海面
――――――!
悪い夢から覚めた時のように、レイズは目を開ける。動悸が激しい。今まで自分が何をしていたのか、すぐには思い出せなかった。操縦席に座っていることに最初は驚いたが、その経緯はさすがにすぐに思い出した。
(そうだ・・・。たしか、アルモンドへの調査の任務で・・・)
滑走路からもくもくと上がっている黒煙が目に入る。一瞬驚いたレイズだったが、事の次第をすぐに理解した。
(久留谷・・・城塚・・・リコ・・・みんな・・・)
あれは現実だったのか、悪い夢ではなかったのかと、再び負の感情がレイズを襲う。あの爆音を耳にして以来、あいつらから通信は入ってきていない。脱出してくれていることを願うしかないが、ほぼ不可能だろう。交戦中ならベイルアウトすることも可能だが、あの爆発はなんの前触れもなく起きたのだ。おそらく、何者かが久留谷達の機体に爆薬か何かを仕掛けたと考えるのが妥当だろう。ならば同じ隊である自分の機体にも仕掛けられていてもおかしくないはずだが、今こうして空を飛んでいる以上、それはないのだろう。ならば同じタイミングで爆発していてもおかしくはない。今こうして生かしていることに意味はないだろう。だが、どうやって爆薬を仕掛けたのか。離陸直前はハンガーの整備士により機体を綿密にチェックされるはずだ。どんなに小さな爆薬でも、必ず見つかる。・・・だとしたら、考えたくはないが、・・・裏切り者、スパイがいるということになる。まさか・・・。だが――――――
・・・!・・・こんな時でさえも、かけがえの無い仲間が死んだ今でも、こうやって冷静に物事を分析しようとする自分が嫌になる。どれだけ自分は非情な人間なんだ、と。やはり自分は人の死に慣れすぎてしまっているのか。
いや待て。そのあと俺はどうした。その思考に至ると同時に、額から大量の汗が吹き出す。手がガクガクと震えだす。さっきと同じだ。さっきってなんだ。さっきってのは・・・そう、声。声がしたんだ。誰かの声が聞こえてきて、そして身体の自由が効かなくなった。
――――――そこからの記憶は・・・ない・・・。気を失ってどのくらい時間が経ったのか。・・・いや気を失ってこうして飛び続けられるのか?目を塞がれながら飛ぶよりも難しい。うろうろ飛んでいるところを敵にあっさり堕とされてもおかしくない。いや、敵の手を煩わせるまでもなく、地面や建物に激突して終わりだ。普通はそうだろう。俺はとっくに死んでるはずだ。・・・いや、実際にもう死んでたりしてな。
『レイズ・・・』
通信が入る。ロックからだった。よかった、どうやらあいつもとりあえずは生きているらしい。
「ロック・・・」
『どうしちまったんだ・・・お前・・・』
「ああ・・・すまない・・・。心配かけたな。でももう大丈夫だ」
『一瞬地面に激突しそうになって、気でも失ったのかと思ったら、今度はすごい勢いで敵を堕としていって・・・』
ロックが何を言っているのか、理解できなかった。敵を?俺が堕としたって・・・?
レーダーを見ると、適正反応が一つもなかった。あれだけ迫っていたミサイルの反応もない。レーダーの故障かと思い、周りを目視したが、それでも敵がいないというそのことに変わりはなかった。
「誰が堕としたんだ、あれだけの数の敵」
『お前だよ』
ロックの口調は、いつもの俺に対するものではなかった。今まで隠していた秘密を知られてしまい、友達の見る目が変わった時のような、そんな感じ。そしてこの時とうに、俺の心のどこかでは、ロックの言っていることが正しいってわかってた。だが認めたくなかった。
「いや、記憶ねえよそんなの。俺、多分気を失ってたんだぞ」
『だが確かにお前が、お前の機体C―01が、敵を全て堕としたんだ』
聞きたくなかった言葉だ。わかってはいても。そうなのだと、頭では理解していても、納得できない、気持ちがついていかない。
『交戦記録もある。計器見てみろ、そろそろ弾薬も尽きる頃だろう』
言われて計器に目をやる。・・・なんでABLが使い切られてるんだ。俺は一回も・・・。それに燃料もそれなりに減っている。
「俺はどれくらい・・・、気を失っていたんだ・・・」
『気を失って、あんなアクロバットな飛行ができるかよ。建物の隙間という隙間を抜けて、海面ぎりぎりを飛んで、なによりもほとんど単機で奴らを相手にしたんだ。見てるこっちはハラハラしたがな、死ぬかと思ったよ』
『ははは、冗談抜かすなよ』と、笑いながらロックは言った。機体に備え付けられている時計に目を見やる。p.m.06:54。3、40分も気を失っていたということになるのか・・・。ならどうやって機体を操作したんだろうか。
ピーッ ピーッ
突然、ミサイルの接近を知らせるアラートが鳴り出す。
『ミサイル!?どこから!』
周りに敵機は見えない。長距離から狙っているということか?慌ててレーダーに目線を移すとミサイルを示すマークが機体のすぐ近くにあった。
「近くだ!レーダーの故障か!?」
『海面だ!よけろレイズ!』
「海面――――――」
ドォン!
「くっ・・・・そ・・・、くらっちまった・・・!」
機体のダメージは――――――、まだ大丈夫のようだ、しばらくは持つ。急いでその場から離脱を試みる、が、アラートは鳴り止まない。敵に攻撃されている証拠だった。目視でもしっかり見える。真下の海面からミサイルが次々と射出されていた。
「いつのまにここまで急接近したんだ!レーダーにも引っかからず・・・!」
『次来るぞ!敵ABL照射!!』
レイズのすぐ横を赤い光線が通過する。間一髪だった、避けようと思って避けられるものではない。
「くぁ・・・!あぶね」
『気を抜いたら今度こそ死ぬぞ!』
「次から次へと・・・!」
二機はミサイルの発射源から距離を取る。だがどれだけ距離を空けてもアラートは鳴り止まない。まるで距離をとることに意味がないとあざ笑うかのように。
『NLD(超微細自動追跡表示機器)は使えない!攻撃できないぞ!』
そう、そこが一番の問題だった。普段ならEADS(広範囲防空システム)と呼ばれる無人機が成層圏に位置し、機体の微調整をするはずだった。人間には難しい、例えば攻撃時、目標に正確にミサイルを発射するための零点補正や、機体操作時のエンジンの細やかな加速や減速、敵に狙われた時の自動回避。パイロットが脳内で思い描く飛行をほぼ100%忠実に再現するシステム。だが今はそれがない。今回はE班のガンシップに載せられるはずだったEADS。今はC班までしか離陸できていない。しかもEADSは地上では使えない。
つまり、ミサイルを発射しても自動追跡してはくれないのだ。笑えない冗談。しかしやるしかない。見えない敵を沈めるか死ぬかのどちらかだ。心を決め、機首を発射源に向け、一気にブーストをかける。
「・・・いくぞ・・・!土足で人の島荒らすとどうなるかおしえてやるよクソ野郎!!」
ドゴォン!!
とその時、発射源が爆発、赤い炎を吐き出す。
「!?」
『なんだ・・・突然・・・』
すると目の前に突如機体が現れる。目の前を通りすぎようとしたということではなく、もともとそこにいたようだ。
「光学迷彩・・・」
その機体には見覚えがあった。真っ黒なカラーリング、対空戦闘に特化したフォルム、垂直尾翼には星のエンブレム。
『貴様らごときが、アーレウスに太刀打ちできるなどと思うな』
そう言い捨てたのは、E班大佐、クワイン・ソルその人だった。