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後編

舞踏会の日以降、レメルアはずっとぼうっとしていた。

自分が好きなのはクロイドだ。それは間違いない。

だが、どういう訳か彼女の胸の中で仮面の男の存在が大きくなっていた。


自分で自分が理解できない...。



「おはようお姫様...何を浮かない顔をしてるんだい?」


突然かけられた声に慌てて振り向く。するとそこにはかしこまり跪くヴィリアがいた。

レメルアはぷい、とすぐに視線を戻した。


「別に、何でもないわよ。貴方こそよく年中そのテンションでいられるわね。」


「そりゃあ勿論君のためだからね。俺はいつだって君の事を考えているよ。」


またくだらないキザなセリフを吐いて...


レメルアがそう思い突き返そうとしたその時だ。

ふと、彼女はハッとしたように目の前で微笑を浮かべている男を見た。


背が高いのだ。...まさに、この間の仮面の男と同じくらい...。


まさか、この男が...!


「ねえヴィリア!この間私と踊ってくれたのは貴方!?...毎年毎年私を見つけ出してくれたのは貴方なの...?」


そう叫びながらレメルアはヴィリアの肩をグッと掴んだ。彼は驚いたように目を丸くしている。


「...ん。」


ヴィリアは何となく事情を察した。

適当に話を合わせておけば、今の彼女なら靡くかもしれない。


だが、彼は正直だった。


「違うよ。俺はあの日他の女の子達と踊ったからね。...まさか、そいつのフリをしていたら君は踊ってくれたのかな?」


「...えっ!...最低。」


ぎろり。レメルアはヴィリアを一睨みすると、フン!と思い切り彼に背を向けて去っていった。

ヴィリアはそんな様子をニヤニヤしながら見送った。


「フフッ、全く君らしいな。...頑張れよ、応援してるぜ。」



「じゃあ、一体あれは...。貴方は一体誰なの...?」

レメルアは1人呟いた。



すぐその次の日の朝だ。

レメルアは廊下で、取り巻きを2人侍らせて歩くローナを見かけた。


(あ、ローナ...。)


やはり美しい。派手な金髪や整った顔立ちだけではない、歩く仕草の一つ一つから気品が感じられた。

だが、何かがおかしい。

美しさはいつも通りだが、覇気がないのだ。

良くも悪くも周囲の者を圧倒する威圧感が...今日の彼女からは感じられなかった。


「おはよう、ローナ。」


「...ああ、レメルア...おはよう。」


掠れるような声でローナは挨拶を返した。

やはりおかしい。

いつもなら、同じ『皇生』としてライバル心剥き出し。何かしらのちょっかいを出してくるのだが...。

レメルアはそれを鬱陶しくも、楽しみにしていた。

しかし今日はそれがない。堪らずレメルアは逆に問うた。


「ちょっとローナ、今日は噛み付いてこないわけ?」


「...ええ、貴方には敵わないわ。私の負け。」


そう言うと彼女はトボトボと歩き去ってしまった。


「...?」


レメルアは困惑するばかりだった。




そしてその日の午後。

思わぬ情報が学院中に広まっていた。

何でも、世界を股に掛ける有名劇団の大スター...ミシヘルド=ワッカサタンが先日の舞踏会にお忍びで参加していたらしい。

なんと、彼は舞踏会でたまたま共に踊った名も知らぬ少女に一目惚れしたとか。

...そして彼はこの日、その少女に会うためもう一度この学院を訪れていた。


「ワタシ探してマース!とても美しい女の子デース!!この学院の生徒のはずデース!!」



「超玉の輿ですわ!」

「羨ましいわ、一体何処の誰が...!」


クラスの女生徒達は既にその話題でもちきりだった。

レメルアは話半分にそれを聞き流していた。金とかスターとか、そんな物に興味は無い。


だが、次の瞬間...思いがけぬワードに彼女の意識は釘付けになる。


「ミシヘルド様は超お金持ちで、おまけに超背が高いそうよ。」


「...!その話、詳しく聞かせて!!」


レメルアは勢いよく食いついた。




...レメルアは駆けていた。

何でも、ミシヘルドは校門の所にいるらしい。


仮面の男との踊りから感じた妙な安心感...劇団のスターだと言うのならば、確かにそういう人を惹きつけるような踊りもできるだろう。


でもそんな事と関係無く、レメルアは彼に会いたかった。

会って...


だがここで、彼女はピタリと足を止めた。

会って、そしてどうしたいのか?

彼はその少女に一目惚れしたという。もし本当にそれが自分なら、彼は告白してくるかもしれない。

じゃあ彼と付き合いたいのか...?


