もう少し“妹”でいようと思う
長野雪様主催『お兄ちゃん大好企画』参加。
2015/11/26 加筆したかったんですが、どうにも挿入できなかったので、後書きに補足の形で乗せました。
「イヴァン兄。そろそろパーティー解散しない?」
「は?」
エルゼがそんな提案をしたのは、依頼であるオーガ討伐を終え、二人で食堂にいる時だった。
「パーティー解散って……」
エルゼが現在パーティーを組んでいる男――イヴァンが、煮物の皿片手に、紺碧の目を見張った。
「俺、何かしたっけ?」
「何かしたというか……」
この男、強すぎるのだ。大剣を軽々ぶん回し、大抵の魔物は一撃で沈めてしまう。
そもそも、パーティーとは何か。足りないものを補うものだ。
だが、イヴァンには“足りないもの”がない。防御にも長けているし、例え怪我をしても簡単な治癒魔法も使える。モンスターの物理攻撃への耐性が強くても、何の躊躇いもなく物理攻撃し、それで易々と捩じ伏せてしまえる非常識な攻撃力もある。
――補うべき部分がないのなら、パーティーを組む意味などない。
イヴァンには世話になった。ギルドで困っていた時に助けて貰い、パーティーに入れて貰い。そうして助けられる内に兄呼ばわりするようになったが、イヴァンとは赤の他人だ。
この男は、エルゼにとって恩人で、憧れで――好きな人で。どうしようもなく特別な人だから、イヴァンの役に立とうと、エルゼも死に物狂いで修行した。
でも、エルゼはいつまでもイヴァンに追い付けない。自分が彼に必要だとも思えない。
どうしてパーティー解散したいのか――理由は単純、圧倒的な実力差に疲れただけだ。
しかし、そう思ってるのはエルゼだけらしい。
「この前、エルゼの菓子をつまみ食いしたからか? それとも、うっかり部屋を間違えたからか?」
「……違う」
「それじゃあ、誰か組みたい奴が出来たとか」
「そうじゃなくて!」
イヴァン兄が強すぎるのがいけない。
そんな事、言える訳がなかった。本当にいけないのは、弱いのにパーティーを組んでいたエルゼ自身なのだから。
「それなら何で……」
「とにかく! 私、もうイヴァン兄とは組まないから!」
強引に話を打ち切り、エルゼは食堂を飛び出した。
◇
翌日。エルゼは森の中にいた。モンスター討伐依頼を受け、無事に討伐を終えた、その帰りだ。勿論、イヴァンとは一方的に拒絶した後なので、1人で出かけた。
まだまだ腕は落ちていないらしいというのを、エルゼは数年振りに自覚していた。
修行のお陰か、エルゼの魔法は発動速度も速く、威力もある。この辺りのモンスターが相手なら、全く問題ない。
これくらいなら、1人で対処出来る。そう判断し、じっとしているだけではどうにもならないもやもやを、仕事で解消していた。
異変に気付いたのは、もう少し奥まで潜ってみるかと思った時だ。
茂みの奥。現れたのは、エルゼの二回りも三回りも大きなモンスター達だ。毛むくじゃらの身体に、膨らんだ腹。ぎょろりとした目が、真っ直ぐエルゼを見下ろしている。
「……オーガの、群れ」
しかも、囲まれている。
逃げ場がない状況では、選択肢は1つしかない。
先手必勝。エルゼは杖を構えると同時に魔法を発動させた。
氷の槍を降らせ、火炎球をぶっ放し。必死でオーガを倒し続ける。
目の前だけに神経を向けていたからか。はたまた集中力が切れたのか。ふと、背後への対応が遅れた。
「あ――」
振り返れば、オーガが棍棒を振り上げているところだった。
これは避けられない。
痛みを覚悟し、ぎゅっと目を瞑り。
「ほんっと、エルゼは手のかかる妹だよ」
刹那、足が地から浮いた。
「イヴァン兄……」
気付けば、エルゼはイヴァンに抱えられていた。
「……え、イヴァン兄!? どうしてここに!」
「いや、普通にギルドで待ち伏せてたから」
状況が分からず慌てふためくエルゼに反し、イヴァンは冷静だった。
「取り敢えず、終わらせるぞ」
「え、あ……」
その討伐にエルゼは必要なのか?
