01
「お先に」
コートを着て、大またでフロアを去ろうとしたせつな
「待ってサンちゃん」
内線が鳴って、不吉な声がフロアの端から響く。
「一番。でんわあ」
「だれ?」
明らかに声が不機嫌になる。
「先日お世話になったって。サンライズ・リーダーさんいますかってさ」
「そんな人はもうこの世界にはいません」
ブツクサつぶやきながらも手近な受話器を取り上げる。
「オレぁもうタイムカード押したんだ。ああ? はい、代わりました」
「サンライズ・リーダー?」
全く、聞き覚えのない、若い男の声だった。
「はい」
相手が何も応えないので、どちら様と聞こうとして、息をのんだ。
あいつだ。
耳元に神経を集中させつつ、彼はゆっくりとあたりを見渡した。
電話の向こうの声は、ごくありきたりの調子でこう切り出した。
「この前、会った」
「ああ、分かったよ。今、どこに」
それには答えず、相手は静かな口調のまま言う。
「また、会いたいんだけど」
「いつ」
「これから」
「どこで」
「ケータイ、持ってるよね」
「一般仕様じゃあないけど」
「でも電話かけられるんだよね、そのケータイに」
会いたくない。しかし会わねばならないだろう。
ため息とともに返事が出る。
「ああ」
「その番号を教えて欲しいな」
「そっちの番号を教えてくれ。ここを出たらかけるから」
「ないんだ。ケータイは」
「どうして会わなきゃあならない?」
同じようにタイムカードを押そうとしていた春日がこっちに顔を向けた。
「会ったら話す」
「この前みたいにね」
務めて冷静な口調を崩さないよう、サンライズは言葉を選んだ。
「この前みたいに、命を狙われるってのはもうたくさんなんだけど」
春日がぎょっとしたように駆け寄った。
「(何、エリー?)」
サンライズは大丈夫、というふうに片手を振ってみせた。
「今日はそういう話じゃあない。あんたに聞いてほしいことがあるんだ」
「こちらは別に、何も聞きたいとは思わないけど」
「頼みがある」
「死んでほしいってコト? きけないなあ」
「助けてほしいんだけど」
「あのなあ」
気づいたら、他人のメモ帳にグルグルと落書きしていた。
エリーはかまわず言葉を続ける。
「今から出る。途中でまた電話する」
「誰も会うとは」
「そちらの電話番号は?」
サンライズ、結局カイシャ用ケータイの番号を伝えた。
「もう一度言うが、どうして会う義理が」
電話が切れた。
「ちくしょう」
サンライズ、受話器を投げつける。