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 04

 エリーはこちらに背を向けていたが、サンライズは反射的に窓から身をひいた。

 彼は関帝廟の階段の上に立っていた。門の入り口あたりに目を走らせ、その後通りをざっと見渡している。

 灰緑色のコートの下に灰色の薄手のセーターに黒のジーンズ。新横浜でみた通りだった。先ほどまでは持っていなかっただろう、服装にそぐわない赤い野球帽をかぶっていた。人ごみの中、その赤が獲物を狙う野獣の口のように見えた。

 彼がどこを見ているか、しっかり確認しないうちにサンライズは窓辺から少し離れるように椅子を引いた。

 コーヒーが、飾り気のない白いカップになみなみと運ばれてきた。大きめの、焼のよさそうなカップからは、炭焼きコーヒーのかぐわしい香りがまっすぐ、立ち上っていた。

 気を落ち着けようと、彼はとりあえず一口熱い液体をすすり、また、窓の外に目をやった。

 どうしてもそちらに目がいってしまう。

 まだ気付かれてはいないようだが、あの男のことだから、いつここを『嗅ぎつけて』しまうことだろうか。

 とにかく、入り口側は見張られているも同然だ。着いたばかりらしいが、ほかの観光客とはまるで異なり、全くあそこから動こうとしない。この近辺にかなりの確信があるようだった。


 やはり、ここに逃げ込んだのは間違いだったのか。


 サンライズはさりげなく、店内を見渡した。

 調度に関心がある風を装いながら、TOILETという渋い木札をみつけ、ごく自然に立ち上がる。

 手洗いは更にもう一階上だった。ここに上ってきたのより更に幅の狭い階段を一歩ずつ踏みしめ、これまた狭くて短い廊下に立つ。

 正面の木の扉をあけると、思ったより広い空間が目の前にあった。

 そして、ああ、ありがたや。小さいけれどもちゃんとした明りとりの窓が。

 ちゃんと、人一人潜り抜けられそうな。

 彼はそっとドアを閉め、窓を上に押し上げた。

 ほとんどくっつかんばかりに、隣のビルの屋上が広がっている。向こうからの侵入は、屋上につけられた柵に、バラ線のついた網目状の天蓋がついているので、それを切らねばまず無理のようだが、こちらからなら、網の上にうまく飛び降りることができれば何とか脱出できそうだった。

 彼はまず、上着を脱いで棘の多い網の上に広げるように投げかけた。

 飛び降りるのは、ほんの一メートルかそこら。しかし重みで網を突き破ったら、屋上の床まで更に一.五メートルほどを、錆びた棘に絡まりながら落下する羽目になる。

 しかし考える余裕はない。彼は窓枠から抜け出たからだをフクロウのようにいったん丸めてから、覚悟をきめて自分の上着の上に跳んだ。

 網はやはりもろく、彼は下に叩きつけられた。足をひねったようだ。

 向かいのビルから、無表情な顔がひとつ、のぞいていた。男か女かもわからない。

 ここで撃ちあいになるかも、と覚悟を決めていたが、やはり見られているのは気になるので、もう少し逃げることにする。

 体に絡みついた錆びだらけの線を注意深く外し(後で破傷風の注射が必要か)、ビルの端に寄る。隣のビルは高さが同じで、少し新しいようだ。しかも外階段があったのでそちらに飛び移り、用心しながら階段を下りる。


 サンライズは歯を食いしばり、路地に降り立った。

 たったひとつしかない命を執拗に狙われている上に、おのぼりさんには突然道を聞かれるわ、じいさんにはどなられるわ、足をくじくわ、終いにはこの中華迷路にはまり込み、もう、どん底だ。

 珈琲も一口しか飲んでない。まあ、代金も払ってなかったが。


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