交戦
『B―01、ABL照射!誰一人生きて帰れると思うなよ!!』
ロック機が主翼の先端から光線を放つ。機体は直進方向に向かって回転しているため、光線が残像のようになる。
『てめぇら、どこの所属だ!』
ロックが敵の集団に突っ込んでいく。
「単機行動はよせ!」
聞いてないなこいつ、編隊飛行しようって気が全くない。仕方ないが、俺が二番機のようだ。向こうは扇状の形を組んでこちらに向かってくる。
《リューコス1から各機、敵はたったの二機だが油断するな。見たところ、それなりの空戦技術は持ち合わせているようだ。それに一応隊長機、全力で当たらねば失礼というもの》
《リューコス5、了解です》
《リューコス9了解。少しは楽しませてくれよガキども》
『ガキじゃねえよ!』
そして、ロックが敵の先頭と高速ですれ違う。機体は真っ白なカラーリング、垂直尾翼には白い狼のエンブレム。あれがおそらく隊長機だろう。続いて俺とすれ違った時、視線を感じた。それに一瞬だが、目があった気がした。気持ち悪い連中だ。
そして、このすれ違った瞬間こそ、交戦開始の合図。両者一斉に旋回し、向き合う。操縦桿の手に力を込め、ミサイルを放とうとしたその時、ロック機の数メートル左でミサイルが通過していくのが目に入った。――――――敵が放ったミサイル。
『な・・・!――――――おいてめぇ!規約違反だぞ!』
《おいおい、僕は確かに機体がすれ違ったあとにミサイルを発射したよ?》
『なんだと・・・?だが向き合う前にミサイルが・・・!』
ピーッ、ピーッ
ロック機にミサイルアラートが鳴り響く。
『くっ・・・』
苦味を噛み潰したような顔をして回避行動をとる。まずい、早速敵に後ろを取られた。多分ミサイルを放ったやつだろう。
《あはははは!!》
『気持ち悪い野郎だなてめぇ!』
《口悪いねぇ君、年上にそんな言い方駄目だろ?それに、文句を言うだけじゃ相手を堕とせないよ》
『あの野郎・・・!』
「援護する」
急旋回し、ロックを追う。
《させません!》
そりゃまあ俺も後ろに付かれるわな。後ろからさらに二機がついてくる。しかもなんか真面目そうだ。
《大人しく投降を!》
この声は背後の二機のどっちだろうか。
「てめぇらのせいでうちはめちゃくちゃだよ」
『私たちが来る前に別勢力からの攻撃があったようだな。不運だったな』
「そんな偶然あってたまるかよ。しかも投降だと?そっちがふっかけてきておいて、ふざけたことを。こちとら腸煮えくり返ってんだ――――――よ!」
前方にブースト。後方二機との距離がどんどん縮まっていく。
《な・・・!減速だと》
《まずい、リューコス12!回避しろ!》
「おせぇよ」
後方敵二機が自機を追い抜く形になり、キャノピーが捉える。ロックオン完了。
「C―01、フォックス3」
レイズ機からミサイルが発射される。二つのミサイルがそれぞれの機体を狙う。
《く・・・。この程度・・・!》
そして二機が同じように回避行動。
《甘いのではないですか!?特殊兵装ごときで――――――》
こいつは俺が特殊兵装で片をつけると思ったんだろう。甘いな。
「ABL、照射」
《な・・・当たるわけがない!!自動照準もなしに――――――》
ドン! ドォン!
