01
エリーは次から次へと人を殺した。
路地裏で。部屋の中で。ビルの屋上で。地下で。海の上で。森で。雑踏で。
コップの水を飲むくらい自然に。針に糸を通すように慎重に。
せめてあまり苦しませないように、というのが、彼の主義といえば主義だった。
できるだけ能率よく、迅速にと心がけてはいた。
趣味でやっているのではない、仕事なのだから。
先月は三人、その前の月は八人を殺した。
八人のうち五人は、一つの仕事で始末をつけた人数だった。彼らは同じ車に乗り合わせていた、家族だったので。
ターゲットはそのうち二人。あとの三人は彼らの子どもだった。
上から十二歳、九歳、そして三歳の男の子たち。
元々のターゲットとなっていたのは働き盛りの父親と、聡明な美しい母親。夫婦は会計事務所を開いていた。だいぶ繁盛していたらしい。ある団体の帳簿をまかされてから、都心にほど近い超高層マンションの一画に居を構えた。車も買い換えた。
端からも、幸せそうな一家にみえた……死を悟る間際までは、多分。
エリーは、元々の依頼主が誰なのか、知る由もなかったし、知りたいなどとも思わなかった。
ただ、言われていたのはひとつ。二人を確実に始末して欲しい、と。
子どものことは一言も聞いていなかった。多分、子どものことなど、誰も最初から思い至っていなかったのだろう。
エリーは、少しだけ考えてから、心を決めた。
いったん決めてしまえば、迷うことなど何もなかった。
週末にはその一家は、母親の実家に帰るのが習慣だった。道中、いつも休む場所が決まっていた。海を見おろせるそのパーキングエリアでたっぷり休憩を取った後、全員が車に乗り込み出発しようとしたとたん、車は爆発、炎上した。
新しい仕事の依頼が届いた。郵送されたファイルには、同じ男の写真が数十枚、あとはその男の簡単な経歴だけが書かれていた。
エリーは、スナップショットを一枚いちまいゆっくりと眺め、ファイルを隅から読む。
特に、横顔と後ろ姿を目に焼き付けてから、まぶたを閉じてその姿を頭の中に描きなおしてみた。
男はどこか、途方にくれた様子に映った。
電話がかかってきたとき、エリーはいつものように聞いた。
「どこに行けば会える?」場所を聞いて、手元の地図に目をさまよわせる。
「分かった」
電話の向うの声が少し、人間味を帯びた。戸惑いを交えた声。
「それと今回は、依頼主が余分なことをしたいらしくて」
エリーは黙って次のことばを待つ。
「相手に、予告状を送りたいと。オフィスに。バイク便だと思うが。予定日の朝。決行日を予め決めてほしいんだそうだ」
「それは料金に入っていれば構わない、別に」
「その日に確実にできるのか?」
「決めれば、やるさ」
簡単な事務手続きの話をした後、エリーは急に切り出した。
「ちょっとさ」相手はだいぶ、びっくりしたようだった。
「何か問題でも? 銃か薬品投与というのがまずいのか」
「いや。違うんだけど」エリーは少し言葉に迷ってから、奥の部屋をちらりと見てから長い間の中で初めてこう聞いた。
「この男の人だけど、何した訳?」
電話の向こうが、絶句した。が、やっと気を取り直したように
「何? 知り合いだったか」
「いや。全然」
「……ならば、悪いが、細かいことはこれ以上言えないんだ。あとはメールで送る分だけ。申し訳ないけど」
「いいけどね。別に」
「何で急に気になったんだ?」
「別に。ほんと、なんとなくだよ」
電話が切れてからも、エリーはじっと、広い部屋の暗がりに佇んでいた。
そして、さっき目を走らせた部屋に、足音も立てずに歩いていった。
順調に、片がつくはずだった。
あの男が目の前に現れるまでは。