バー
「着いたぞ」
声が聞こえて我に返る。顔を上げると姉が閉まろうとしているドアを片手で押さえつけていた。不思議そうな、心配そうな顔をしてこっちを見ている。
「ああ、ごめん」
エレベーターを出ると、そこはバルコニーではなかった。目に入ってきたのは薄暗い照明と、奥に並ぶワインセラー。
「ここ、バーじゃん」
「ああ」
と言いながら適当にカウンターに腰掛ける姉。
「気が変わった。付き合え。マスター、いつもの」
勝手な姉だなオイ。
「どこまで自由なんだよ」
「自由に生きなきゃ損だぜ、弟君」
文句を言いながら姉の横に腰掛ける。
「誰もがあんたのようには生きられない」
「階級のことを言ってんのか?小さい男だぁね。で、何飲む」
酒は普段は飲まないが、別に飲めないわけじゃない。
「じゃ・・・シードルで」
注文と同時にタバコを取り出そうとすると、横から姉が一本差し出してくる。
「さんきゅ」
「そういや姉貴も、明後日の作戦に参加するんだよな」
シードルを半分ほど胃に流し込んだところで、それとなく聞いてみた。
「ああ。それがどうした」
「いや」
姉から目をそらし、タバコの灰を落とす。不思議そうな顔で見つめてくる姉。それから仕方ないと言わんばかりに、煙を吐きながら、
「あまり詮索するな」
「・・・は・・?」
「上は、ラスクはお前の動きに目をつけてるぞ。ルクソフィアの例の少年、また不自然な行動がどうと」
嫌な汗がこめかみから流れ落ちるのが分かった。血の気が引くってのはこういう事なんだろうと思い知らされるほどに、頭に異常を感じた。くそ、動悸も・・・おかしい、ここまで肝が座ってなかったか、俺は。
「・・・」
余裕からくる沈黙ではない。本当に言葉が出てこない。それは横にいる姉にもわかっていることだろう。
「甘く見すぎだ、上を」
「別に・・・」
見栄を張れてもいないだろう。たまらずテーブルに肘をつき掌に頭を預ける。
「まあそんなに気にしなくてもいいと思うぞ。これは気休めじゃなくてな。変なことを、面白いことを言うガキだと、上の空気はそんなところさ。ただ、これからもお前の今の行動が続けば取り返しのつかないことになる。それだけは覚えておけってことだ。」
「・・・」
「お前のくだらない妄想で、周りを巻き込むんじゃない」
蓮衣やロック、班の皆の顔が浮かぶ。
「仮にお前の考えが正解だったとしても、お前はその件に関わるべきじゃないんだ」
姉はじっと前を見据えたままそう告げる。
「・・・姉貴は・・・どう思ってる」
「もう考えるな。考えようとするな。無理やりにでも思考の外へ追いやれ。でないと・・・」
グラスを持ち立ち上がり、眼下に広がるラスクフォースの夜景を見つめ、呟いた。
「もう、私でも守れなくなるぞ」
それからルクソフィアを出発するまで、姉のその言葉が繰り返し俺の頭を巡っていた。