだけ話します。
*****
今日は、こころの相談室へ寄る日じゃないから、久々にグループの子たちと一緒に帰ることになった。
二人とも悪い子じゃないんだけど、少しだけ姦しいのよね。噂話が大好きで、誰それがどうしたとかって話をよくしてる。
今もさっきから、ある人の話で盛り上がってる。わたしも知ってるくらいの有名人だけど、全然接点のない人だし、正直あまり興味ない。
とはいえ、蚊帳の外にされるのもつまらないので、適当に相槌を打ちながら二人の話を聞いている。
「でさ、とうとう見たよー『美少女先輩』!」
「うっそ激レアじゃん! SSRゲットうらやま!」
「噂通りペット連れてたよ。あの狂犬連れ歩けるとか、美少女先輩まじハンパないわ」
わたしも一度、遠くからちらっと見たことがある。
誰に話しかけられてもぴくりとも表情を変えない『美少女先輩』が、『ペット』に話すときだけ口元を綻ばせて可愛らしく笑うのが印象的だった。
二人の話を聞き流しながら、わたしはふと足を止めた。
なんだか最近、視線を感じることが多い。嫌な感じではないんだけど、ちょっと気になる。
「どったの? あやっち〜。忘れ物?」
数歩先に進んだ友達が、急に立ち止まって振り返ったわたしに声を掛けてきた。
「ううん、別に」
小さく笑って、誤魔化した。視線がどうとか騒いで、自意識過剰って思われるのも嫌だし。
「大丈夫? あやっち、ずっと調子悪そうだったじゃん」
「平気。今はすごく調子いいの」
「確かに! この前まであやっち付き合い悪かったもんねー」
もう一人の友達も、追随してそう言った。
「ウチら、あやっちみたいに頭良くないけど、悩み聞くくらいならできるよ?」
うーん。これ、心配二割、好奇心八割だよね。どうしよう。
「ありがとう、でも……」
「わかった! あやっちこの前、告られたでしょ!」
びくっ、と肩が跳ねてしまった。
話を終わらせようとしたのに、なんだかあんまりよろしくない方向に行ってしまったみたい。
「えー!? いつ!? 誰!?」
「ほら、アイツだよー。何かと噂の残念イケメン」
「マジか! とうとう告っちゃったのアイツ!」
「なんか本人は知らないフリしてっけどね、あやっちと二人でこっそり会ってたことみんな知ってんよ」
ええー……残念イケメンとか呼ばれてるの、彼? 言い得て妙だけど、うーん。
というか、何? わたしと彼って噂になってるの?
「でっ? なんて言われたの? オーケーした?」
「ちょっと、待って。そんなんじゃないから」
ニヤニヤと生温かくわたしを見てくる四つの目が、猛禽類の目みたいで怖い。
迫り上がる溜息を押し戻しながら、わたしは正直になることにした。
「そうじゃないの。最近、誰かに見られてるような気がして」
「ほほー。イケメンの熱い眼差しですかぁー」
「そうじゃなくって!」
わたしは、振り返って、視線の先にある第一学習棟を指した。三階のちょうど真ん中くらい。
奇しくも、彼がわたしの罪を暴いた、『告白』の現場と同じ場所だった。
「さっきも、あそこから誰か見てるような気がしたの」
二人が黙って、お互いの顔を見合わせた。
だから言いたくなかったんだけどなあ。わたしなんかが、自意識過剰って思われてそう。
「多分、気のせいだから。変なこと言ってごめん」
もう話は終わりと、二人を促して歩き出そうとしたところで、彼女たちの顔色が青くなっていることに気が付いた。
「どうしたの?」
驚いて問いかけると、青い顔の二人がわたしの腕を両側から掴んで引っ張った。
「えっ? えっ?」
わけがわからず二人に引っ張られ、そのまま駅構内まで連れて行かれる。
やっと解放されて、そこで聞いた内緒話は、わたしをひどく驚かせる内容だった。
