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 02

 十歳にしてはかなり小さい。

 重い障害があるようだ。端正な顔だが目を固くつぶり、じっとりと汗をかき、辛そうな息をしている。

「病気なのか」

「小学一年に上がる時、大ケガをした」

 エリーは彼女の額を、白いガーゼでそっとぬぐった。

「その時、住んでたのはもっと別の、10階建てのアパートだった。アパートの出口で、玄関にゲーム機が落ちていた。恵莉が気がついてそれを拾い上げた時、かなり上の階から消火器が落ちてきた。それが頭に当った。ようやく一命はとりとめたが、寝たきりになった」

 エリーは、そっと上掛けをめくった。

 子どもの体は苦しげにねじまがっていた。

「母親は?」

「この子が一歳になる前に出て行った。それからずっとボクが育てたんだ」

 さっきのはヘルパーで、ふだんは毎日九時から六時までついてくれる。今日は帰るまでいてもらったんだ、という。

 仕事の時は都合で長くお願いする、のだそうだ。


 人のいのちを奪いに行く間、この命を守ってもらうんだ、サンライズは白いベッドのふくらみをみながら思った。


「事故に遭ってから、ここに引っ越した」

 エリーがそう言った時急に、か細いうめき声がして、子どもの体がゆらりと動いた。うわがけがめくれ上がり、骨ばかりの肩がむき出しになる。ひじもひざもぎゅっと体にひきつけるように曲がり、狭いビンの中に押し込められたようにみえる。

 彼女はそのままの姿勢でぱっちりと目を開いた。


「恵莉」


 父親が呼びかけた。優しく。

 恵莉は大きく見開いた目を、まっすぐ前、窓のほうに向けている。大きな窓からは東京の夜景がきらきらと、まるで宝石箱をひっくりかえしたかのように見える。しかしそれも目に入っていないようだった。首も思う方向に動かせないのか、頭がかすかにふるえていた。

「恵莉」

 彼は子どもの肩に触れようと、手を伸ばした。その瞬間、電気でも流れたかのように体をのけぞらせる。

 同時に、サンライズにも衝撃がはしった。

 部屋の明かりがはじけるような音を立てて消えた。夜景のかすかな灯りの中に、火花が残像となって残る。

 頭の中を、ボリューム最大限の轟音がかけめぐる。その中に叫びが聴こえた。

『ぱぱ、ソイツヲコロシテ』

 ひび割れた、老婆のような声が頭の中に響いた。

『ニクイ』

「恵莉、違う、彼は助けに来たんだ」

『チガウ、ぱぱノ、テキダ』

「助けてくれるんだよ、恵莉」

 風速百メートルの向かい風に向かっているような懸命さで彼は叫んでいた。

『コロシテ、ソイツヲ』

「だめだよ、なぜ」

『ソイツ』


 サンライズの目の前に、一瞬の光景が続けざまにひらめいた。


 アパートの出入り口に落ちている黄色いゲーム機。小さく丸い、女の子たちが夢中になっている、子犬を育てるゲーム、わあ、わんこっちだあ、だれがおとしたの? ラッキー、これならアパートでもペットが飼えるよね。拾おうとかがんで、何かが一瞬影をつくった。少し振り仰ぎ、赤い何かを目のはしにとらえ、そのはるか上、アパートの屋上近くの階段踊り場に、誰かが身を乗り出してこちらをみているのに気づき、次の瞬間、激しい衝撃。なに? 真っ暗になった。痛い、いたい。寒い。すごく痛くて息がくるしい。手が、コンクリートの床を激しく打ちつけている。自分の手ではないみたい。足も、どうしたの? 見えなくなった直前、上に誰かをみた。あれは、男だった?

 そう、あれは

『ソノオトコガ、アレヲオトシタ』

 イメージの中で、像が結ばれた。

 アパートの上で身を乗り出し、一部始終を笑ってながめていたのは、サンライズの顔。


「嘘だ」サンライズ、叫んだがエリーには届かない。彼は一瞬はやく心を閉ざしていた。

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