Prologue
「人生は一度だけのものなのか。」
最近、僕はこの問題を自身に問うている。暇になれば大抵そう。何故こんな事を考えるのか。考えたくなくても。勝手に。自分の意思とは関係なく。それこそ、自分で自分を追い詰めるように。まあ、こんな事考えるのは自分だけでは無いだろうが。そんな考え、今の世の中どこにでも転がっている。
「人生は一度だけ。」
聴こえてきたのはそんな歌詞。今日は特に聴きたい曲もこれといってなかったのでランダム再生にしていた。そしたらこの曲が流れた。自分がこの問いについて考えている時に偶然流れたのか、あるいはこの曲を聴いてそれにより無意識に考える頭になったからなのか。今の自分には理解できそうにない疑問。まあそれはそれとして。
そう、この人も同じこと考えてる。同じ考えを持った人がいると、自分がなんだか正当化された気分になる。お前だけじゃ無いんだ、そんな疑問を持つのは。と言われているみたいで。励まされているみたいで。ああ、自分だけじゃないんだ。よかった。何故こんな気持ちになったのか。答なんて、そりゃ自分の考え、悩みを誰かと共有したかったんだろう。その誰かが会ったことも無いアーティストというのも悲しい話かもしれないけど。
夏に見るような青と白のきっちり配色された空ではなく、どれが空でどれが雲なのか分からないような全体が灰色がかった天気、いやきっとあれ全部が雲なのだろう、そこから降ってくる雪、或いは霙。眼下にある線路に積もらず溶けていくのを見ると霙だろう。この地域に雪や霙が降るなんてことは滅多にない。例年通りなら年が明けた一月や二月に降る。今は十二月中旬。この時期に降るなんて記憶の限りでは初めての経験だ。今年は暖冬になると言っていたあの天気予報はなんだったんだ。確かに十一月は暖かかったが、こうも寒暖差が激しいと着ていく服の選択に困る。
コートのポケットに手を突っ込み、首のマフラーに顔をうずくめるようにして電車を待つ。衣類の隙間を狙って入ってくる冷たい風が悩ましい。最低気温が零度を下回るなんて、冗談じゃない。周りを見渡すと、皆も同じ様に身を縮こまらせるようにしている。会社員やOLだろうか。自分もああやって社会に出て働く日が来るのだろうか。想像に難しい。アルバイトはやっているが、それとこれとはまた別だろう。
電車が遅れているというアナウンス。人身事故のためだという。こんな時にホント勘弁してほしい。ただでさえ寒いってのに。このホームに立ってからそれなりの時間が経っている。
人身事故…。電車に誤って撥ねられたのか、それとも自ら進んで撥ねられたのか。後者なら自ら死を選んだことになる。自死、自決。あまりいい表現ではないかもしれない。その人はこの世界で生きていくことを放棄した。自ら。それしか選択肢が無かったのか。
止めよう。何を考えているんだ僕は。考えてどうなるものでもない。自分の命。自分の人生。どうしようがその人の勝手。他人が自分の命を、人生をどう全うしようが僕には何ら関係のないこと。
命は大切にしようだとか、命を粗末にしてはいけない、などという人もいる。公の場では、道徳的に考えれば、その考えは正しいのかもしれない。そこまでいくと、何が正しいか何が正しくないか、誰が、何を、どう正しいと考えるか、なんて、今迄もよくあったであろう話になってしまう。とどのつまり、自分次第てことだ。そう決めつける。
風が勢いを増してきた。冷たいとか、そういうもんじゃない。何本もの針が自分の顔に突き刺さるような。そういう感覚に見舞われる。よくまあこの寒さで時間通りに起きれたものだ。我ながら。
今日の一限の講師は始業直後からレジメの空白を埋めていく。遅れるわけにはいかない。
「まもなく電車が参ります。危ないですから白線の内側に―――――」
アナウンスがそう告げる。
やっとか。寒い、寒すぎる。早く温まりたい。あわよくば座りたい。まあ座れるだろうが。通勤ラッシュの時間帯とはいえすべての座席が埋まるわけでもない。車両の最後尾は結構簡単に座れるのだ。その状況を通勤ラッシュとは呼べないかもしれないが。
ドン。
ここからは五秒もあったかどうか。
感触があったのは背中。何かに押されるようにして、顔が勝手に上へ向く。
真っ赤な真っ赤な、赤色が目に飛び込む。空が赤い。なんで・・・?
グシャ。
電車が体を押しつぶし、線路に体を叩きつけられる。最後の記憶は、容赦なく眼前に迫り来る巨大な車輪だった。