表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R/W  作者: Maki
Chapter 1 : Repeated/World
16/26

別れ

「B―01はどうした、まだ着艦しないのか」

 そう聞いてきたのは、この艦の長、篁一たかむら はじめ。白のロングコートを身にまとった、長身の男だ。解けば腰まで届くのではないかというほどの長髪は白く、ポニーテールにしている。中性的に感じるかもしれないが、その顔は凛々しく、少しばかりのシワが見え、荒波のような人生を過ごしてきたことを彷彿とさせる。

「はい、やはり妹さんのことが気になるのでしょう・・・」

 

 艦内の様子は慌ただしい。今すぐにでも出航か、ロック機の格納準備か、そして敵からの攻撃に備えたりと、予断も許さない状況にある。いつ上空の敵九機がこちらにミサイルを落としてくるかもしれず、さらには新手の攻撃もあるかもしれない。

神宮寺じんぐうじ通信兵、彼にあと二分だけ待つと伝えろ。今すぐに降りて来いとな」

「――――――待ってください!」

 隣に立っていた楪蓮衣二等准尉が振り返り、抗議の意を示す。が、艦長はそんな彼女を意にも返さず、長髪を翻し、操舵室へと戻っていく。

「くっ・・・。ロックさん!はやく着艦を!!」

 それでも彼女――――――楪さんは上空の味方機を説得する。座っている自分の手に水滴がポトリ、と落ちる。彼女の顔を少し覗き込むと、目には涙が溢れていた。異色眼オッドアイ、その両目から次から次へとこぼれ落ちる。右目は髪と同じ薄藍色、だが左目はこちらも薄いが紅色だった。間近で見るのは初めてだから、少し見とれてしまう。


 ――――――何を考えているんだ私はこんなときに。しかも女性同士で。雑念を振り払い、レーダーで上空の様子を確認し、私も未だに降りてこようとしない彼を促す。

「クォーク四等准尉、時間がありません。直ちに着艦を」

 返答はない、聞こえてくるのは、上空の戦闘機の爆音とミサイルが乱れ合う様子。どうやらソル大佐が敵を足止めしてくれているようだ。だが大佐とはいえ、敵の数が多すぎる、あまり長くは持たないだろう。

「・・・今の我々では、奴らに勝ち目はありません。上層部は一度戦力を整え、反攻作戦を開始することを決定しました」

 これ以上この場に居続けるのは得策ではない。彼を早く説得しなければ。


『妹を置いてはいけない』

 少しの間の後、返答があった。

「ロックさん!お願いです!ここは一度下がって出直しましょう!」

 横の彼女は涙ながらに訴えている。乗艦した彼女は数箇所から出血しているにもかかわらず、医療班の静止も無視して、真っ先にこの通信室に駆けつけてきた。

『蓮衣ちゃん・・・。レイズは無事かい?』

「はい、無事です・・・!今治療を受けて――――――」

 そこで、ハッと思い至る。もうひとつ気がかりがあった。聞くべきかどうか逡巡したが、耳の装置に手を当て、彼女に聞こえないように艦長に連絡を取る。 

「艦長、――――――ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

と、その時艦内に放送が響き渡る。

『各員に告ぐ、これより本艦はこの場を離脱。潜行し、B、C班との合流ポイントへ向かう』

「!!」

 蓮衣は動揺を隠せなかった。直後、艦内のあらゆる部署から通信が入ってくる。

『――――――機関室了解。潜航準備!ハッチ開放、バラスト注水!』

『確認。深度150、方位347!』

「そんな――――――、待って!!まだ――――――」

 突然、彼女の顔が徐々に青ざめていく。

「・・・・・・まさか――――――」


 


 ラティアは海面で潜行を開始しようとしている潜水艦を見つめる。

 この事態は少し予想外だったわね、まさか仲間を見捨てていくなんて。

《去ろうとしてるわよ、あなたの仲間たち》

 ソルもこの状況に気づいていないわけはない。それでもこちらから決して目を離そうとしない。だが何も喋ろうとしない。

《わかるわ、何も言わなくていい。あなたといえど、この展開は予想していなかったんでしょ。放心するのも無理ないわ》

 戦況は相変わらずの拮抗。どちら側も無傷。

《ここまでよく耐えたわ、一人で。でも流石にあなたの運も尽きたかしらね。唯一の逃げ場の、最期の切り札も今失おうとしている、ルクソフィアの滑走路も既に私たちが占拠。まさか、このまま燃料が尽きるまで私たちとやりあう気かしら》

