私はもう死んでいる。※ポロリもあるよ!
鬱蒼とした森林の中、私はモンスターと戦っていた。
鋭い鉤爪をすんでのところで避ければ、皮膚を掠め、服が破けていく。
あ、いけない!
そう思って思わず突き出した剣が、偶然モンスターに刺さった。
核をうまく破壊したらしい、モンスターが霧散していく。
よかった……いや、全然よくない!
「アン、大丈夫か!?」
アンというのが私の名前だ。
近寄ってくる少年に、どうしましょう、と私は顔を覆った。
「どうした!?」
「ポ、ポロリが……」
「えっ!?」
胸元を抑えながらそう言えば、少年——シイロの顔が真っ赤に染まる。
そこで、私はポロリを見せた。
シイロの顔が真っ青になった。
「どうしましょう、眼球がポロリと……」
「うわぁあああっ!」
「ちょ、逃げないでくださいよ!」
私は逃げるシイロを追いかける……眼球を突きつけて笑いながら。
ヤバイ、楽しいなコレ。
あ、そうそう、私……アンデッドに転生したのです。
そもそも私は普通の現代人、女子高生だった。
ただ、事故にあってウッカリ死んじゃった後、あーれーとばかりに吸い込まれて、気づいたら、このシイロが用意していた死体に取り憑いてしまっていたのだ。
シイロ曰く、本来なら肉体の持ち主だった魂を呼び入れるのだけど、なんの因果か死んだばかりだった私の魂が召喚されてしまったということだ。
だからか、こんな自我の強いアンデッドは珍しいとのことだが、まぁ私にはよく分からない。
「はめた? 眼球、ちゃんとはめた?」
「あはは。もうはめましたよ」
「そ、そうか……」
「と見せかけて眼球ドーン」
「ぎゃぁあああっ!」
シイロということ少年は、死霊術師の見習いにして、死蘇体たる私の主だった。
「も、もうやだ! 眼球やだ!」
「あははは」
……グロいのが苦手なビビリだけど。
実はもう一度やるつもりだったんだけど、仕方ないので、私は右目の眼球を押し込んだ。
パチパチと二回瞬きをすると、視覚が戻る。
痛くもないんだけど、右目は外れやすくて困るんだよね。
この子生前、肩が外れる癖みたいに、眼球が外れる癖でもあったんだろうか。
「ほら、ちゃんとはめましたって。傷縫ってくださいよ」
「本当に本当に、本当か?」
「あははは、信用ないですねぇ」
「自分の行動を考えろ!」
と怒鳴りながらも、シイロは寄ってきて、カバンからソーイングセットもどきを取り出した。
「で、怪我したのはどこだ? 見せてみろ」
「えっと、腕と足と……」
見せるとすぐに、シイロが傷をスイスイと縫っていく。
アンデッドの体は自己治癒力がないから、縫って塞ぐとのことらしい。
しっかし、死霊術師の七つ道具が一つ、傷直糸くん……名前はダサいが流石の性能だ。
縫われたところがくっついていくのを、おお、と見つめた。
「他には」
「うんんー、もう無いですかね」
そうか、と言うと、シイロは糸をプツリと口で噛み切ってソーイングセットに仕舞い込んだ。
「悪いな、いつもお前に怪我させて」
「いやいや」
死霊術師は死体を使って戦う、この世界ではスタンダードだ。
痛みはないから、別に構わないと言ったら構わない。
「というか主さま、ここまで丁寧にやってくれなくて良いんですよ? 私、死にませんし」
「……」
そう、アンデッドは死なない。
だって死んでるから。
それを良いことに、治療もせずにひたすら戦わせておいて使い捨て、なんて術師もいるくらいなんだから。
シイロはグッと一瞬詰まってから、
「俺が嫌なんだよ。傷つかせるのだって、本当は……」
と絞り出すように言った。
優しすぎますよ、という言葉は飲みこむ。
全く、ビビリのくせして……。
「やっぱり、あなたが私の主で良かったですよ」
私が笑えば、シイロはビクリと身構えた。
「なんだ、油断させておいて、また眼球やる気か!? そ、そうはいかないからな!」
「……」
もうちょっと、信用して欲しいなぁ。
……まぁ、自業自得なんだけど。
そもそも、私たちが何故こんな慣れない森林でのモンスター討伐をやっているかと言えば、それは少し前に戻って話をしなきゃいけない。
「それで、今日も収穫はこれだけ?」
「はい……」
演習場での訓練を終えて、倒したモンスターのリストを見せれば、そんな言葉がかけられた。
少ないねぇ、と煙草の煙を燻らせるのは、死霊術師の養成学校の教師、つまりシイロの先生だ。
「すみません、先生。私のせいですね」
ひょこりとシイロの後ろから顔を出せば、あら、真剣だった顔が笑みに崩れる。
「あら、アンちゃんは良いのよ。アンデッドがあんまり活躍できてないとしたら、それは主の責任なんだから。……それにしても、今日も可愛いわね、アンちゃん」
「あ、ありがとうございます」
「解剖させてくれない?」
「全力で拒否させてもらいます」
残念ね、と本当に残念そうに言うものだから、私は思わずシイロの後ろに隠れ直した。
死霊術師には変た……変人が多いそうだが、この人以上は見たことがない。
誰もが先生って呼ぶものだから名前も知らないし、性別も不明。
その道では有名だそうだけど、その道ってどの道? って聞くと誰もが口を閉ざすのだからすごい気になるところである。
まぁつまり、謎の多い人ということだ。
「で、どうすんのよシイロ。あなた、このままじゃ留年よ?」
「えっ! 本当ですか!?」
「だって、総討伐ポイントが規定に全然足らないもの。数も少ないし、雑魚ばっかりだし」
「えええ、どうしよう……」
シイロが目に見えて動揺し始めると、先生はニヤリと笑った。
……嫌な予感がする。
「そんな二人に、先生からちょっと遅めのクリスマスプレゼントがあるの♪」
「はい……」
同じく不穏な空気を感じたらしいシイロが、ゴクリと唾を飲んだ。
「最近、森林区画に出たって言う巨大モンスター、二人で倒してきてちょうだい?」
ああ、やっぱり。
そして、今。
「いやぁあああ!」
「ちょ、速い! アン、走るのが速すぎる!」
私たちは絶賛そのモンスターと追いかけっこ中です。
シイロはちなみに、私がお姫様抱っこしているが、ガクガクと揺られて凄いことにらなっている。
「なんですかアレ! 3メートルはありますよ、デカすぎじゃないですか!」
「だから巨大モンスターなんだろうが! って、アン、だからもう少し速度緩めろ!」
「無理ですっ! それに、喋ると舌噛みますよ!」
アンデッドなだけあってリミッターを全部外してるからか、私のスペックは凄いことになってるけど、それでも追いついてくる。
ヤバイ、これはヤバイ、早く森から出なきゃ!