違う。

確かに仮面の男に対して感謝や憧れのような物はある。

だが、恋愛感情があるかと聞かれれば...それは違った。レメルアはこの時初めて、それを自覚した。


だって、彼女が好きなのは...いつだって変わらない...


レメルアは結局、ミシヘルドの元へは行かなかった。





翌日。

急な雨に見舞われて、帰宅途中の公園で雨宿りをしていたレメルアの心は...空と同じく悪天候だった。


これで良かったのか...。

分からない、自分が何をどうしたって彼はもはや自分を見てはくれないのに...。


「わああ、すいません...入れて!」


鞄を傘がわりにしながら誰かがレメルアの横に飛び込んで来る。

...ワレハンディア学院の制服だ。この人物は...!


「クロイド...!」


「え...?あ、レメルア!」


思わず声が弾む。レメルアは慌てて顔を背けた。


「...。」


ぽちゃぽちゃざばざばざば...

沈黙の中雨の音だけが響く。

...それを裂いたのはクロイドだった。


「凄い雨だね。」


「うん...。」


ぽちゃぽちゃざばざばざば...

今度はレメルアが口を開いた。


「仮面舞踏会はどうだったの?...ローナと行ったんでしょ?」


「え?...いや、ローナとは行ってないよ?」


「何で!?だって誘われて告白されたんじゃ...。」


「何でって...だって僕は。」



ぽちゃぽちゃざばざばざば...。

またも会話は途切れてしまった。



...特に理由はない。

何でそんな言葉が出てしまったのかと言われれば、ぼうっとしてたという他ない。

とにかく、レメルアはそれを口に出してしまった。

胸の奥に秘めた思いを。


「ねえクロイド...私今でも貴方の事が好きよ。」


「...え?」


「...ん?あっ...!いや、何でもない!!今の無し!!本当に何でもないから!!」


「いや、知ってるけど...。」


「は!?」


顔を真っ赤にして否定するレメルアに、クロイドはしれっと言った。


「いつからかレメルアは話していてもあんまり笑わなくなったよね。...僕の事嫌いになったのかと思った。」


「そんな事...。」


レメルアは顔を顰めた。

違う、そうではない...。


「でも心は繋がっていると信じてた...。そして3年前の舞踏会の日、それは正しかったんだと確信したよ。君はあのペンダントをしていたから。」


「えっ...!?」



朱色のペンダント。それはもう十年近く前、幼き日のクロイドがレメルアに贈った物だった。

『大きくなったら一緒にワレハンディアの仮面舞踏会に出よう。そしてそのペンダントを付けてきて。それを付けていれば、仮面をしていても必ず君を見つけ出すから』...と。


レメルアは律儀に子供の頃のそんな約束を守っていた。

そしてクロイドもまた...



「じゃああの仮面の男はまさか...いやでも背の高さが...」


レメルアが困ったようにブツブツ言うと、クロイドは笑った。


「ああ、やっぱり気付いてなかったんだ。...あれは僕だよ。背の高さは超厚底の靴を履いてたんだ。ほら、踊りって男が自分より背の低い女の子をエスコートするように出来てるでしょう?僕の背の高さじゃ締まらないかと思って。」


「嘘...。」


「ふふっ、可愛いなあレメルアは。あれから君のあの態度はただカッコつけてるだけだって気付いたからね、笑いそうになって大変だったよ!!」



...では何か?彼のぎこち無く無理をしているようなあの感じは笑いを堪えてただけなのか?

あれこれ思い悩んでいた自分に対し、彼は今まで通り振る舞っていただけなのか?


彼は今でも...あの頃と何も変わってはいないのだろうか?



瞬間、レメルアはクロイドの手をがしりと掴み引っ張ってった。

いつの間にか雨はあがっている。


「踊るわよ、今度は余計な物を一切つけないでね。」


「えっ...いやでも背の高さが同じくらいだと踊りづらいんじゃ...。」


「関係無いわ。その時は私が貴方に合わせるから...貴方も私に合わせなさい。」



誰もいない公園で...2人は仮面舞踏会を行った。

仮面も厚底靴も無しで。

そこにはぎこち無さも無理をしているような感じも無かった。



「まだ貴方の口からきちんと聞いて無いわ。...クロイドは私の事好き?」


くるくると踊りながらレメルアが問い掛けると、クロイドはにっこり微笑んで返した。


「ふふっ、好きだったら悪い?」


「...私もよ。私もクロイドの事が大好き。」



レメルアは...顔を真っ赤にしながら呟いた。


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