絶望の中で
潜水から三時間後。敵からの攻撃も無くなり、潜水艦内は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「楪二等准尉、レイズ・ミユ准尉が目を覚まされました。病室五号室です」
発艦要員の服装をした男性が、乗組員室のベッドで横たわっている蓮衣に声をかける。が、蓮衣の反応はない。
「楪さん?」
この艦が潜水を始めてからというものの、誰とも口を利かなくなった蓮衣。神宮寺通信兵に促され、それからずっと兵室のベッドに横たわっている。
蓮衣を呼んだ彼は、仕方ないと、一人で病室へ向かうことにした。
病室へと続く廊下を歩いていると、アナウンスが響き渡った。
『艦長の篁だ。現在本艦は順調に航行、敵の追撃を振り切り、B・C班、及びローブルとの集合地点である旧ロシア領、ヴィリュイスクへ向かっている。あと八時間でオホーツクの町へ到着、その後、陸路で移動する予定だ』
ルクソフィアが正体不明の敵の手に堕ちると同時に、全世界各地のあらゆる社が、同じような襲撃を受けた。全てが同一社の犯行だとするのが妥当だと考える人も多かったが、世界中で同時多発的だということを考えると、協力者がいる可能性もある。この世界で最大の勢力を誇る世界三大社でも、全て自社のみでここまでできる戦力はない。
『なお、これより一時間の後、全体ブリーフィングを開始する。出航が慌ただしかったため、現在の状況を把握できていない者もいるだろう。場所は作戦会議室だ。以上』
放送が終わると同時に、彼はレイズがいる病室へ着いた。だが蓮衣を呼びに行くまでとは違い、扉が少し開いていた。誰か中に入ったよう。ガラス越しに見てみると、藍色をした長い髪のスレンダーな女性が椅子に腰掛けていた。
「------これからは反抗勢力と連絡を取り合い、そして近いうちに合流するそうだ」
「反抗勢力?」
姉、フラムの言葉を、レイズは聞き返す。
「今回のように襲撃を受けたのは、私達ルクソフィアだけじゃないんだと」
「・・・どういうことだ」
「・・・どこから話せばいいのか、いや」
フラムは立ち上がり、備え付けのテレビをつけると、ニュースキャスターがヘリコプターに乗り、爆撃されたビルを眼下に、その場の状況を伝えているところだった。
『こちら、ファウスアクト社の上空です!四十階あたりから大きな煙が出ています!周りの街の至る所からも、火の手が上がっているようです!』
「まじかよ・・・」
初めて見る映像に、レイズは同様を隠せない。画面は真っ赤な炎で埋め尽くされていた。まるで地獄絵図だ。
「ファウスアクトっていやぁ・・・、ローブル社の近くの」
「ここだけじゃない。地球上の至る所で同じような爆発が起こってる」
フラムはチャンネルを変える。場所は違うが、報道内容はどれも同じようなものだった。
「一体どこの誰がこんなことを・・・。・・・そうだ姉さん、ルクソフィアを攻めてきた奴らのことは、何かわかったのか?」
「それな。今、D・E班の諜報課が調べているところだ。手掛かりは、アーレウスという大きな戦艦、光学迷彩という高度な技術を持ち合わせているということ、そしてお前が戦った戦闘機集団。狼のエンブレム」
「狼・・・」
レイズの脳裏に蘇る、あの十二機との戦闘。なかでも敵の二番機の存在が、彼の中では大きかった。
「ロック・・・。俺はあいつを置き去りに・・・」
「そういう無駄な自責はやめろ」
「ソル大佐も・・・、あそこに?」
失言だとわかった時には、姉の顔が少しずつ暗くなっていた。
「・・・あぁ。あの野郎、なんの躊躇も無しに蹴りいれてきやがって。やり返そうと思ったらこれだ。勝手なことしやがるよな、まったく」
あの数を相手に、生き残るのはほぼ不可能だ。だが、敵の二番機が言っていた、優秀な人材を無駄にしたくはない、という言葉。あの言葉が真ならば、二人が殺されることはない筈だと、レイズは考えていた。
「まだ可能性はある。早く俺たちも------」
レイズがそう言おうとしたその時、
『十二時の方角にガンシップを確認!数は四!戦闘員は直ちに攻撃準備にかかってください!』
緊急を知らせる放送が艦内に響き渡った。