「ちょっと、主さま今あいつどこにいるか見れます?!」
「えっ? 待ってく、痛っ!」
舌を噛みながらも、シイロは懐からメガネのようなものを取り出してかけた。
七つ道具その二、“視えるんです”——周囲の生体反応や魂などを赤外線カメラのように見られる代物だけど、まぁもうネーミングセンスについては何も言うまい。
「後方10メートル、8、7……どんどん近づかれてるぞ!?」
「大丈夫ですっ! もうすぐ森を抜けます、そうすれば……!」
明かりが見える方へと必死に走る。
足の筋肉や関節が痛んできているような感覚がするけど、構ってられない。
「っ! ……はぁっ!」
「出られた? 出られたのかっ!?」
「はい、なんとかこれで……」
何とか森を脱し、平原に出たところでシイロを下ろす。
と、後ろからバキバキズゴーンとでも表現したくなるような轟音が響き渡った。
モンスターって、基本生息地から出られないはずなんだけど……。
「……出てきちゃった」
「このモンスター、森から出られるのかよ……」
思わず呆然としかけた私たちだが、そのモンスターの咆哮にハッとした。
ともかく、こいつを倒さなきゃいけないことには変わりない。
なら。
「主さまは私の後ろに! 迎え撃ちます!」
「だけど、アンっ!」
「心配しないでください。私は死にません! だってあなたが好きだから!」
「なっ!?」
ネタで言っただけなんだけど、シイロは顔を真っ赤にした。
ウブだなぁ……なんて、ほっこりする暇もない。
「大丈夫ですよ、主さま。私の能力をお忘れですか?」
「っ!」
死霊術師が死体をわざわざ使うのには訳がある。
そして死蘇体が強いとされる理由も、リミッターが外れるから、だけではない。
「……任せたぞ、アン」
「はいっ!」
アンデッドは蘇る際に——
「物質創造! すごい軽いけど威力は凄まじい、巨大鉈っ!」
特殊な能力を得るのだ。
火を吹くだとか、水を凍らすだとか、その能力は様々で、私はこの“物質創造”。
指定したものを、指定の条件通りに作り出す能力。
刃渡り二メートルにも及ぶ鉈なのに、重さは二キロにも満たないだろう。
「だぁああああっ!」
羽のように軽いそれを、バットでも振るかのように振り回す。
体に無茶を強いたせいか、腹部に違和感があった。
けど、構わずに打ち抜き、
「やぁああっ!」
その核を破壊した。
その姿が霧散し、倒した証明のように、ドロップする。
よしっとガッツポーズをすると、ポロリ、と落ちた。
「アン、大丈夫か!?」
「あ、主さま、大変です」
「どうした!?」
私は覆っていた右の顔半分を見せ、
「眼球、どっかに飛んでっちゃったんですけど……」
「うわぁぁあああっ!」
今度はお腹を塞いでいた手を放す。
「なんかさっき無理し過ぎたみたいで、腹の皮が破れちゃって……ほら、腸がビローンと」
「ぎゃぁあああっ!」
逃げ出したシイロを、待ってくださいよ〜、とはみ出た腸を振りながら追いかけた。
私の日常は、こんな感じに平和である。
そしてその成果を見せに戻った時、先生は衝撃の事実を吐いた。
「そう言えばシイロ、あなた、前に七つ道具の名前のセンスがどうとか言ってたわよね?」
「え? あ、はい」
ああ、やっぱりみんな感じてるんだ、と思ったのもつかぬま。
「あんたも大概よ。アンちゃんの名前って、アンデッドのアンなんでしょ」
「……えっ?」
振り向けば、シイロは不自然な方向を向いて頭をかいていた。
「それ本当ですか?」
「えっ、いや……」
イラッときたから、ポンポンお頭を突いて出た眼球を投げつけておいた。