03
喫茶店は、どの街角にもありそうな、いや、ここだからこそ、といった渋いたたずまいでぽっかりとその空間を目の前に拡げていた。
彼はアンティークの間を潜り抜けるように、二階、そして更に狭い三階へと上がる。
目の端に、赤っぽい九谷焼らしい徳利と杯のセットがちらりと映った。
しかし彼はまっすぐ前を向いて前のテーブルをめざす。
いきなり姿を現したせいか、窓際にいた若い店員が「あ」と小さく声をあげた。一拍おいて客だと気付いたらしく、
「いらっしゃいませ」
驚きの声をあげたのを恥ずかしく思ったのだろうか無表情のまま、あまり口を動かさずに言って、水を持って来るべく黙って階下へと降りていった。
サンライズはためらいもせずに、しかしなるべく目立たないように一番窓際の空いているテーブルに向った。
壁際の、赤いベストの老人がちらっと咎めるような眼を上げ、すぐにまた書物に目を落とした。赤っぽく変色した、古い文庫本のようだった。何度も目を通したのか、紙の端が柔らかく角が取れたようになっている。
サンライズは老人を意識しないように、なるべくひっそりと席についた。
狭いスペースで、天井も低いが、小さなテーブルも、ゆったりいた椅子も、いかにもアンティークらしい、時のぬくもりを感じさせる。壁のポスターや絵も、どれも年代物のようだ。ポスターの間からみえる白いしっくいの壁はやや黄ばみ、この空間をよけいに時代がかってみせている。
先ほどの店員が水の入ったグラスを持ってきた。サンライズはメニューもろくに見ずに
「ブレンド」そう言った。
できる限り、落ち着いているように振る舞いたかったのだが、相手の方は特にそんなことにかまっている様子もなく、はい、と小さく応え、また階下に降りていった。
老人もひとり、静かに本を読んでいる。
音楽も、時計の音もなく、通りのざわめきも何か遠いもののように聞こえる。コーヒーの香りだけが目に見えるもののように弧を描いて漂っている。
すりガラスを通してちら、と通りに目を走らせる。
急に、この空間の中で自分だけが全く異質なものだということに気づき、彼は軽く身震いした。
自分がこの中華街の中で鬼ごっこをしていたことを、すっかり忘れてしまうような(実際、忘れたくても忘れられるわけがないが)、時の流れが滞ったようなこの喫茶店。
アンティーク店の上階にあるから、店内にも古びた品々が満ちているから、ということが原因ではない。何かもっと根源的なものが、あまりにも過酷な現実と全くそぐわず、そこに存在していた。
ここは自分を完全に突き放しているのか、それとも逆に、オーラのように包み込み、護っているのか。
そして……ここにいると言うだけで、命が護られているという保証があるのか。
年代物の家具が、装飾品が、そしてあの読書をしている年配の客が、自分を護ってくれるのか?
そこでふっと我に返る。一瞬でもそんな幻覚に陥ったのが不思議なくらいだった。
もう一度、さりげなく窓の外を眺めた。
ちょうど通りの向かい、関帝廟の前に、エリーが見えた。