問いかける前に、イヴァンが群れに突っ込んだ――と思った途端、オーガの頭が1つ刎ね飛ばされた。
一方的な戦いだった。イヴァンは大剣を振るい、反撃の隙すらも与えず、オーガを一撃で仕留めていく。
全てが終わると、辺りは真っ赤に染まっていた。
纏わり付くような鉄臭さに顔を顰めていると、不意にイヴァンがエルゼを見た。……怒っている。
「何やってんだよ!」
いつにない剣幕だった。
「逃げれそうならとっとと逃げろ! というか、こんな奥まで行くな! そもそも、1人で仕事受けんな! 俺はパーティー解散なんて納得してないんだぞ!?」
納得するも何も。
「イヴァン兄には、私なんて必要ないでしょ!?」
それが全てだ。
この剣士に、相方など必要ない。
「1人でも十分強いし、怪我しないし! 攻撃魔法なんて逆に邪魔になるだけだし! せめて補助魔法を使おうと思っても、発動した時には大体戦闘終わってるし!」
自分が惨めになる程、エルゼは何も出来ない。
「イヴァン兄の役に立ちたいけどッ! 私なんて、イヴァン兄にはッ、」
「必要だ!」
エルゼの勢いに負けない迫力で、イヴァンが断言した。
「だから助けたんだよ! つーか、足手纏いだと思ってたらパーティーくらいとっとと解消するわ!」
イヴァンの紺碧の双眸が、エルゼを射抜く。
「後ろに誰かがいると、安心して戦えるんだよ! 俺がぶっ倒れても何とかなるだろって思えるから、俺は剣を振るえるんだ!」
「でも……」
「俺の後ろが誰だって良いなんて事もない! エルゼしかいないんだよ! 俺に追い付く為に隠れて修行してるような努力家なんか!」
イヴァンには好い顔をしていたいのだが、バレていたらしい。
それよりも。
「私、イヴァン兄とパーティー組んでて良いの……?」
「組んでて良いというか、寧ろ、組んでくれなきゃ困るのは俺だ」
眉を下げて笑うイヴァンに、エルゼも僅かに口角を上げる。
きっと、本音を言っているだけだろうけど。
いつだって、何気ないイヴァンの言葉がエルゼを救ってくれる。
「――ありがとう、イヴァン兄。大好き」
あくまでも軽く、親愛を滲ませた声色で。秘めた気持ちなど押し込んで、エルゼは好意を口にした。
「あと、勝手に動いてごめんなさい」
イヴァンはエルゼを暫し見詰めた後。
「……この、妹気質め」
仕方ない、と言いたげにイヴァンが口の端を歪める。
「そんな事言われたら、もう怒れないだろ」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
「いーや、今のは下心があった!」
下心。イヴァンの指摘に、どきりと胸が波打つ。
「エルゼはいつもそうだろ? “イヴァン兄、大好き!”って言って都合が悪いとすぐ誤魔化すし、何だかんだ好きなおかずも盗ってくし」
……そういえばそうかもしれない。
「ご、ごめんなさい……」
「気にすんな、妹なんてそんなもんだ。……エルゼが何でそんな急いでるのか知らないけどな。成長するのなんてゆっくりで良いと思うぞ。そんで、いつか俺を助けてくれれば良い」
ぽんと、イヴァンの節くれ立った手がエルゼの頭を撫でる。
「大丈夫。それまで、俺がずっと守ってやるから」
この人に早く一人前として扱われたいから急いでいるのだが、気付いていないのだから苦笑するしかない。
「イヴァン兄は本当に……」
妹分として扱われるのが悔しいが、それだけの実力しかないのも知っている。
でも、もう逃げないと、エルゼは決めた。
いつか、絶対に“妹”を卒業して、イヴァンを助けてみせる。
ゆっくりで良いと言ってくれるイヴァンの優しさに甘えるのもどうかと思うけど、それまではもう少しだけ、この人の“妹”でいようと思う。
そこはかとないコレジャナイ感。
なんか、盛大に企画の意図からずれました。すみません。
お兄ちゃん大好きだ…!!
↓補足↓
「そういえば、イヴァン兄。ギルドで待ち伏せしてたって言ったけど、ずっとついてきてたの?」
「ああ」
「……それなら、もっと早く助けに来れたんじゃ」
「妹の成長は寂しいもんがあるが、ちゃんと見届けたいって思ったんだよ。見ててはらはらしたが、エルゼだけで何とかしてたら手なんて出さなかった」
「そうなの?」
「当たり前だ」
エルゼが目を瞬かせると、イヴァンが力強く頷く。
「パーティー解散は嫌だが、兄離れを止める意味なんかないだろ?」
という訳で、どこまでも兄貴なイヴァン。エルゼが1人でどうにかできていたら、本当にパーティー解散なんて道もあった……かもしれない。
因みに、エルゼはイヴァンと組んでいる時、基本採取に励んでます。