来宮 岬
「浮上だと!?艦長は何考えてんだ、本当に艦長の指示なのか・・・?」
自分が乗っている潜水艦が、ゆっくりと浮上していくのがわかった。窓を覗くと、さっきまではどこを見ても真っ暗だった景色が、上の方ではもう太陽の光が差しはじめているのがわかった。
「くそ・・・!・・・とにかく、私は操舵室へ行ってくる。レイズ、お前はここでじっと------」
フラムが振り返りざまにそう告げたが、レイズは既にベッドから起き上がろうとしていた。重そうな体を無理やり立たせようとしている。
「――――――!なにやってんだ!馬鹿野郎!」
それを見たフラムは、慌ててレイズの体を押さえつける。
「・・・どけ・・・。敵が来てんだろ・・・?俺がじっとしているわけにはいかねぇ・・・」
「ふざけんな!頭に包帯巻いといて、そんな体で何ができるっていうんだ!」
「だが・・・!――――――ぐぁ!」
なおも起き上がろうとするレイズのその額に、フラムは自分の額をぶつけた。レイズはベッドに再び横たわる形となり、頭を抑える。口喧嘩でも、暴力に発展するような喧嘩でも、小さい頃からレイズはフラムには敵わなかった。そして、それは今でも変わらない。
「・・・くっそ・・・!この・・・石頭が・・・。暴力振るうことはないだろ・・・」
「こうでもしないと、言うこと聞かないからなお前は」
フラムはベッドから立ち上がり、だが彼女も同じように額をさする。彼女も彼女で、相当な痛みだったようだ。怒ったというより、呆れながらため息をつき、
「・・・いいか、ここでじっとしてろよ」
そう言って彼女は、スライドドアの横に備え付けられている四角い形をしたボックスに、自分の皮膚に埋め込まれているナノコントローラーを当てる。点いている赤いランプが青に変わり、カチッと、スライドドアのロックが解除される。
すると彼女の目の前に、一人の少年が立っていた。見ると身長は低く、瞳の色と髪の毛は茶色、服装は少々みすぼらしく、というより、発艦要員が身につけている服だった。その足は震え、目の前のフラムに怯えているように見える。
「・・・なんだ?おまえ」
フラムはその目を鋭くし、少年を睨みつける。その距離わずか三十センチ。身長差もあいまって、ますますフラムの気迫にあてられる少年。目をやる場所がなく、口をパクパクさせている。
「あ・・・いやその・・・」
「発艦要員が何こんなところで油売ってる。敵が来てるんだろ、お前は甲板に上がらなくていいのか」
フラムがそう思うのももっともだろう。戦闘配置と聞かされているにもかかわらず、廊下に突っ立っている発艦要員はいない。
「そ・・・それはそう・・・なんですけど」
彼の煮え切らない態度に、フラムはますます態度を硬化させる。フラムは昔から、こういうタイプの人間をかなり嫌う傾向にある。だが、彼女の男勝りな性格を考えれば、それは無理もないことなのかもしれない。
「・・・まあ、ちょうどいい。お前、中にいるこいつの面倒見てやってくれ。どこにも行かないように見張っててくれるだけでいい」
そう言い残し、藍色のロングヘアーを揺らしながら艦長室の方へ走っていくフラム。突然言われたことに理解できず、その場に立ち尽くす少年。
「え・・・、あ、あの・・・!」
聞こえているのか聞こえていないのか、彼の呼びかけに答えず走っていく彼女。もう少し声を張ろうとした彼だが、フラムの後ろ姿を見た後ではそれはできなかった。少しためらわれたが、仕方なく、言われた通りにナノコントローラーをボックスに当て、部屋に入る。入ってすぐ横にあるベッドの上には、額を抑えながら横たわる少年がいた。
「あの・・・、失礼します、レイズ・ミユ准尉」
声をかけると、そこにいるとは思わなかったのだろう男の声がして、レイズは驚いた様子を見せる。慌ててベッドから起き上がり、その顔を見つめる。
「ど・・・どちらさまで・・・?」
少年は、はっとして背筋を伸ばし、両手を後ろに交差させ、
「ルクソフィア社、潜水艦キュークジェルエン発艦要員の、来宮岬と申します!」
「は・・・はあ・・・」
何とも言えない空気が二人を、この部屋を包む。初対面同士が向かい合う時の、誰もが経験するであろう、あの雰囲気だ。はきはきと所属と名前を言ったはいいが、そのあとどうすればいいのか、自分が一体何をしたいのかも分かっていないらしい。
チクタク、チクタクと、部屋の壁に飾られている時計の秒針が進む音だけが鳴り響いていた。