バルコニー
「じゃあ、俺は部屋に戻る」
「そう」
「ああ」
「・・・」
・・・?
「・・・ねぇ、レイズ。久しぶりに一緒に寝てあげてもいいよ」
「・・・・・・は?」
いきなり何を言い出すんだコイツ。すると言った本人が顔を少し赤らめ、
「嘘。じゃね」
何事もなかったかのように去っていく蓮衣。なんなんだ一体。まだ昼だってのに。問題はそこじゃないか。久しぶりったって、ガキの頃だろうが。何を思ったのかは知らないが・・・。いつものあいつじゃなかったな。
「・・・一服していくか・・・」
一日中会議だったせいで今まで心の休まる暇がなかった。凝り固まった肩をぐるぐる回し、頭を左右にひねり、コキコキと鳴らしながらエレベーターに乗り込む。
「お」
「あ」
エレベーターの角に寄りかかっている姉、フラムと目が合う。前方に広がる夜景に目線を逃がす。
「おい、なんで目逸した」
そんなこといちいち聞くなよ・・・。思わずため息が出る。
「別に」
言いながら、縦長の箱へと歩を進める。気まずい関係にあるわけじゃない、反射的なものだ、ということにしておこう。
「お前なぁ、二十歳のくせに、おっさんみたいに肩ゴキゴキ鳴らしやがって・・・。お姉ちゃん悲しいよ」
「二十一です」
最上階のボタンをタッチしようとしたが既に明るく光っていた。姉貴もバルコニーか。
「同じだ、ぼけ」
どっちがおっさんなんだか。
「そんな口調の人におっさんだなんだ言われたくないです。姉として、いや女性として、もう少しおしとやかにして欲しいな」
「あたしはこれでも結構モテるんだ。問題ないよ」
「モテるモテないの問題じゃない」
言いながら、閉まる、のボタンをタッチする。二人を乗せた箱が静かに上昇を始め、夜景が少しづつ広がっていく。
「お前もバルコニーか?」
「ああ」
いつもの左角奥の角が姉貴に取られているので、仕方なく右角奥に身を寄せる。最上階は450階。といっても、着くまで時間はそうかからない。
かつて、密集した人口が要因でこれ以上水平にに街を広げることは不可能だと考えた人々は、今度は垂直に人類の活動領域を広げようとした。その結果が、この超高層ビルだと言われている。『国家』と呼ばれる組織があったその時代、各々の経済力、技術力を誇示するためか、純粋に自分たちの生活をより良くするためか、はたまたその両方か、より空に近い建物を造り、鎬を削った。まあそれだけなら良かったんだが、同時に軍事面、領土面でも争いがあった。
そして、とうとう、戦争がおこっちまった。今から45年前のことだ。被害は史上最悪と言われた。核の発射も一や二じゃない。全世界を火の海で埋め尽くした。人口の三分の二が死に絶え、動植物は大幅に減少、放射能の影響で大陸は容易に人の住める環境ではなくなった。各国政府は前代未聞の機能不全に陥り、もはや統制の取れる状態にはなかった。戦争が終結するまで丸十年。だが本当の地獄は終戦直後だった。食料も医療機関も存在せず、それまでナノコントローラーに頼りきりだった人々に自給自足のような生活などもはや不可能であった。餓死者、暴動による死者も続出。後の統計では、戦死者と同等か、それ以上だとさえ言われた。『国家』による統治は事実上崩壊したのだ。