「実はウチらも、ずっと気になってたんだよね」
「そそ。最初は冗談でストーカーじゃないかとか言ってたんだけど」
「ね。……実は、見ちゃったんだよね」
怪談話みたいなノリになってるんだけど。
えっ、なに? 怖い。
「ちらっと見ただけだけど、間違いないよ。キンパだったもん」
「えっとー?」
話についていけず、二人の間で視線をうろうろと彷徨わせる。
「だから、あれだよ。金髪の」
声をひそめて、囁くように彼女らは言った。
「一鬼夜行」
一瞬、誰のことかわからなかった。
ぱちぱちと瞬いて、それから、ああ、と頷く。
「夜行先輩?」
「「センパイっ!!?」」
目を剥いた二人の声がハモった。
「あやっち、あの鬼と知り合いなの!?」
「そういうわけじゃないけど」
「なんでセンパイ!?」
「だって、先輩じゃない」
何にそれほど驚いてるのかわからなくて、苦笑いで誤魔化した。
「うわー、これは決まりだね」
「ね」
二人は納得してるけど、わたしは何がなんだかさっぱりわからない。
「あやっち、狙われてるよ」
「へっ?」
「第一学習棟って、鬼の根城って噂じゃん。ウチら何度か、鬼が物陰から覗いてること気付いてたけど、あれあやっち狙いだったんだ」
「なんで?」
だって、わたしと夜行先輩に接点はなにもない。
先輩は色んな意味で有名人だけど、先輩がわたしのこと知ってるとは思えないし。
「あー!!!」
何!?
いきなり大きな声を出すからびっくりした。もう一人の友達も、すごく驚いてる。
「ウチ、わかっちゃった。あの、ほら、イケメンスマホ」
「あー!! そういうことか!」
だから、何がそういうことなの?
疑問符を大量に抱えたわたしを、二人がじとーっとした目で見ている。
「ラブですね」
「ラブですな」
「はぁ?」
「あのね、あやっち。学園にはそりゃすっごいいっぱい人がいるけどさ、あの鬼のこと名前で呼んでるのなんか、あやっちだけだよ?」
「あやっちの優しさで、恋の病に鬼が霍乱フォーリンラブ」
「はあぁ???」
なんで? 名前で呼んだだけで恋に落ちるなら、学校中の殆どの人が恋に落ちなきゃおかしいんじゃない?
この二人に限らないけど、どうして女の子はなんでもかんでもすぐに恋愛に結び付けるんだろう。
わたしも恋愛の話は嫌いじゃないけど、あまりにも分別がないんじゃないかな、って思う時がある。
「ああー、しかし、なんとあやっちは~。残念イケメンに告られてーしまったーのーです~」
なに? なんで突然ミュージカル調? もう本当についていけない。どうしよう。
そもそも告られてないってば!
「ラブいあやっちが誰かのものになってしまう! 鬼は怒りました。怒って怒って、そりゃもう憤怒の形相で、イケメンのスマホを真っ二つにしてしまいましたとさ」
んっ? スマホ真っ二つ……
今、何か思い出しかけたんだけど、情報量が多すぎて思い出しかけた何かが消えちゃった。
結構大事なことだったような気がするんだけど。
私が考え込んでいる間に、二人はもう改札の向こうに行ってしまってた。
二人とも、手を合わせて拝むようなポーズでこっちを見ながら、すごい速さで遠ざかってく。
「ごめんね、あやっち。鬼のストーカーとか、ウチら無理だから」
「同じく。ホントごめん。うまくいかないように祈ってるから」
ええー!?
嘘でしょ?
なんだかよくわからないけど、どうやら夜行先輩のせいで、この日からわたしに友達がいなくなっちゃったみたいです。
次回予告*オレ、オマエ、トモダチ。トモダチ、ニゲロ。オレ、トモダチ、マモル。
ヨコク、ホンペン、ムカンケイ。トモダチ、リョウショウスル、タノム。
***
お読みいただきありがとうございます!
次回、新章です。やっと主人公が友達をつくる(?)ようです




