姿なき来訪者
p.m.06:00。
『B-00、離陸を許可する。B班護衛機は滑走路へ侵入し、順次離陸せよ』
巨大ガンシップが轟音を立てながらルクソフィアの滑走路を進み始める。
《Call》
ん?こんな時に通信?
『じゃ、行ってくるぜ!相棒』
今まさに護衛機として離陸しようとしているロックからだった。何をやってんだあいつは。
「一応任務中だぞ。余計な通信はやめろ」
『んもーソルみたいなこと言って・・・。固すぎるんだよレイズは』
「緊張感がなさすぎるんだ、お前は。――――――なんだ、遺言か?」
『縁起でもない・・・。ちょっとレイズと話し――――――」
「切るぞ」
『ああ!待って!』
「何なんだよ・・・。離陸後は通信は最小限に抑えられるぞ」
『俺が情報通信課をやめた理由、もう蓮衣ちゃんに話しちゃった?」
・・・そのことか。普段はおちゃらけてるくせに、たまに気にしすぎなとこがあるんだよなこいつ。
「いや。話してない」
ほっとしたように。
『よかった~』
「そのことか。なんで今」
『こういう時だからだよ。不安要素は消しておくに越したことはない』
「別に言う必要もないしな。人の家庭事情をひけらかすような趣味は俺にはない」
『助かるよ。・・・ん?」
「?どうした」
それから少し間があった。何やら機器をゴソゴソといじくる音は聞こえてくるが。
『悪いレイズ。ちょっと切るよ』
ピ。
何なんだ。また勝手に回線切りやがって。と、再び聞こえてきたのは管制塔からの通信。
『――――――了解。B班、全機離陸を確認。C班、離陸を許可する。C班護衛機、順次滑走路へ侵入』
『こちら、C-00。了解。総員、離陸に備えろ』
操縦士が管制塔の指示に答える。
『レイズ、護衛は任せたぜ』
「了解です。深山さん」
徐行していたガンシップが速度を上げ、目の前を横切る。
「こちらC-01。これより離陸する」
滑走路に入り、速度をあげようとしたその時、
『C班護衛機、しばらく滑走路上で待機』
「なに?」
聞き間違いだろうか。待機だと?滑走路上で?そんな馬鹿な話があるか。
「おい管制塔。何言って――――――」
『レイズ!!』
今度はロックの声がした。あのやろうまだ回線を――――――
『すぐ離陸しろ!ミサイルだ!』
「は?」
レーダーに目をやると、六時の方向、確かにミサイルらしき物体を捉えていた。状況を把握するまで少しかかった。
「くそ!なんで誰も気づかなかった!管制塔!!」
事の重大さに気づき、速度を上げる。周りの風景がどんどん後ろへ流れていく。
『レイズ!今はとにかく高度を上げろ!離陸前は格好の餌食だ!』
「わかってる!」
滑走路を見る。・・・まだ離陸できていない――――――!
「C-01から各機!俺に続け!すぐに離陸しろ!」
『C-02からC-01へ。隊長?管制塔は待機せよと――――――」
「無視しろ!責任は俺が取る!でないと死ぬぞ!」
『何を言って――――――』
『くっ・・・総員に通達!正体不明の物体が高速で接近中!繰り返す!正体不明の――――――』
C-00ガンシップ艦内。その場にいた全員が凍りつく。
「深山!方角と数!」
声を上げたのは、C班大佐、大連蒼志。
『ろ・・・六時の方角です!数は三!航行速度からして、ミサイルの可能性!管制塔!こちら――――――」
艦内が騒然とする中、大連は皆の方へ体を向け、
「高度が安定次第、艦載機を射出!」
皆が唖然としていた。いきなりのことで思考の切り替えが容易にできない。
『大佐!ミサイル着弾まであと21秒!機体の高度制限解除まで間に合いません!」
「くっ・・・!深山!横ロールで対処しろ!総員はGに備えろ!」
『・・・!・・・了解・・・!』
「レイズ!応答しろ!」
『こちらレイズ!大佐!どうすれば!』
「とにかく離陸して、高度を取れ!編隊を率い、ミサイルの迎撃に当たれ!」
『了解!ですが管制塔との通信が』
「何?」
『大佐!深山です!管制塔との通信が回復しません!』
「――――――!」
――――――三分前、管制塔。
「C-00!直ちに離陸せよ!所属不明の飛行物体が高速で接近している!応答せよ!こちら管制塔!」
「何故応答しない!先程までは普通に・・・!
