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 04

 居間のソファに座り、エリーはひじに片手を添えて、綿をはさんだピンセットを彼の顔に近づける。

「沁みるかも」

「あつっ」

 サンライズが払いのけようとするが、エリーはすぐに手をひっこめた。

「済んだよ、次は右手、包帯の前に副木あてよう」

 かいがいしく、右手の中指から小指までに新聞紙を小さくたたんだものを当てて、上から包帯で固定していく。

「まるでなんかの仏像みたいな手だな」

 自分で巻いておいて、エリーはそんなことを言った。

 サンライズはきっちり巻かれている手を、目の前にかざしてみた。

「ミロクボサツかな」

「キミのところの組織の名前みたいだ」

「あったな、そんな組織も」

 今度はサンライズが、エリーの腕を消毒する。

「それにしても、どうしてミロクが武器を使ったんだ」

「銃は撃ってない」

「噛まれたし」

「他人を噛んだのは、幼稚園以来かな」

「それに殴った」

「オマエも殴ったけど、もう言わないでやるよ。しかもオレはもう今日はタイムカード押して来たんだ。仕事じゃない。たまには暴れたいこともあるさ」

 ふん、とエリーは鼻をならす。


 しばしの沈黙ののち、サンライズが口を開いた。

「カスガのことは、必ず守ってくれるだろうな」

「キミとの契約は守る。カスガはもうターゲットにしない」

「誰が狙っていたかも、教えてくれるね」

「ああ……でも今夜はもう十分だろう?」

 疼いてきたらしく、エリーはあごを押さえた。

「アイツはいい友だちがあってよかった。長生きするぞ」


 少し黙っていたが、サンライズは包帯を見ながら話した。


「ヤツはHIVに感染してる。知ってたか?」

 エリーは少し身を起こした。

「いや。直接触れずに殺れ、としか聞いてなかった」

「今、数値的にギリギリだそうだ。優秀な工作員だったけど、今デスクワークなのは、そのせいだ。カイシャでも数人しか知らない」

「ふうん」

 エリーは、じっと遠い目をしたまま言った。

「誰だっていつかは死ぬからね……まあ、よろしく言っといてくれ」


「あの銃は、持って帰ってくれよ」

 エリーが言うので、もちろん、とサンライズは立ち上がった。

「落としていったら、クビになる」

 銃を拾い上げた時も、恵莉はすやすやと眠っていた。

 手の先がちょこんと出ている。指がかすかに動いて、唇にかすかな頬笑みがうかぶ。ウサギの夢でもみているのだろうか。

 居間のエリーに声をかけた。

「もう帰るよ」

「送っていかないよ」

 エリーは、ソファから立ち上がらなかった。

「いろいろ支度があるから」

「何の?」

「引越しの」

 エリーはじっとサンライズをみた。

「明日、自首する」



 家に帰るまでずっと、ミロクボサツみたいな手を電車の客にじろじろ見られていた。

 それとも、顔が腫れてるのがひどいのか。のども腫れているようにズキズキする。

 それでも、久々にすっきりした。

 たまには、殴ってやらないと(誰をだよ)。


 帰る途中でようやく思い出して、カイシャに電話を入れた。

 だんだんと絶滅しかかっているらしい公衆電話を探して、ようやく見つけた。

 人差指と親指だけだと電話は使いにくいな。ようやく支部の総務につながった。

 やっぱり、大騒ぎだった。バンザイの聞こえる中、春日ががなりたてていた。

「連絡遅すぎだ、バカ! それになんでオマエ、横浜アリーナなんか入ってたんだよ、しかもパンクロック。捜すのにタイヘンだったんだぞ」

「もっとパンクな目にあったよ、報告は明日」

 あ、ハルさん、エリーがよろしくってさ、と伝えてからさっさと電話を切って、家路についた。


 電話も通じずに、早く帰るよって言ってたのにこの時間、いきなりこの格好で帰れば、奥さんは何というだろうか。

 その前に、玄関を開けてくれるのだろうか。

「ミホトケのままに、だな」

 自分の手をじっくりながめてから、覚悟を決めて歩きだした。



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