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悪魔少女の祓魔術《エクソシスム》  作者: 加賀谷紫苑
悪魔の右手と乙女の純情
2/6

遭遇Ⅱ

 柔らかい。

 後頭部にやたら柔らかく、若干冷たい何か。左側から右側へ行くに連れて、段々と徐々に徐々に細くなっていて、なんと言うか太さや形状的に柔らかな金属バットみたいな感じか……

 そんな事を考えながら目を開ける。

 蒼い瞳。

 煉の目の前に、アルビノであるが故に生まれつき真紅の彼の瞳と、正反対のどこまでも澄み切った蒼い瞳があった。

 白く、キメ細かい肌。すっと鼻梁の通った美しい顔立ち。白い首筋、マントの襟から若干見える鎖骨。黒い布地を押し上げるややボリュームの足りない感は否めないも平均程度はありそうな胸の双峰。

「うっわっ!」

 この体勢は、すなわち膝枕。

 飛び起きてから勿体無かったと思い直してももう遅い。

 少女はすでに立ち上がっていた。

「もう大丈夫? なら私は今すぐ、そう、今すぐ性急に君の記憶を消さなくちゃならないんだけど。ああでも待った、ちょっと待った。私そういうの苦手だから。MIBみたいにサングラスしてピカッてやってハイ終わりってわけにはいかないんだけどどうしよう」

 知らん。

 見ると、どうも少女は煉が日の光に弱いのを悟ってくれたのか日陰に移動してくれたらしい。

「あっつー。日陰に入んなきゃ溶けちゃうね、コレ」

 前言撤回。どうやらこの少女は自分が暑かっただけらしい。

「まぁ、分かってたけど」

「? 何が?」

「いや、なんでもないけど、その……ありがとう?」

「なぜ疑問系?」

 少女は可愛らしく小首を傾げ、次いで納得がいったというか合点がいったというか、そんな風な表情で頷いた。

「ああ、ああ、確かに、そうだよね。あんな化け物に襲われた後に、まともな判断能力というか、思考能力と言うか、言語中枢というか、そこまで行かなくても、逝っちゃってるかもね。昇天って奴?」

 少女はケラケラと笑った。

 笑いながらも、油断無く、煉が立ち去らないように見ている。目だけが笑っていないのではなく、心の底から笑っているのに隙が無いのだから手に負えない。

「あー、ちょっと待ってくれ。僕はまぁ、生まれからしてこんなんで、そのせいで今までの人生他人よりも割りと困難が多かったと思っている。自負している。でもまぁ艱難辛苦ってわけでもなかったんだけど、一体全体、僕の人生はどこで分岐を間違えたんだい。怪物に恨まれる覚えは無いよ」

「まぁ、怪物なんだし誰かを怨んでても不思議は無いけど、でもあれは別に君である必要無く、しかし君である必要をもって襲い掛かってたんだよ」

「は? ちょっと意味が分からないんだけど」

 煉のそんな疑問に対し、少女はしかし応える事をせず、ただ無言で右手を差し出してきた。

「?」

「私の名前は、サシャ・グレイドル・ホセ・ベリドガル・アウレリウス・ディエゴ・フィリペ・フロイライン・イリアディスだよ。長いし面倒だし正直いっつもサシャ・イリアディスで済ましちゃうんだけど初対面の人にはフルネームを名乗ってそれを聞いた人の反応を見るのが楽しみなんだけど、いや、君は動じないね?」

「脳味噌のキャパが怪物の口臭で既に突き抜けてるからね。僕は黒宮煉。なんの捻りもねえ日本人の名前だがよろしく」

「ふーん」

 そう言ってサシャは煉の周りを回る。

「けっこう、ファンキーな外見してんね」

「ああー、コレ天然なんだわ。目も髪も」

「肌も?」

「うん」

 それを聞くとサシャはまた黙り込んだ。

「? どーしたの?」

「いや、まぁね。こうすんなり仲良くなれたのに記憶消すの忍びないなー、ってか痛いだろうなぁーって考えてた」

「記憶消すって痛いの!?」

「(^△^)」

「いや、それどう言う意味だよ」

 非常に分かりにくかった。

「ないの? 痛み無く記憶を消す方法」

「記憶を消すのに異論は無いんだ」

「別にな。あんな怪物のこと、覚えててもメリットねぇだろ」

「まぁね」

 そういうと彼女はもう一度、今度はその場でクルリと回った。

「冷静なんだね?」

「そう、かな? これでも結構ビビッてて内心バックバクなんだけど」

「それを押し殺して会話できるってのは冷静だと思うけど」

「そーかな」

 煉は考え込んだ。そう言えば悪友に「お前は頭を冷やすのが得意だな」と言われた事がある。そう言う事なんだろうか。

「まぁ、いいや。とにかく君は僕の記憶を消さなくちゃならない。僕は怪物の事を忘れたい。実に単純な事だと思うけど」

「まぁね。でも……痛いよ?」

「記憶消えて痛み残ったら怖いな」

「じゃあ、こうしよう」

 サシャはそう言うと煉に口付けした。

「…………は?」

 柔らかい唇の感触。ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香り。

「んん~~~~!?」

 キス、してる。

 煉の頭の中をその事実が駆け巡る。

「くはぁっ」

 サシャは唇を離すとにっこり笑ってこう言った。

「明日から私の仕事を手伝ってもらいます」

「は? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

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