「メリア!あと何秒だ!」
「ミサイル着弾まで、あと200秒です!」
「よりにもよって離陸時を狙うなど・・・」
「D班、E班!直ちに離陸準備を中止し、防弾フィールドを展開しろ!繰り返す――――――」
「通信を妨害するなど・・・!どこの仕業だ!」
『レイズ!離陸しろ!』
「わかってる!おいお前ら早く昇れ!死ぬぞ!」
後方から迫り来るミサイルが目視できるまで近づいてきている。それに気づいたレイズの部下も離陸し始める。
『急げ!隊長について行くんだ!』
「管制塔はアテにならんぞ!自分たちの判断で切り抜けろ!」
『C-02、離陸します!』
『レイズ!俺が数機率いてこいつらの援護に回る!お前は親鳥を!』
「分かった。すまんロック」
『B-01から各機。B-00の護衛とC班離陸機の援護に戦力を分ける』
『こちらB-02。了解です隊長!』
『02から04は俺について来い。05から08は引き続き00の護衛を。行くぞ、ヘッドオン!』
巨大ガンシップB―00の周りを飛行していた護衛機8機。そのうち4機が旋回し滑走路へ機首を向ける。前方には既に離陸しているレイズ機、今まさに離陸しようとしているC班護衛機、そしてその後方にはあと数秒で届こうとしているミサイル。もう時間がない。
『ミサイル第二波接近!さらに所属不明機多数!』
「!・・・まあ・・・当然か。――――――大佐!」
『こちらB班大佐、ルード・スペンサー。わかっている、艦載機を射出しておいた』
「助かります!」
『くれぐれも気をつけろ、ロック』
「わかってますよ!B―01、ABL照射!」
ロックの機体からレーザーが射出される。されたとほぼ同時にミサイルを真っ二つにした。
「お前ら早く昇れ!あんまもたねえぞ!」
『感謝します!ロック・クォーク准尉!』
「礼は後でな!」
『隊長!各機、艦載機とのリンク完了しました!』
「よし、撃て!」
『B―02、ABL照射!』
B班の戦闘機が次々とミサイルを堕としていく。
『隊長、C-00の護衛、彼一機で大丈夫なんですか?』
「レイズのことか?あいつなら大丈夫だ。それよりも今は目の前の敵だ!」
『はい!』
「そら来たぞ、敵さんのお出ましだ」
ミサイル第二波のむこう40はあろうかという敵の機影が見えていた。こっちは艦載機をいれて12機。勝っても甚大な被害は免れない。レイズが来てくれれば勝ったも同然なんだが、こいつらを離陸させられるかにかかっているな。
「ミサイル第二波!来るぞ!!」
ドオォン!!
滑走路に爆音が鳴り響く。
「どうした!」
『隊長!B―02が爆発しました!!』
「なっ・・・!」
滑走路を見ると、機体が炎上していた。
(あいつはさっきまで話していた・・・)
『くそ、これじゃ離陸できない!』
『でもどうやって!ミサイルは俺たちが全部――――――』
「・・・おまえら・・・・・・」
滑走路を見たレイズは呆然とする。先頭の機体が炎上している。死んだのか?久瑠谷・・・?
「久瑠谷!!」
レイズは我を忘れて旋回する。
「大佐!」
『やむをえん・・・艦載機、全機射出!本艦の護衛とレイズのリンクに二分しろ!』
滑走路へ全速で向かう。甘かった、自分もロックと協力していればこんなことにはならなかったかもしれない。
『隊長!』
「お前ら今すぐ機体から出ろ!」
『レイズ!何言ってる!』
「その機体は改造されている!爆薬が仕掛けられているかもしれん!」
『爆薬・・・?そんな』
ドン!!ドオォン!!
立て続けに爆発音。
『なっ・・・!!』
「うわあああああああ!!!」
『・・・くそ!管制塔、応答せよ!!管制塔!!・・・まだ繋がらねえのか!!どんだけポンコツなんだここのセキュリティは!』
――――――ルクソフィア社より南東に約50kmの海上――――――
海上に浮かぶ巨大な鉄の塊。塊、と言われても、それがどのような形を成しているかはわからないだろう。だが、船舶ではない。どちらかというと航空機。翼のような形をしていることから、そう見るのが妥当だろう。壁面のありとあらゆるところにミサイルを発射するための武装が施され、その中にはABL、レーザー発射装置も見受けられる。全体的に真っ黒な色彩。だが注目すべきは、その大きさだ。全幅約1200m、全長は約1300mといったところだろうか。
その超巨大航空機の一室。
通信室だろうか、広々とした薄暗い部屋に、百数十人の通信員がいた。会話はない。誰も彼も黙々と与えられた仕事をこなしていた。
「全て予定通りです。ルクソフィアの通信システムの5割を奪取。滑走路も塞ぎ、空と地上は完全に切り離された模様です」
一人の通信員が誰に告げるでもなくそう言葉にする。
『つなげ』
どこからともなく聞こえた声。その主は、少なくともその場にいた者からではなかった。
『あー、あー、聞こえるかな?ルクソフィアの諸君。突然だが、これより我が社はラスクフォース社傘下・ルクソフィア社を占拠、統治下に置かせてもらう。無駄な抵抗はやめてもらおう。異論は認めない。彼我の戦力差は歴然だ。おとなしく応じればこれ以上の危害は加えない。これは命令だ。提案でもなければ忠告でもない。ではまた後ほど』
そう言い終えた時には、その超巨大航空機はその場から跡形もなく姿を消していた。