夜話3「歳と物忘れ」
「こんばんは、またお会いしましたね。夜明けを待っていたのですが、それはまだのようです。なのでこんな夜遅くまで起きている貴方にお似合いの話をしてあげましょう……。」
あるところに、毎日毎日お花にお水をあげる、心優しい女の子が居ました。彼女の名前はマーリア。普通の、ごくごく一般家庭に生まれ育った村娘です。
ですが彼女は人より少しだけ、物忘れがひどかったのです。
「ねえ、ミシアン。」
「なんだいマーリア。」
「今日は何月の何日だったかしら?」
「今日は2月の8日だよ。」
「そう。ありがとう、ミシアン。」
自身のおば、ミシアンに今日の日付を聞いた彼女は、お礼を言ってからまた、ミシアンに質問をなげかけた。
「ねえミシアン。また悪いんだけど、今日は何月の何日だったかしら?」
それは先ほどの会話とまったく同じで、聞き方すら変わっていませんでした。
さすがにこれはおかしい、そう思ったミシアンはマーリアに「さっきも言っただろう、今日は2月の8日だよ」と言った。
マーリアも物忘れのことは自覚をしているのか、「え、えぇそうよね。ごめんなさい」と自分の頭に手を置きながら言うのでした。
あくる日、またマーリアは自分の記憶に異変を覚えました。
「あら、マーシャルは今日もお絵かき?」
自分の弟にそう声をかけましたが、マーシャルは一向に返事をしませんでした。
不思議に思ったところ、マーリアが話しかけていたのは小さい子供の銅像。マーシャルとは似ても似つかぬ物でした。
(どうして、私はこんなにも忘れっぽいのかしら?)
マーリアは段々と、自分の頭がおかしくなっていくのを感じていました。
そして、次第にマーリアの周りの人たちも、ついには両親まで、マーリアのことを“頭のおかしい娘”として家族から邪険に扱われるようになったのです。
それから半年が過ぎようとしていたころ――…。
「私は一体誰なのかしら。どうしてこんなところに居るのかわからないわ」
と、ついには自分のことまで忘れてしまったマーリアは、人生の道を完全に彷徨ってしまったのでした……。
「ふふ、これはとても不思議なお話ですね。どうしてマーリアは物忘れが激しくなってしまったのでしょうか?」
語り部は足を組みなおして、読者の言葉に耳を傾ける。
「『歳をとれば当然のことだろう』? ……そうですね。そう考えるのも一興、というところでしょうか。真相は、私にも、マーリアにも、あなたにも分かりません。このお話の真実を知るためには、私の集めるお伽話を全て、お聞きくださると分かり得ますよ。……皆様に、ご冥福があらんことを」
クスクスと面白そうに笑った語り部。目の前の読者に、彼の心象など分かり得ないのであった……。




