1話
――彼はとても不幸だった。
彼が五歳になった頃だろうか。親は居なく、周りに居るのは施設の人間だった。一般的な家庭との隔たりは彼には分からなかったが、学校等で一般的な家庭に住む者達からの汚い言葉で、自身が不幸なのだと悟った。
施設を出てからも、社会へ出た彼を待っていたのは謂れの無い差別だった。職を失う事は最早日常であり、これまで数々の傍に居た人達に騙される事も彼には日常。それにより膨れ上がる借金も日常だった。
だが、そんな彼にも家族ができた。気立ての良い妻と利発な子。
ある日、家路に着くと彼の妻と子は居なくなっていた。家財も何も無く、広い空間だけが其処にあった。そして、部屋の中央には一切れの手紙。別れを記した、手紙だけ。
自身と伴に歩む日常に絶望を感じたと記したその手紙は、今も尚彼が不幸なのだと実感される物だった。
落ちぶれた彼はギャンブルに手を出すも、不幸な日常が付き纏うのか借金は更に膨れ上がるばかり。彼にとっては当たりクジ付きの菓子ですら当てる事も夢物語。外に出れば、必ず鳥の糞を頭に被る。
産まれから今に至る迄、兎に角不幸。ツイてない人生だった。
彼は絶望していた。希望も無い人生、不幸の連続。欲しいと思ったモノは何ひとついくら努力しても手に入らない。手にした水の様に、すぅっと流れ落ちる。
そして、彼は遂に“死”を決意した。“死”を欲した。
彼はビルに昇った。飛び降りるのだ。彼なりの人生に対する逆襲。不幸な自分を産んだ地に自身を投げ付け、自分の不幸な血で汚すのだ。
彼がビルの屋上へ辿り着くと、其処には一人の男が居た。身に着けた衣服はいつ洗ったのか分からぬ程に汚れ、顔は青白く頬は痩せこけている。
折角来たその場所が、他者に占拠されていた事に絶望し、去ろうとした。だが、そんな彼を目にした顔の青白い男がニタニタと薄気味悪い笑顔で口を開いた。
「そんな不幸そうな顔をして、どうしました? まるで、自殺志願者だ」
男は、自身の風貌を棚に置き、彼に問う。
自身の行動が読まれた事に困惑したが、既に終わりを覚悟した彼は、自分の人生最後に、この青白くみすぼらしい男と少しだけ話をしてみようと思った。
そうする事で、改めて死を選択する意味と意義を己に再確認させようと思った。
彼のこれまでの不幸な出来事を語った。気付けば、自然と涙が溢れていた。
もう思い残す事は無い。話が終わり涙を拭うと、そこには彼の話を聞いて悲痛な表情をしている予定の男が、笑顔で手を叩いて喜んでいた。
「やっぱり雰囲気からして、そうだと思いました! 不幸の権化の様な人で良かった。君に“コレ”をあげましょう」
事態を飲み込めず戸惑う彼に、男は小さな赤い物を手渡した。
――――スイッチ