《ほう》
《!!》
高みの見物を決めこむ敵隊長機。その退屈そうにしていた目が一瞬見開いた。対して隊長機右後ろに控える形で待機していた人物は驚いた様子を隠せないようだった。
《リューコス4、リューコス12が・・・》
奴らを堕とすか。なかなかやるじゃないか。一対一で勝ったとしても驚くべきなのだが、これだけの戦力差があるなかで一気に二機も。僚機の援護に回るだけで手一杯かと思ったが、まだ後ろを見る余裕があったか。
《・・・隊長?》
いや、もしかすれば、はじめから何機かを誘い込むつもりだったのか。それにこの数だ、味方機も少なからず油断が生じる、そこに付け込んだのか。反対に自分は劣勢であっても決して後ろに下がらないあの精神力、戦闘機の数と配置を即座に頭に叩き込み最良の戦法を編み出す状況判断能力、そして何よりも――――――。
《・・・あの機体。EADSのない状況でレーザーを命中させるとは・・・》
気づいたか。そうだ、ほぼありえない芸当なのだ。常に一直線上を飛行する敵機を当てるとなれば容易に可能だろう。ずっと照準の円の中にいてくれるのだ、ボタンを押せば誰でも当てられる。だが先程はそれとは状況がまるで違う。自分も敵機も縦横無尽に動き回る中で、自動照準を使わずに自分の感覚のみで敵を撃ち落としたのだ。ヘタをすれば、前方にいた僚機に当たる可能性もあった。そして自機が追い抜かれた瞬間に、二機がどのように回避行動するのかを予想して、それを見事に当てた。迷うことなく。
だが――――――、
《ラティア、そろそろ時間だ。あとは頼むぞ》
《ご自身で堕とされないので?》
旋回行動を取ろうとする隊長に、ラティアと呼ばれた人物は意外そうに尋ねる。
《どうやら高度な技術を持ち合わせているようだがな、私の相手ではない。お前も、さっさと済ませてこちらに来い》
そう言って隊長を乗せた白の機体は、単機でルクソフィアの滑走路へ降下していった。
『待て!何処へ行く!』
《隊長を追いたいのなら、この私を堕としてからにしてもらおう》
その声を聞いたロックは目を見開く。
『てめぇ・・・、・・・女・・・なのか?』
《関係ないでしょ、戦場に男も女も》
両者しばらくにらみ合い、ロックが思い出したように口を開く。
『・・・そういや、最初の質問の答えをまだ聞いてねぇぞ』
《質問?》
『てめぇら、どこから来た。どこの社の所属だ』
《それは私の独断で言えることじゃないわ》
ちっ、と舌打ち。
《そんなことより、彼、なかなかの機動じゃない。実戦から遠ざかっていたラスクの傘下の実力がどれほどのものかと思っていたんだけど。少しは楽しませてもらったわ。これはラスクの連中とやるのは骨が折れそうね》
『質問に答えろ!』と言おうとしたが。今なんて言ったこいつ・・・、ラスクとやりあうだと・・・?ラスクフォースと・・・?
『・・・戦争を起こすつもりか・・・!?』
《大人しく引き下がってもらえないかしら。私たちもこんなくだらないことで、優秀な人材を無にしたくはないわ》
それを聞いたロックは突然笑い出す。
『はははは!・・・おいおい、まるで俺たちがお前らの仲間になるっていうふうに聞こえたが、こっちの聞き違いか?』
《今この言葉、この状況でもう一度聞き返すとはね。そう言ったつもりなんだけど、もしかしたら頭は残念なほうなのかしら?》
『論外だってんだ!』
叫ぶと同時に上昇するロック機。その先には敵二番機。
『高みの見物で余裕こいてんじゃねえぞ!』
《単機で突っ込んでくるような子供に言われたくわ》
『堕ちろ!フォックス2!!』
《それに女性に後ろから不意打ちなんて、礼儀がなっていないんじゃない?C―01》
「!!」
ドオォン!!
敵二番機はすべてわかっていたかのように、機体を僅かに滑らせ、機首をいま自分がいた方へ向け機銃を2発放った。そこを真上から高速で通過したレイズ機のエンジン部に当てた。
『レイズ!!』
ロックの目の前でレイズ機が火を噴き、すれ違いざまに落下していく。
《挟撃。息の合いようは素晴らしいわ。タイミングも文句なし。互が互を知り尽くしていなければ、揺るぎない信頼がなければ、到底できない芸当ね。――――――だけど》
『くそ!』
方向転換しようとしたロック機。だがその動きも完全に読まれていた。まるでこうなることがわかっていたかのような動き。こっちは不意を付いたつもりだった。あの敵二番機を挟撃できるように動きを誘導していたつもりだったが、逆にこっちが誘導された。そして総勢九機により大量のレーザー照射が浴びせられ、機内のアラートが鳴り響く。
《止まりなさい。そうすれば命は――――――》
だが、ロックは構わずレイズを追う。力なく堕ちていくレイズ。命があるかどうかもわからない。命があっても操縦不能ならば赤い海に落ちてどのみち死ぬ。追えば間違いなく奴らに撃たれる。追って攻撃を奇跡的にくぐり抜けたとしても、助ける術などない。だが、
『今助ける!!!』
そう考えるよりも先に、ロックは急降下していく。
《――――――!!・・・馬鹿な子》
《命令を、副隊長》
はぁ、とため息をつき、彼女は攻撃命令を下した。