 すると、下から戦闘機が登ってくる。さっきやり損なった機のようだ。

《・・・てっきり着艦したものだと思っていたけれど。どういう心境の変化かしら?》

 そしてそのまま、ソルの機体の後ろにつく。まるで自分がソルの二番機だとでも言うように。





「ソル大佐」

 ロックはソルに呼びかける、が、反応はない。なんだ、敵が多すぎて疲れたのか。慣れないことするからだ、このやろう。

『何故来た』

 ・・・第一声がそれかよ、来てやったことに感謝しろよな。ま、先に助けられたのはこっちなんですけど。

「いえ、なに、“漆黒の五芒星”ともあろうお方が少々手こずっておられる様子ですので、微力ながら、ほんの微力ながらお手伝いさせて頂こうかと」

『貴様が俺の二番機を?百年早いな』

 ちっ。こんな状況でもいつもと全く変わらねぇ。愛想のねぇ奴だ。

『――――――この世には、自分が信じ込んでいるものほど、実際はそうではないということが多い』

 ――――――いきなり何言い出すんだ、こいつ。

『覚えておけ。お前が今まで生きてきた中で得た“常識”、それらはすべて単なる“偏見”にすぎない』

「・・・何を」

 構わず、やつは続ける。

『自分の力で答えを見つけろ。物事の本質を見誤るな。・・・そうすれば、本当に自分が何をすべきかがわかるだろう』


 




『彼から報告は受けている。ここに残る腹積もりのようだ』

 ・・・やはり・・・。周りが出航準備慌ただしくしている中、艦長から通信でそう聞かされた神宮寺は、蓮衣に目を向ける。・・・このことを知ったら、彼女は正気を保っていられなくなるかもしれない。今交戦中の大佐は彼女の直属の上司に当たるはず。同僚だけでなく、慕ってきた上司とも別れることになると知ったら・・・。

「本気ですか・・・?彼らは今回誰よりも――――――」

『活躍した――――――か?・・・確かに、彼らの奮戦がなければ、被害はこの程度では済まされなかっただろう。だからこそ、彼らの犠牲を無にするわけにはいかない。君もわかっているだろう、神宮寺通信兵』

 確かにそうかもしれない。これが最善策なのだろう。・・・だが――――――


『このままではこの艦の乗組員全員が死ぬことになりかねん。そうなればルクソフィアの奪還など今以上に現実的ではなくなる』

 ・・・いや、今は考えないでおこう。考えたって仕方がない。どうせ私一人なんかの力じゃ、どうにもならないんだから。

「・・・失礼しました。任務を続行します」

 

『敵ミサイル発射!応戦しますか!?』

『構うな!潜れば振り切れる!』

『潜水開始!』

『くそっ・・・間に合いません!衝撃に備えてください!』


 ズゥン・・・!!

 ザザッ・・・ザザー・・・――――――

 

『蓮衣』

 突然、ノイズ混じりの音声が流れる。するとそれまで横でうなだれていた彼女がピクっと反応する。

「・・・・・・え――――――」

『今までありがとう、蓮衣』

 ザザーーーー・・・・・・


「ソル大佐・・・!ソル大佐!!」

 

 なおも潜航していく。二人を引き離していく。ここまで潜ればもう通信はできない。

「応答してください!!ソル大佐!!ソル大佐!?ロックさん!!聞こえる!?ソル大佐に早く――――――」

 彼女は潜っていることに気づかないほど、混乱してしまっている。もう通信が切れていることに気づいていないのだ。ソル大佐はもちろん、ロック准尉にも、もうその声は届かない。

「ロックさん!・・・何してるんですか・・・?」

 目には溢れんばかりの涙。その涙が彼女の頬を伝って流れ落ちる。

「聞こえないの!?ねえ答えてよ!!答えてよ二人とも!!ねえ!!」

 止めるべきなのだろう。言うべきなのだろう。だが私にはできなかった。

「・・・答えてよ・・・!・・・お願い・・・」 

   

 全身から力が抜けたように膝をつき、うなだれる彼女に、私はかける言葉が見つからなかった。

 


「――――――ごめんなさい・・・・・・」

 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