02
「はあ?」
手にした通信機が、ない。今の勢いでふっ飛ばされてしまったらしい。あわてて地面を探す。
「ちょっと、聞いてるぅ?」
紫のパープル柄のブラウスを着たオバサンが、ぐい、と前に出た。何の香水の匂いか、もう悩殺されそう。
「あのな、ウチらフカヒレ食べたくて、ショウフクモンてお店探してんの」
「これ見て」
左隣のオバサンが雑誌の切り抜きを振り回している。金色のブレスレットがちゃらちゃらと音をたてた。
「このお店に行きたいんよ」
「お兄ちゃんフカヒレ好きぃ?」
「ショウフクモン、どこにあるか教えて」「教えてえな」
「あの……」
親切そうにのびあがって指をさす。こういう時の反応は早い。
「ここまっすぐ行ってあの赤い店のとこ、左に曲がって九軒目です」
「おおきに」「おおきにお兄ちゃん」「おおきに」
笑顔で手を振る。彼女たちに二度と会いませんように。
今度はマジ、偽証罪で処刑される。
かしましトリオがどやどやと去っていった後にはしかし、無残にも踏みつぶされた通信機がひとつ、路面にへばりついていた。
通信機がなければ、下手に動けない。
焦ってそのまま路地の奥に走った。
小路は右と左に別れ、左はすぐに行き止まりだった。
右に入るとすぐ、どこかの建物の裏手になってしまった。
洗濯物が裏手の窓にずらっと並び、空き地を、元は多分白かったらしい、太ったネコが横切った。
裏から、グレイの開襟シャツに濃い灰色の短パンをはいた老人がのっそりと現れた。
彼に向って、指を突き出して何かどなっている。小柄な割に、声がでかい。言葉が全然判らなかったが、出て行けと言っているのは理解できた。
仕方なく、引き返す。関帝廟の付近まで戻る事にした。どこか一か所に落ち着くしかなさそうだ。
関帝廟前の通りをはさんで斜め向かいくらい、小さめの古いビルが並ぶ中に、上の階が喫茶店になっている所を見つけた。彼は少し後ろを振り返ってから、意を決して階段を上っていった。